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時にはダイブ-photraveler-  作者: 沢岸ユイト
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第一章 出逢い

1996年3月4日 十五夜



 今から6年半前、私がこの時代に時間跳躍ダイブして来たのは12歳だった。その時に私を迎えてくれた旅人トラベラーと名乗った男と共に新幹線に乗り、京都にある時司家に連れられた。車中、彼は時空跳躍ダイブの方法と仕組みを丁寧に教えてくれた。

既に、私の戸籍も用意されており、私の名は時司・C・香久夜、生年月日は1977年7月12日と記されていた。翌春には地元の公立中学校に入学し、卒業までの3年間は時司家の養女として、愛情を受けて育った。卒業後は兄である剣太郎さんの勧めで東京にある政府の養成機関に入所した。


 機関は私が未来から来たことを知っており、密かに私をサポートという名目で監視してきていたそうだ。私の戸籍を特別に用意したのも機関であり、ここでは同じ世代の秀でた能力を持つ可能性ある若者達が集められていた。そして各々の得意分野を活かし、相乗効果で各々の能力を高める訓練が施された。また、我々自身の主体性を尊重できるようディスカッション形式の学習はその後の私の人生を大きく変換させていった。

3年の養成が修了する時にはチームとして友情が芽生え、私にとって初めての友人もできた。入所中機関が私にダイブを課すことは一度も無かったが、3月1日に卒所した私はダイブ能力を用いて政府エージェントとして活動する心構えでいた。今日私はその報告を兼ねて3年ぶりに京都に帰って来たのだ。



 正午前に京都駅に着いたのだが、何故か真っ直ぐ帰宅するのが気恥ずかしくて、散歩気分で京都市美術館へ行こうと思いたったが、少しお腹が減ったので、疎水沿いのオープンカフェに入った。テラス席で3月の冷たい空気の中で戴く熱い紅茶の味わいも格別だと思っていた時、カメラを持って歩いていた男性が声をかけてきた。


「Excuse me. Can you speak English?」


「日本語で大丈夫ですよ。」


「あ~、良かった。失礼でなかったら、1枚写真撮らせて頂いても宜しいですか?お茶されてる姿があまりにも絵になってたんで…。」


「えっ、困るわ!そしてナンパだったら益々お断りよ。」


「ナンパのつもりはなかったけれど、出逢いの記念に二人で写真を撮りたいな…とは思ってしまいました。」


照れながら正直に白状する彼が面白く、年上なのにタジタジした様子のこの男性に少し親しみを覚えた。何よりも私の耳に残る「出逢いの記念写真」というフレーズが6年半前を思い起こさせた。


「写真とナンパはお断りだけど、隣のテーブルで勝手にお茶を飲むのはアンタの自由よ。」


彼は破顔して、頭を掻きながら隣のテーブルにつき紅茶を注文した。

月読繋時つくよみけいじ24歳と名乗った彼は京都在住の写真収集家と自己紹介した。


「学生さんですか?ご旅行ですか?ご出身は?」


そう質問を並びかける彼に私はこう答える。


「私はストレンジャー、未来から来たの。」


「そうなんや。僕は写真集めが趣味の自称旅人トラベラー…かな!?」


トラベラーというフレーズに私はフリーズしてしまう。噓、出来過ぎていると。


「アンタ、何者?」

私は訝しく彼を見つめる。しかし、そんな私の疑いも彼には伝わらず彼は答えた。


「えっ、だから自称旅人トラベラーと。実家は月読堂という古美術商を営んでいる。そしてその倅は写真収集癖があり、世界を旅してるボンボン…ちょっと幻滅させちゃったかなぁ?今は偶々京都に帰ってきててね。」


その嘘のなさそうな正直な目を見て、私も改めて自己紹介した。


「ごめんなさい。私は時司・キャサリン・香久夜、実家は京都で居合術道場を開いているわ。18歳で、東京の高校を卒業したばかり。キャシーと呼んでくれればいいわ。」


さすがに政府の養成機関にいました…とは言えないので、高校と嘘を吐いた。これは優しい嘘よね。


「え~っ、18歳?凄い大人っぽいんだね。同い年くらいかと思ったよ…」


彼は私の年齢に驚きつつも、本音を述べる。容姿から日本人より大人っぽく見えることは中学にて経験済みだ。それでも私はテンプレな返答で対応する。


「チョット失礼よ。まるで老けて見えるかのようなその発言、黙ってられないわっ!」


そう笑って返した私は何故か彼と意気投合していた。波長が合うと言うのだろう。彼との会話のおかげで実家に帰りづらかった気持ちが少し紛れていた。

その後、古美術の話で盛り上がった私達はカフェで2時間も過ごしていた。


「楽しかった、今日は有難う。そろそろ帰らなくちゃ。」


そう言って、心なし気分の晴れた私は京都市美術館にも立ち寄ることなく勇気を出して実家に帰ることにした。名残惜しそうに、でも笑顔で大きく手を振る彼に私は好感を抱いていた。


「只今。」


玄関で出迎えてくれたのは3年ぶりに会った時司の両親と機関で教官をしていた8歳年上の陣之内楓じんのうちかえでがだった。


「楓、教官、どうしてここに?」


「どうしてって貴女が帰ってくるのを待ってたに決まってるじゃないの。黙っていたけれど、私、貴女達の卒所と同時に機関を退所したの。実は今秋、結婚するの…貴女の義姉になるのよ。」


今日は何故か驚くことが多い。


「You're kidding me!Goody!Wow!」


私はとても嬉しかった。教官とは言え楓はとても魅力的な女性で私の憧れだった。


「いつから、私全然気が付かなかった。」


「当たり前でしょ。私、教官だもの。自分の生徒にプライベートは悟らせません。」


さすが、楓。私はこういう彼女の優雅さがたまらなく好きなのだ。


「おかえり、香久夜さん。話は後でゆっくりしたらええ。とりあえず、早う中に入りなさい。」


玄関で盛り上がっていた私を促すように母に言われてしまった…。

ダイニングでお茶を飲みながら楓に兄さんとの話を聞いた。


「プライベートだから教官と呼ぶのはなしね♪貴方が入所する前から付き合っていたのよ。だから本当は凄く楽しみにしていたの。彼の妹がどんな娘なのか、興味あったの。」


イタズラに笑う楓がとてもチャーミングなのが凄く悔しい。私もあんな華麗に微笑みたい。

「それで、ご満足頂けたんでしょうか?」


私は精一杯の皮肉で応戦する。


「もちろんよ。その生意気な義妹を如何に輝かすかが私に掛かっているかと思うと腕の見せ所だったわよ。おかげで少しはまともな女性に成長したのじゃなくて?貴女も彼氏の一人くらい早く作りなさい。」


ダメだ。まともに応戦しても楓に勝てないわ。


楓は退所後、結婚までこの実家で花嫁修業するらしい。

父も母も、2人の義娘むすめの会話を微笑ましく聞いていた。

その日は遅くまで女性3人で兄、剣太郎の悪口で盛り上がった。

眠る前に窓から見える月を眺め、今日3年ぶりの帰宅に緊張していた私を癒してくれた、偶然出会った自称トラベラーと楓に心の中で感謝した。




この作品はフィクションです。現世界線における実在の人物や団体、事件などとは一切関係ありません。

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