第一章 フォトラベル
みんなが一斉にその気配に身構えた瞬間、声がした。
「暫く話続けるんは無理やし、ここからは俺が説明するわ。」
皆が咄嗟に表情を変える中、そう言って登場して来たのは、ナント俺だった。
「ちょ、ちょっとそんな驚かんといて。黒井さん、怖いわ〜。忍さんも落ち着いて。俺も初めての経験なんやから。今でもちょっとびっくりしてんねん。まだ10日しか経ってないから。」
10日後から来たと語る俺が説明を始めた。
「俺が説明するんはフォトラベルの基本条件やねん。」
フォトラベル?
「10日後の俺、そのフォトラベルって何なん?もう少し説明してくれへん。」
「はい。その質問、待ってました〜!要はタイムトラベルのことなんやけど、さっきの母さんの話やと昔の東京ディズニーランドの写真見たら来れたってだけやったやろ?その詳細や。先ず起因するんは、月の満ち欠けらしいねん。満月の時、そう十五夜と十六夜と呼ばれる間の48時間くらいだけ限定でこの能力が使えるらしい。詳しい理由は分からん。月の引力と血液に関係しているとかなんとか…10日前、丁度この時に未来から来た俺がそう言うてたんや。それで、俺は2016年6月20日の満月の日に出発してここに来たってこと。初めてのツアーとしてはテストみたいなもんかな。ってこれも俺が言うてた。」
「そうなの。貴方が来るなんてこと聞いて無かったから、そりゃ驚くわよ。でも、かなり説明できているわ。そして写真を使うのは脳に映像をイメージしやすく伝えることが出来るからよ。」
少し落ち着いた母が補足する。
「写真を使ってタイムトラベルするからフォトラベル。ちなみに、時空跳躍することをダイブすると俺が言うてた。」
10日後の俺は自信満々で語っているが、聞いてる今の俺は棒読みで右から左に話してる感じに自分のアホさ加減が伺えることを少し悲しく思った。
フォトラベルにはいくつかの条件があった。
時空跳躍9条件
①時空跳躍は満月(十五夜、十六夜)の48時間内に限られる。
②時空跳躍には跳躍能力者が撮った写真が必要である。
③帰還跳躍には元時点の写真が必要である。
④帰還跳躍に際しては過去時点での月齢に基づく。
⑤過去時点で撮った写真を元時点に持ち帰れない。
⑥共にダイブ可能な重量は自身の体重2倍までである。
⑦1ケ月以上、過去時点に滞在すると元時点に戻れない。
⑧30歳前後でダイブ能力は失われると思われる。
⑨タイムパラドックスという事象は確認されていない。
「今の旅人君、どうだい?大まかには時空跳躍について理解出来たかな。説明ありがとう、10日後の旅人君。ようこそ、過去へ。そして初めてのダイブ成功、おめでとう。」
ようやく、また黒井さんのターンに戻った。
「かまへんよ。俺も19日まで世話にならなアカンから。」
10日後の俺が言う。
「えっ、そうか。帰れへんのか。じゃあ、9日間も俺が2人いることになるん?そんなん、大丈夫なん?なんかSFでよう言うやん。本人同士が出会ったらアカンとか。」
「そやねん。俺も同じこと言うた…ってオマエ、俺やんけ。」
「それが、先の条件の⑨に当たる。タイムパラドックス現象は確認されていないってヤツだよ。」
黒井さんが補足する。
同情報を持つ存在が対時しても対消滅することは無い。
何故なら、現在俺の眼前には俺がいる。
例えば、クローンならDNA的には同一存在であるし、記憶をデータとしてコピーされる技術さえ存在するならば、最早同一人物となる。同情報を持つ存在が重複することは机上の空論ではない。
また、親殺しのパラドックスという言葉がある。タイムトラベルにまつわるパラドックスで、英語では grandfather paradox(祖父のパラドックス)と呼ばれている。「ある人物が過去に行って、血の繋がった祖父を祖母に出会う前に殺してしまったらどうなるか」というものだ。その場合、両親のどちらかが生まれてこないことになり、結果としてタイムトラベラー自身も生まれてこないことになる。従って、存在しない者はタイムトラベルもできないことになり、祖父を殺すこともできないから祖父は死なずに祖母に出会う。すると、やはりその人物がタイムトラベルをして祖父を殺す……という堂々巡りになる論理的パラドックスのことである。
似たような話は、タイムマシンを発明する科学者の仕事を妨害してタイムマシンが発明されないようにするというような例えもある。
このパラドックスは時間を逆行するタイムトラベルは不可能だとする証拠として扱われてきた。
しかし、パラドックスを避けるための仮説も提案されている。例えば、過去は決して改変できないという考え方だ。タイムマシンの発明者を殺そうとしてもその試みは失敗し、相手は必ず生き延びる。または、別の誰か違う人物が実はタイムマシンを発明していたなどなど…。
あるいは過去へのタイムトラベルは別の時間線を生み出すだけで、そのタイムトラベラーが生まれた時間線はそのまま残っているという考え方もある。
世界は勝手に辻褄合わせをしてしまうのだそうだ。恐るべし、世界の理。
そして、矛盾ならばここにもある。未来から来た母の存在である。卵が先か、鶏が先か…ではないが、T.T遺伝子は未来から来たことになるのか…?なんかもう訳わかんねぇ!
夜も更けて、日付も変わった辺りで今日はお開きとなった。
話の最後に未来から来た俺は、申し訳なさそうに裏ガレージから店内と繋がる商品搬入用シャッターの鍵を壊して侵入したので修理を依頼した。
今日から19日まで、2人の俺が存在する日々が始まる……何だか気が重い。
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。