第二章 帰還跳躍(リターンダイブ)
2016年6月19日 十五夜 2nd
朝9時前、速水さんが黒のレクサスRXを玄関に回してきた。
「旅人君、この車は機関からのプレゼントだ。きちんと僕がセッテイングしたから安心してくれ。防弾仕様で、神崎のプリンセスルームともオンラインで直結している。ある程度なら遠隔操作も可能だ。何かあれば、神崎に聴けば教えてくれるよ。今日は試運転ってことで僕と、旅人君と交代で京都まで運転しよう。」
「ホンマにもらっていいんですか?」俺は慌てて聞き直してしまった…嬉しい!
「僕や、豊川さんも赴任するから、それなりの足も必要になるからね。それでも、この車は基本的に旅人君専用車だよ。」
「あら、お待たせしたかしらん♪」と言って母と由美子さんが玄関に現れた。そして都合よく忍さんが社有車であるベルファイアを回してきた。
俺は世話になった施設の皆に挨拶をすませ、つくば分科施設を後にした。途中、何度か休憩、交代をしつつ祇園の月読堂に着いたのは夕方4時頃だった。戻ってくると、本来の俺がバイクの整備をしていた。ヤツの目は運転している俺自身に驚いていた。助手席から降りた速水さんとベルファイアから降りた由美子さんが自己紹介をしている。エンジンを切り、運転席を出た俺に免許をどうしたと聞いてきた。
「東京、行ったらわかる。ほんでアレはオマエの車や。防弾やGPSも付いた特殊車両になってるらしい。乗り心地は良かったで。」そう言って車の鍵を渡した。
とりあえず、黒井さんに報告があるというので、帰って来たメンバーで地下の作戦室に移動した。
「皆、ご苦労だった。報告はある程度聞いている。先ずは今日の帰還跳躍に向けてのブリーフィングだ。豊川、機材チェックとモニターの準備を速水と共にやってくれ。」黒井さんの指示で由美子さんと速水さんが席を立った。
「旅人君、君は明日の帰還跳躍を既に目撃しているはずだ。何か問題はあったかい?」
「いや、特にありませんでした。」
「了解。では、今後の予定を話し合いたい。とりあえずは高校をきちんと卒業してもらうんだが、それまでの時空跳躍計画を立ててほしい。来年の2月まで8度の満月があるが最低5回のダイブを試みてほしい。これはミッションではないのでダイブ先は君の自由意思で選択可能だ。もちろん月詠写真研究所にあるログを検索してくれて構わない。但し、ダイブ計画を必ず綾瀬に提出し、許可を取ってからログの持ち出しを認める。そしてダイブは毎回モニターするので出発地点は必ずこの作戦室であること。タンデムダイブも認める。相手は時対課のメンバーと君の能力を知る人物なら許可を出す。つまりは日向ちゃんも可だ。」
「黒井さん、日向が俺の能力を知るのは明日のはずですが…しかも確か現時点の俺が日向や幸之助にも秘密かどうか聞いたのは今朝だと思うんですけど!」
「スマン。余りにもナーバスになっている現時点の君を見て、先ほど本部に許可を申請したんだよ。という訳で…どういう状況で日向ちゃんが知ったかを教えてくれ?」
なんか騙されたような気になったが、明日の午後に鴨川三条のスタバにいる時、母が乱入して日向に話したことを正直に伝えた。
「わかったわ。わたくしからひなちゃんに伝えればいいのね♪」そうウキウキ気分で答えるストレンジャーだった。
「たった一日やったらホンマはダイブせんでも明日になるのにな…。」何気に呟く俺に母が言った。
「まあね。今回はテストダイブだからいいのよ。貴方だってリターンダイブは初めてでしょ。何事も経験よ♪あと、室長から聞いた話は外部に話してはダメよ!」
俺は判りましたと言いながら大きく頷いた。
「じゃあ、帰ってからの指示は直属の上司となる綾瀬に従ってくれ。」黒井さんのその言葉に、そうなのか…忍さんが上司になるのか…会話、ちゃんとできるだろうかなどの不安がよぎった。
20時半過ぎ、現時点の俺が作戦室にやって来た。やはり少し不安気な様子だ。黒井さんがオリジナルの俺に視線を向け話している。
「……では、未来時点の旅人君、準備はいいかな?」
「OKです!」そう黒井さんに答えて、目の前にいるもう一人の俺に声を掛けた。
「これは、帰還用写真や。裏には2016/06/20の日付が書いてある。丁度、ダイブする前に渡されたポラロイドで撮った写真。で、こっちは明日のダイブ用写真。俺がこっちに来た時すぐに月詠堂の裏口で撮った写真や。これはオマエに渡しとく。」
俺は裏に2016/06/10と書いたポラロイド写真を手渡した。
「ええか。時空跳躍する時、元時点で撮った写真は過去に持ち運べることが出来る。でもダイブ先となる過去時点で撮った写真は帰還跳躍で持ち帰ることは出来ひん。そして、ダイブ時に使用したログはその時点で消滅する。それは見たらわかるわ。」
ちょうど、由美子さんによる観測モニターのセッティングが終了した。
「あと、ダイブはログを撮った時点から遡る15分内、地点から半径30メートル内の前後1分間、その座標時点に被って存在するものが無い空間へランダムに飛ばされるから。ほな、帰ります。お世話になりました。俺、また明日な。」
俺はリターンログに両手を置き、イメージの映像化を試みる…フラッシュ現象が起きて全体が光に包まれたと同時に隣の会議室にダイブアウトしていた。突然のフラッシュ現象に作戦室から駆け付けたであろう俺が目前にいた。
「ただいま…言うても同じ場所に戻って来たら、全くダイブした実感無いわ。それでも、時間は1日経ってるんやろ…なんか変な感覚や。」
突然の俺の帰還に目前にいる俺が「お、お帰り。お疲れさん。」と労ってくれた。
「そや、今からダイブやったな。えー安心しろ、大したことはない。」
俺は不安を抱えているであろう自分に安全性をアピールしておいた。彼の出発を見届けてやろう。そして忘れてはいけないアドバイスを一つ伝えておく。
「着いたら、先ずはその写真を撮るんやぞ!」
彼は笑顔で応え、そのログに手を置き光と共にダイブして行った。テーブルには灰のような白いものが残されていた。
「さて、お帰り旅人君。では昨夜伝えた通り、期末試験もあるだろうから、7月末までに今後のダイブ計画を立てて、絢瀬に確認してもらっておいてくれ。今日は疲れただろうから、豊川君の身体検査が終われば、ミッション終了ってことでOKだ。」
黒井さんにそう言われて、由美子さんに簡単なチェックを受けた。心電図等はNIIIから支給されたブレス型IDが記録しているようだった。
「吐き気や頭痛も無いわよね?だったら大丈夫よ。部屋に戻っていいわ。お疲れ様。」
長かったようで短かった1週間。無事にファーストダイブは終えることが出来た俺は約束通り日向にメールを送った。
『ただいま。無事、何事もなく帰って来た!』
すると直ぐに返信が来た。
『おかえり。良かった(^_-)-☆』
この作品はフィクションです。現世界線における実在の人物や団体、事件などとは一切関係ありません。




