第二章 コードネーム:トラベラー
その日、予定の18時より12分遅れて離陸した123便は夕方のラッシュ時とお盆の帰省ラッシュに伴い満席だった。唯一空いているのは本来乗っているはずである自分の娘とSPの席だけのようだ。
3日前突然聞いた話では、この飛行機は墜落するらしい。自分でも何故搭乗を決意したのかよくわからない。ただ、心臓発作のような形で突然人生を終えるくらいなら事故なのか事件なのか、その真相を実際に確かめてみたいと思った。もちろん何も起こらずに無事に伊丹に着く可能性もゼロではない。しかし、おそらく歴史が正しい道を選択するだろうと考えてしまうのは科学者の性なのかもしれない。この2日間、娘とは思った以上に議論を重ねることが出来た。あの娘の成長をこれ以上見届けられないのは寂しいが、我が娘ながら彼女は間違いなくその素晴らしい頭脳で私以上に機関での研究を導いてくれるだろう。惜しいのはアメリカに残した妻の存在だ。妻には何も伝えられず、家族を失わせてしまうのだから。
そんな感傷に浸りながら外を眺めていた西園寺仁見はオレンジ色をした飛行体を目撃する。かなり小型の飛行機?いやミサイルなのか?…時計を見ると18時23分、場所は相模湾上空あたりだろうか。直後、突然の衝撃が襲うと同時に酸素マスクが落ちて来た。客室乗務員が非常時の指示を出している。こうなるのか…意図的かどうかなど原因までは判らないが、真相はどうやら撃墜事件のようだ。目を閉じ、家族で過ごした日々を思い返しながら恐怖の30分を過ごした。
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「そして1986年、礎影勝と仁見空海子は新技術事業団付属次世代能力育成センター準備推進課に入所した。あの事件が歴史に介入したため起きたのか、それとも史実通りだったのかは正しく“神のみぞ知る”だ。しかし、あの事件がきっかけとなり時対課創設への予算がスムーズに下りるようになったのは事実だ。当時の政府にとっては非常に大きい事件だったと思うよ。そこからは暗黙の了解として歴史には介入しないという方針に決まったからね。」
「結局、原因は何だったんでしょうか?」俺は率直に尋ねた。
「公式見解は圧力隔壁の破損事故として処理されているが、自衛隊の妙な動きから想像するにおそらくは何らかの飛行物体による激突だろう。事件の翌年に防衛庁長官となった森原俊幸は死の間際に『知らなくていいこともある』と言っていたよ。もちろん、仲宗根元総理も『墓場まで持って行く』と言われている。だから、真相に近づけるはずの私も知らない。そして君も知らない。それでいいじゃないか…と思う。中途半端に首を突っ込む形になった時司君にはかなり申し訳なかったがね。」
「クミコさんは大丈夫やったんですか?」NIIIの天才と言われる仁見空海子も当時は15歳だ、精神的には辛かったろう。
「そうだね。当初は急に出来た妹を必死で支えたよ。隣同士と言っても、ほぼ同居みたいなものだったから。でも翌年にはそれをバネにして研究に没頭していたよ、彼女は本当に強い。尊敬するよ。結果として生き残った我々が真相を解明すべきみたいな考えがよぎったこともあった。しかし、歴史を史実通りにトレースさせている存在や意思というものがあるならば、そういう研究を後の世に活かす方が楽しいと彼女は言ったよ。事件の真相を知ったところで、亡くなった方たちが戻ってくることはないのだからと。」
「強い人なんですね。」
「ああ、本当に素敵な女性だよ。あの2日間で西園寺教授とそこまで話し合っていたらしいよ。」
あの2日間と言われても、礎室長にとっては過去の話になるが、俺にとっては未来の話なんだが…。
「結局、俺たちは歴史をトレースするだけなんでしょうか?決められた運命を歩まされてるようで嫌になったりしませんか?俺は何か怖いです。」
「それでも選択しているのは自分自身のはずだよ。嫌なら違う選択をすればいい。正しいか、間違っているではなく、自分の思う通り素直に人生を歩めばいい。誰もがやっていることで、それは他人と違わないよ。あの日教授が搭乗したのも、彼が選んだことだ。もし、彼が搭乗を断わったとしても、僕らが強制させることは絶対にしなかったはずだと信じている。さて、話が長くなってしまったが、僕たちと共に活動してもらえるだろうか?それは君の選択だ。」
未来では事実、俺はトラベラーとして立ち回っている。今、礎さんはその選択を俺に委ねてくれている。断ってもいいと言うことだ。しかし、もう既にこんなに関わりを持っている。ここにいる人は皆が自分でそれを選択したんだろう。迷うことも無い。
「はい、出来る限り協力させてもらいます!」
彼は嬉しそうに握手を求めて来た。
「では、君のコードネームはトラベラーだ。これから宜しく頼むよ!」
翌日、午前中に無事免許取得を果たした俺は1週間すべての研修を熟したことで、午後になって正式にNIII時対課のエージェントとして迎えられた。仮のIDパスではなく、ブレスレットタイプの正式なIDパスが発行され、NIIIの施設ならば出入り可能となった。
現在、時対課に所属するエージェントは7名となった。
コードネーム:シャドゥ/斎藤 篤、特技:諜報、潜入のスペシャリスト
コードネーム:スナイパー/野上将斗、能力:スーパービジョン
コードネーム:メモリー/綾瀬 忍、能力:カメラアイ(瞬間記憶能力)
コードネーム:メカニック/速水雷太、特技:開発及び整備
コードネーム:ウイルス/神崎麗華、特技:ハッキング
コードネーム:ドライバー/浅葉 玲、特技:マルチドライブ
コードネーム:トラベラー/月詠旅人、能力:時空跳躍
斎藤さんは上稲元警視総監の甥御さんで、その親しみやすさと印象の薄さでターゲットに近づき、欲しい情報を得る潜入調査のプロらしい。現在もミッション潜入中で会うことは出来なかった。
神崎麗華さんは“電脳姫”の異名を持つ元ハッカーだ。普段はB3にある“姫部屋”と自ら名付けた専用のコンピュータールームに閉じこもっている。挨拶をするために一度会ったが…かなり変わった年齢不詳のゴスロリ少女だった。今後のミッションで関わることは多いと思うが、正直、まだ全然馴染めない。
明日はようやく京都に戻り、そして帰還跳躍が待っている。
この作品はフィクションです。現世界線における実在の人物や団体、事件などとは一切関係ありません。




