第二章 ファーストダイブ
2016年6月20日 十六夜 満月
曇天の空模様、まるで俺の心を表すかのようにその日がとうとうやって来た。シュミレーションも何も、自分が見てきたことをするだけだ…と言っても一言一句同じ言葉なんて覚えていない。大丈夫なのかと不安になるが、考えていても始まらないので日向とお茶していた。
三条大橋にある某スタバは鴨川に面していつも賑わっている。
「旅人、どうしたん?なんか悩んでんの?」
「ちょっと、考え事な。」
生半可な返事をしていると、後ろから声がした。
「あら、デート?ひなちゃん、久しぶりね♪」
「キャシーさん、帰ったはったんですか?相変わらずお綺麗です!」
「ありがとう♪いつも旅人が世話になっています。少しご一緒してもいいかしら?」
そう返事を聞く前に着座する母に「もちろん、どうぞ。」と返す日向。
「この子、最近ちょっとおかしいでしょ。ある超能力に目覚めちゃって…♪」
ごふっ…ラテを飲んでいた俺は絶句する。
「母さん、何言うてんの!」
「超・能・力…???ってナンノコトですか…?」
最初はウンウン頷いていた日向の目が点になっている。
「こういうのは好きな人には早めにチャチャッと相談してしまった方がいいのよ♪うふ。」
おいおい、黙ってろって言ったのはオマエら機関の人間だろ!
「あとは、ひなちゃんに任せるわ。夕飯までには帰って来なさいよ」
嬉しそうにウインクしながらストレンジャーがお茶を濁すだけ濁して去って行った。隣には俺の次なる発言をひたすら待ちながらこちらを見つめる日向がいた…ナンテ日だ。
俺は誕生日から今日までの話を日向にかいつまんで話した。父の死んだ日の話。母が未来から来たこと。ダイブという遺伝能力のこと。今夜、過去にダイブすること。唯一、なんか怖かったので、機関(NIII)に関することだけは黙っていた。政府の秘密機関だし、それに剣太郎先生や楓さんとの関係もある。何より時司家で揉められるのが一番困る。
「大丈夫なの?」心配そうに聞いてくる日向。
「うん。そんなに難しそうやないし、向こうに行っても俺含めて皆いるから。」
そう自分で言いながら、安心して来た。何も危険はない。過去の俺も何事もなく、それよりも車の免許まで取って帰って来た。政府の機関も協力してくれるじゃないか。気が楽になった。
「何か、日向としゃべってたら、落ち着いたわ。話聞いてくれて、ありがとう。」
「全然、こっちこそ話してくれてありがとう。でもお父さんが黙ってたんがムカつく…。」
「ほら、先生も心配かけたくなかったんやろうし、何よりも当事者の俺が最近知ったばかりなんやから。」
俺は慌てて日向を落ち着け、こう言った。「帰って来たらメール入れるわ。」
月読堂閉店後21時、地下作戦室。
作戦しつにはNIIIの月詠メンバーが勢ぞろいしている。
既に由美子さんは仕事モードでモニターを作動させて計測をしているみたいだ。
整備班 速水さんからはポラロイドカメラを渡される。レクチャーと同時に誰もいない隣の会議室を試写、この時思う。これが帰りのログになるんや。俺はメッセンジャーバッグにそのカメラと撮ったばかりの写真を入れる。中には財布、手帳、家やバイクの鍵がついたキーホルダー、それに日向からもらったVictorinoxのマルチツール。
「旅人くん、携帯は置いて行ってくれる。過去に持って行くと同じSIMカードが2台存在してしまう。だから、これ機関用の携帯を渡しておくよ。古い機種だけど、君専用で使用してもらえるように10年前から機関が契約している番号だ。一応僕が改造しておいたから、ある程度、昔の電波方式にも対応可能にはしているよ。そして、これは電波時計、これで向こうに着いても時間調整しなくて済む。GPS機能もついてるから、NIIIも追跡可能だ。」
すると数分後に由美子さんが突然、言った。
「半径50メートル内に磁場エネルギー発生、増大中。時空震発生。対象、ダイブアウトします。」
突然、隣の会議室に眩いフラッシュ現象が起こった。
「ただいま、って言うても同じ場所に戻って来たら、全くダイブした実感無いわ。それでも、時間は1日経ってるんやろ?変な感覚や。」
現れたのは昨夜、帰還跳躍した俺だった。
「お帰り。お疲れさん。」
「そうや、今からダイブやったな。えーっと……安心シロ、大シタコトハナイ。」
最後は棒読みだった。
「じゃあ、旅人君。準備OKかな?」
俺は頷き、昨日自分から渡された写真をテーブルに置いた。
「着いたら、先ずはその写真撮るんやぞ。」
帰って来たばかりの俺がアドバイスをくれた。
「了解。じゃ、行ってきます!」
両手をログに触れて、時間跳躍を意識した。同時に強烈な光が発生し真っ白になった瞬間、俺は月詠堂の裏口にあるお客様専用ガレージにいた。
早速時計を見る。時刻は2016年6月10日、22時54分38秒を示していた。
この作品はフィクションです。現世界線における実在の人物や団体、事件などとは一切関係ありません。