前 章 はじまりの満月
初めまして。物語を書くのも投稿するのも初めてのシロウトです。書き始めて気が付けば、3万字に達しそうなので投稿を決意しました。伏線を回収しつつ、確認しながら書いてますが、ご指摘あれば宜しくお願いします。関西弁が、読みづらいかも知れませんが、お気に召して頂ければ幸いです。
2009年6月8日 十六夜 満月
11歳の誕生日を2日後に控えたその日、俺の運命という名の時は刻み始めたのかもしれない…。
朝、目が覚めると普段は仕事でほとんど京都には戻って来ないはずのママがキッチンにいた。
ソファーではいつものようにお爺ちゃんが新聞を読みながらお茶ではなく…今朝はママが淹れた紅茶を飲んでいる。
「ママ!」
ママがいることが嬉しくて思わず僕は叫んでしまう。
自慢の碧眼を少し赤く充血させたママが笑顔で言う。
「モーニング!旅人、元気そうね。ブレックファースト食べたら、繋時さんの病院に行くわよ。学校にはお休みすることを連絡しておいたから♪」
「いつ帰ってきたん?」
「昨日の夕方に京都ステーションに着いたから、そのまま繋時さんの病室で泊まって来たのよ、うふ♪」
パパの病気が悪いの?なんて聞いたりはしない。悪くなっても、子供の僕にはどうしようもないから…。
それに突然帰宅しているママの泣き腫らした顔から何となく、空気の流れを読み取った僕はXデーが近づいていることを予期してしまう。
1年前、何故か1人旅と称し2泊3日で兵庫県にある有馬温泉に出かけたパパは帰って来るなり、僕とお爺ちゃんに余命1年の末期癌であることをカミングアウトした。でもどうやらお爺ちゃんは知っていたみたいだ。小学生でも癌がとても怖い病気ということくらいは知っていたし、もう病気が治らないということもパパは時間をかけて正直丁寧に教えてくれた。パパがいなくなるなんて想像も出来ないほど寂しくなる。でも僕は男だから、この1年でいつかやって来るそのXデーに対する覚悟は出来ているつもりだった。
普段、お爺ちゃんと2人だと和定食のような朝食なんだけれど、久しぶりのママが作った朝食ということでトースト、ベーコン、スクランブルエッグにサラダというモーニングを堪能した。
朝食後、ママとお爺ちゃんと一緒に古門前通から東大路通りで止めたタクシーは偶然にも四つ葉のタクシーだった。
普段三つ葉のこのタクシー会社には400台ほどある中で4台だけが四つ葉タクシーとして市内を走っている。
「旅人、四つ葉はレアやな!今日ええことあるんちゃうか。」
お爺ちゃんが嬉しそうに言ったが、こんな日に良いことなんて何も起きるはずはない。大体、学校休んで家族揃って病院に向かうことは尋常ではない。
それでも、運転手さんから初めてもらった乗車記念の四つ葉シールは単純に嬉しかった。
タクシーに乗って5分ほどで、国立京都中央大学医学部付属病院に着いた。人の行き交うロビーには何故か幼馴染で同い年の佐山幸之助と1歳年下の時司日向が二人の父親と待っていた。
幸之助の父は歌舞伎の名跡で三代目市村鶴之丞として舞台のみならず、テレビでも大活躍の役者さんだ。
日向の父、時司剣太郎は僕が小学生になってから習い始めた時司神道流居合術道場の師範である。
「幸之助、日向、今、四つ葉タクシーで来たんやで。ってなんで病院に来てんの?」
「学校休んで旅人のお父さんのお見舞いに来たん!」
着慣れないスカート姿に照れながら言う日向。
「四つ葉、俺はもう3回くらい乗ってるわ。」
自慢気に笑う幸之助。
「みんなが揃うんは久しぶりやさかいにお茶会をしようと思うてな。か、キャシーさんが淹れてくれはる紅茶は絶品やしな!」
時司先生が笑顔で言う。
「剣太郎先生にお気に召して頂けて嬉しいですわ♪」
そう言いながらママは軽くウインクする。息子ながらママのこういう仕草はホントに可愛い。
「じゃ、みんな揃たし行こうか。繋時くんが待っとる。」
幸之助のお父さんがそう言って、まとめてくれた。
先週から院内で1番広い特別室に移ったパパが僕らを嬉しそうに出迎えてくれた。その元気そうな笑顔を見て、僕はホッとした。どうやら今日はXデーではないらしい。病室では、いつも通りの何気ない会話で本当にティーパーティーをしているような和やかな雰囲気だった。
「ん~美味い。キャシーの紅茶はいつも最高や。」
「そうよ。わたくし、紅茶にはうるさいんだから♪」
ママが淹れた紅茶をパパは喜んで美味しそうに飲んでいた。
僕たち子供にはちゃんと甘めのアップルティーを淹れてくれる。本当にママが淹れた紅茶は美味しい。
サンドウィッチを摘みながら2時間ほど、自分達の近況を報告し合ってお茶会を愉しんだ。幸之助の叔父さんからテレビの裏側話にみんな大笑いした。そして頃合いを計っていたかのように佐山家と時司家は普段通りに帰って行った。ただ帰り際にパパと幸之助の叔父さん、剣太郎先生の3人が固い握手をしていたのが印象的だった。
パーティの後片付けが終わって暫くするとパパが言った。
「キャシー、父さん、そろそろ旅人と二人で話をさせてくれへんか?」
ママとお爺ちゃんが頷き、そっと病室を出て行った。
「先ずは、明後日誕生日やろ!これプレゼントな。」
そう言って、パパがくれたのは少し小さな懐中時計だった。細工を施した綺麗な出来映えだ。
「ペンダントにしてもろといたから、出来たら肌身離さずつけといて欲しいなぁ。蓋の裏にメッセージも彫ってある。」
「開けてええ?」
「もちろん。でもまだ誕生日来てへんから、ママには内緒やで。誕生日が来たらママに見せてあげてな!」
そうイタズラ顔でウインクするパパ。開けると英語で文字が彫ってある。
僕はママの母国語である英語も得意だ。本当に大好きって書いてある。
「ありがとう、パパ。僕もパパが大好きやで!」
「おおきに。じゃあ、今から話すことを絶対覚えておいてくれ。約束な、ええか?」
僕はうんと頷く。
「これはパパの最期の予言になる…予言やぞ。今から7年後、18歳のオマエはとても大きな力を持つことになる。それはオマエの好きなヒーローになれるくらいの力や。でもな、決してその力に過信したらアカン。ヒーローは正義の味方やないとアカンやろ。それに大き過ぎる力を手にした者にはそれなりの責任も必要になるんや。その力の所為で自分自身を信じられずに悩むこともあるかもしれへん。でもな、旅人が困難に負けずに真っ直ぐ成長出来ることをパパはもう知ってる。パパにとってはオマエがヒーローなんかもしれんな…。
一つだけよう覚えておきなさい。人はな、守りたいものが何かで、その人生の価値が決まる!例え時を超えてでもオマエが守りたいもの、それが何かをこれからじっくり考えて見つけなさい。見つかったら、ずっと大切に守り続けることを信じなさい。約束な。」
頷くだけで言葉は出なかった。抽象的な話なのに、パパともう話が出来ないかと思うと涙が止まらなかった。
「それと、ママのことは許したってな。キャシーが忙しいのは、全部オマエのために頑張ってるってことを覚えとくんや。キャシーは仕事よりも、パパよりもオマエのことが一番大好きなんやで。ママの守りたいもんは旅人やで。今は未だ実感できひんやろうけど、きっと全部理解出来る時が来るから。それまではお爺ちゃんの言うことよう聞いて、時司先生とこでヒーローになるための修行を続けといたら間違いない。幸ちゃんもひなちゃんもホンマにエエ友達や。ずっと大事にするんやで。オマエと一緒に過ごした11年間、パパは最高に幸せやったよ。ホンマにありがとう!男のくせに、そんな泣くなよ、必ずまた会えるから…今度は家族3人で温泉にでも行こうな。約束な。」
そうニッコリ笑顔で語ったパパとは対照的に僕の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
その数時間後、容態が急変した大好きなパパ、月読繋時は38歳の若さでこの世を去っていった…その夜、輝いていた満月は泣き濡れた心を温めるかのようにとても綺麗だったのを覚えている。
お読み頂きまして。ありがとうございました。
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。