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二匹目

 旅を始めて数日が経過している。長閑な旅だ。腹が減っても飯は無い。喉が渇いても飲む物が無い。金が無いから、物を買う事も出来ないし、食べ物飲み物どころか、宿にも泊めてもらえない。毎日野宿で、毎日雑草を食べ、毎日どう考えても汚い川の水で喉を潤した。


 世の中金である。先ず何をするのにも、何を買うのにも、何を食べるのにも、何を飲むのにも、必ず、か、な、ら、ず!! 金が要るのである。気持ちや心意気、根性等だけでは生きていけない。先立つ物は金!! そう、この世界で、最強の座に君臨しようと思えば、経済力で蹂躙するか、武力で制圧するかのどちらかになるのである。然し乍桃太郎と犬は、その有り得ぬ程の空腹と虚脱感から、武力制圧等の考えにも到らずに、如何に目先の金を手に入れる事が出来るかで、血眼になりながら、道を舐めるようにして隅から角まで睨み付けるようにして眺めながら、歩いていた。


 そんな中、見付けたのだ。犬が。自動販売機の真下の中央付近。鈍い銀の色を放つそのコインを。あれがあれば、桃太郎さんよりも優位に立てる! そんな気持ちの中、武者震いのようなものを感じながら、自動販売機の下に前足を入れようとした瞬間だった。それは本当に「あっ」と言う間の出来事。犬が前足を自動販売機の下に――。と、そこで、茶色い毛むくじゃらの棒のような物が犬の獲物を攫っていったのだ。


『あ、あれは、猿の手?』


 犬猿の仲とも言われる程、その仲の悪さには定評がある。その犬から見た猿の手だ。間違える、見間違えようがないのだ。


『さ、猿め……』


 食い物の恨みは恐ろしいと言うが、食い物どころか生命にかかわる問題である。その憎しみたるや凄まじいものであった。犬は猿の臭いを感知すると、獲物を得た猟犬の如く駆け出した。ただ、空腹でフラフラする足取りだけは、どうしようもなかったのだが。


 一方その頃桃太郎は? と言うと……。涼んでいた。木陰の下で優雅に。だらしなく。生まれて間もない赤子が、どうして金銭を血眼になって探さねばならんのだと。地面に這いつくばって、どうしてジャリ銭を探さねばならんのだと。赤子が困っているのだ。赤子が飢え死にしそうなのだ。だからこそ、救済の施しがあって当然と言わんばかりに、だらしなく、そして優雅に木陰で涼んでいた。


 そこへ通り掛かった一匹の猿。赤子を見付け、眺め、見詰め、近寄ろうとして……踵を返した。何故なら、そこに人ならざる気配を感じたからである。それは一つの野性的本能とも言えよう。然しそれは間違いだった。否、その行動は正しかったのであろう。が、判断のタイミングを誤ったのだ。もし見付けた時点で、素知らぬ顔をしていれば。眺めた後に、隠れるようにしてその場を立ち去っていれば。見詰めるまでしないでいれば……。


「ん? 俺に何か用かい? お猿さん」


 猿が振り向いたと同時に、猿の首に刀の刃が宛がわれていたのだ。その声の主は紛れもなく、先程優雅に木陰で堕落していた筈の赤子に相違なかった。


『な、なんで! 気配もなく……、音もなく……』


 猿の感想は正しい。相手は、いくらただならぬ気配を纏う赤子であろうとも、人間である事には代わりない。それに比べ、自分は動物なのだ。視覚も、嗅覚も、聴覚も、触覚も、全て人間を凌駕していると自負出来るのである。そんな自分に、一切の反応を与えずしてこの赤子は、後ろに忍びこんできたのである。猿は驚いた。そして恐怖した。そのまま硬直し、全ての思考を先ず捨てた。殺されない為なら何でもしようと、心に誓ったのだった。


「お猿さん? 何か用かい?」

「い、いえ……。別に用があるって訳じゃ……」

「へぇ〜、そう。じゃ、何だ……、用も無いのに、木陰で野垂れ死にそうになってる赤子を眺めていた訳だ……」

「…………『誰が野垂れ死にそうになっていたっていうんだ! 元気じゃないか! オイラに気付かれる事もなく忍び寄って、刀を首に当ててるじゃないか! これが死にそうな赤子に出来るか? 出来る訳ないだろう!!』」

「何故黙る?」

「い、いえ、その、ですね……。あんたお侍さんなんですか?」

「侍とは何だ?」


 薮蛇だった。無知の極みである桃太郎にとって、新しい言葉は、自分の探求心を掻き立てるもの以外の何物でもなかったからだ。そんな桃太郎に、侍かと聞いてしまったのだ。猿は更に桃太郎から逃げる術を失ってしまったのだ。


「え? お侍さんを知らないんですか?」

「知らん。教えろ」

「……」


 猿の顔は驚きに溢れ、そしてそのまま撃沈した。そう、猿も侍が刀を持っている程度にしか知識を持ち合わせていなかったからである。


「何故黙る?」

「お、お侍さんとは……」

「侍とは?」

「刀を持っている人です」

「で?」

「え、と……。刀を持っている人です」

「それは先に聞いた。で?」

「刀を持っている人です!!」

「お前、何かを隠してるな!? その猿顔といい胡散臭い。よし、侍が何かを教えてくれる迄、俺の下僕にしてやろう!! 光栄に思うがいい!!」


 猿は隠している訳ではなかった。知らないのだ。本当に。ただ純粋に、侍とは、刀を持っている人だとしか認識していないのだ。それなのに、何かを隠してると言われ、その挙げ句下僕にすると言われたのだ。と言うよりも猿である。ただの猿である。猿顔と言われても、猿であるが故に、猿顔なのは当然なのである。それを桃太郎は、猿顔が胡散臭いと言い放ったのだ。猿としては、どうしてそこまで言われなければならないのか……。と思うばかりであった。


「ちょ、ちょっと待ってください」

「ん? 何を待てばいい? ん? こんな会話、最近もしたような気がするな……。まあいいか」

「あんたの下僕になるって、何をすればいいのですか? あんたの下僕になるってのは、もう決定なんですか?」

「ああ、その事か。決定だ。覆らん」

「はぁ……。そう、ですか……。それでオイラは……何をすればいいのですか?」

「そんな事、決まっているだろう! これから俺と一緒に――」


 猿にとっては衝撃の告白だった。そんな事をしたら命が幾つあっても足りないと。だが、決定と断言され、拒否する事すら出来なくなってしまった。しかも運の悪い事に、猿もまた、目視出来ないリードで桃太郎に繋がれてしまっていたのである。


 仲間その②を獲得。お約束?

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