誕生
「そんな事よりジイさん? 仕事はありましたのか?」
口論に疲れが見え始めたババアが突然話を摩り替えた。
「う……むぅ……」
不意を突かれたジジイが押し黙ると、ババアはここが好機とばかりに声を挙げる。
「ほぉ……食う為の金も稼いでこんで、私の持ち帰ったこの桃には文句を言うと?」
「ぐ……」
「これだけ大きな桃なら、腹いっぱい食えそうじゃな」
「わ、わかった。バアさん。儂が悪かった。儂の負けだ。物の怪桃だろうが、化け物桃であろうが食えれば良いのだからな」
「そうじゃろ? ふむ、そうじゃろ!」
勝ち誇ったようにジジイを睨みつけながらババアはそう言うと、ジジイを顎で使い桃を切るように命令した。ババアの命令に逆らえる訳でもなく、ジジイは小さく溜め息を吐くと台所から包丁を一本持ってくると、両手で持ったまま頭の上に掲げ桃の前に歩み寄った。
「……」
「……」
「……ぁ」
一刀両断とジジイが桃を切ろうとした瞬間。ジジイとババアの神経が集中しすぎで家の中が静まり返った瞬間。その小さな声は……。ジジイとババアの耳に鮮明に届いた。
「聞こえたかバアさん……?」
「言われなくても聞こえたわぃ……」
「やっぱり化け物なのじゃなかろうか……?」
「物の怪でも……物の怪でも、桃には違いないわい!」
「でもな……」
「……」
二人が黙り込んでしまった時だった。
「は、早く切ってくれ! 狭くて息苦しい!!」
突然桃から叫び声が聞こえたのだ。
「……」
「……」
戦慄を感じ更に黙り込み、身体が畏縮して動かなくなった二人は、目線だけを交差させ、そして…………一拍の呼吸をおいてジジイが躊躇いもなく包丁を降り下ろした。
「……ど、どう、じゃ?」
「……やっ、た、……かの?」
大きく息を吐きながら、二人が恐る恐る切れた桃を覗き込もうとした瞬間。
「し、死ぬかと思ったわ!! 生まれてすぐ! 生まれてすぐ死ぬかと思ったわ! ここだぞここ!! ここを!」
突然桃から出てきた丸裸の。絶対まだ言葉など話せやしないであろう程の赤子。先ずは産声だろうと誰もが思うであろうその姿の。そんな小さな赤子が、桃の中で直立し、自分の目の前を手で指差しながら刃の通った跡を説明しながら叫んだのだった。
「ひ、ヒィ!! ば、ば、ば、化け物ぉぉぉ!!」
ジジイが驚愕の表情で手にした包丁を落とすと同時に、尻餅を突き後退りし始めると、
「物の怪じゃ……。本に物の怪じゃ……。なんまんだぶ。なんまんだぶ……」
ババアもへたりこんだまま、両手を合わせ経を唱え始めてしまう。
「だ、誰が化け物だ! 化け物も物の怪も似たようなものじゃないか!? こんなにカワユイ赤子を見て、化け物や物の怪などとは嘆かわしい」
一度天を仰ぎ見て、呆気にとられたままの赤子が、桃から一歩踏み出そうとすると、
「ば、化け物が、……己を赤子と、これを赤子と……」
「あ、赤子……? 言葉、を、話す……赤子……?」
二人は赤子から少しでも離れようと、その身を部屋の壁に貼り付けていた。
「う、ん? 言葉……か……。なるほど。それは一理あるな……。では、これで良いか?」
桃から歩みでた赤子が小首を傾げて呟くと、徐に床に寝そべり、仰向けの状態で手足を曲げたと思うと、「おぎゃあ!!」と叫んだ。
「遅いわ!!」
「今更かい!!」
その突然の行動に、ジジイとババアの二人が同時にまさかの突っ込みを入れたのは余談である。
桃太郎……生まれました……。