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「よくやった猿よ!」


 その言葉をどれだけ心の中でリピートした事か。桃太郎に褒められたのだ。いつも犬側に付いている筈の桃太郎が、自分を褒めたのだ。胸の内がズウゥンと熱くなり、目に涙が溢れてきた。犬を一瞥もせず、ただ自分だけを見てくれている。怒られる、否、殺されると思っていた猿だけに、その言葉と眼差しに、感無量と言っても過言ではなかった。そう、次に続く一言がもたらされる迄は。


「お前を鬼ヶ島上陸後、一番突撃隊長に任命する」

「はい! ありがとうございます! ……って、え? 突撃……?」

「そうだ! 一番始めに誰よりも早く、鬼ヶ島へ上陸する事を許可する。そして、逃げ惑う鬼共に突撃する隊長として任命する!」

「猿……。良かったな。特攻隊だってさ。誰よりも早く鬼ヶ島に上陸して、誰よりも早く鬼ヶ島から脱出出来るんだぞ。天国に行けるといいな……。犯罪者だけど……」

「ぅえ? は? はぁぁぁぁぁ!? と言うか犬ぅ! どうして君はそんなに嬉しそうなんだ!? で、隊長って! 部下も居ないのに隊長って! やっぱりあんたが鬼だ! 鬼ヶ島迄行かなくても、もうここが! あんたの居るここが! 鬼ヶ島なんじゃないの!?」


 狼狽する猿。嬉しそうに見る犬。意地の悪い子供のような笑みを浮かべる桃太郎。と言っても桃太郎は赤子なので、意地の悪い子供のようなではなく、意地の悪い子供なのであろう。そんな二人。否、一人と一匹に見詰められたまま、猿はその毛の色を白く染めていった。一本足りとも残さずに。然し乍、それだけでは終わらないのが桃太郎という子供である。猿を感情の無いような目で見詰めながら、一言呟いた。


「犬は道案内。だから、斥候せっこうの任を与える」


 その一言に驚愕の表情を見せたのは、犬。当然である。一番始めに鬼ヶ島に上陸する任を受けたのは猿である。然し斥候となれば、その猿よりも更に早く鬼ヶ島に上陸する必要があるからだ。しかもこれまた猿と同じくして、一人で斥候! 否、一匹で斥候なのだ。理不尽だ! どうも話がおかしい! そう叫ぼうとして、桃太郎の方を見て、言葉を飲み込んだ。その時桃太郎は、月光の鞘を左手で支え、右手でうっすらと蒼く光る刀身を鞘から半分程抜き出していたからだ。そして猿を見れば、茶色かった毛は真っ白になり、両手を頬に当て、歪んだ表情で固まっていた。


「はぁ……。桃太郎さん。僕はあなたがわからないです」


 溜め息混じりに呟いた犬の言葉は、果たして桃太郎に届いたのだろうか……。


 鬼よりも鬼らしいかもしれない……。心が。

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