ペチュニアの咲くころに②
「すごいね、つよいね」リリが声を掛けたのは、黒髪の少女、カル。
「だれ」無機質な声で、伏せていた顔を上げた。カルは一瞬、あ、と言う顔をした。
「ぼくはリリ」リリ自身、自分がすんなり返事をしたことに驚いた。
「リリ・・・・・・。なにか用事?」感情が見えず、淡々と話すカル。
いつもならこんな態度腹が立つだろう。でも、今回は違った。彼女の、人殺しの目に吸い込まれた。
「さっきの。たぶん、ぼくは、おどろいてる。だからさ、これから、ちーむをくめっていわれたら、ぼくとくもう」
たどたどしい言葉で、初めて感じた感情をリリは必死に伝えた。カルは少し間をあけ、無表情に肯定の言葉を返した。
今、二人がいるのは先ほどノーマンが指示を出していたところ。あの後、カルは弾が切れると、銃を捨て、ナイフで参戦した。子供二人で、大人数十名に勝ったはいいものの、失踪、および任務放棄、さらに無断闘争と、ノーマンに複数の違反を摘発され、罰が決まるまで、待機となった。
他の子は皆、戦地へ向かった。リリは一応の手当てを受け、今、戻ってきたのだ。
「エルがいってた、カルはきおくがないの?」
その質問に、カルは答えを迷った。カル自身、それは蓋をしたいことで、何より、聞かれても、分からないことが分からないのが惨状だ。
「・・・・・・わからない。私は、記憶がないのか、それとも、ずっと、存在していなかったのか。」
カルの難しい返答にリリは首を傾げた。
「そんざい?してるよ、カルはここにそんざいしてる。・・・・・・ぼく、いままであんまりひととはなしてこなくて、だから、あんまりことばしらなくて・・・・・・」
自分の無知を恥じるように、言葉を濁すリリの様子を見たカルは、少しだけ口角を上げ、目を細めた。その一瞬の儚い表情に、リリは目を丸くした。
「ねえ」「あのさ」同時に言葉を発し、お互い目を合わせる。カルが黙って首をかしげたため、リリが話し出す。
「いま、すっごくへんなかんじ。ひとをころしてるときとも、ごはんをたべてるときともちがう。でも、いやじゃない」
「うれしい、てこと?」
「うれしい、はごはんのときだがら、ちがうかな」
「安らぎ・・・・・・?」
「やすらぎ?」
「私は、シイナといるとき、心が安らぐ。暖かくて、穏やかで、優しくなれる」
「そう、かも。やすらいでいるんだ」
リリの腑に落ちたような言い方に、カルはまた目を細めた。
「カルは?カルはさっきなにをいおうとしたの?」
答えが出たことが嬉しかったのか、カルの綻んだ顔が見れたのが嬉しかったのか、前のめりで、質問をする。
「うん。あのね、私は、記憶がないから、人と話すのが、怖いんだ」
「こわい?」
「うん、誰も、信用できない。シイナは、大丈夫だけど。でも、リリは、怖くない。きっと一つも嘘を言ってないから。だから、たくさん、話そう。これから。わからない言葉は、一緒に考えよう。さっきみたいに」
その言葉に、今度はリリが目を細めた
「それって、カルとずっといっしょにいられるってこと?」
「うん。そういうこと」
「カルとなら、どんなばつでもたえられそう」
リリは背伸びをするように、一歩進む。その表情は穏やかなものだった。
その後、ノーマンが戻り、二人に懲罰房行きを命じた。ただでさえ質素な食事が、さらに粗悪的になり、衛生的とも言い難い牢だが、二人には穏やかな空気が流れていた。
※ペチュニアの花言葉・・・・・・あなたと一緒なら心がやわらぐ、心のやすらぎ