第 二 話
その空気を壊すように、三人の前にあるドアが開く。そこには、朝ご飯を乗せたカートを押すシイナの姿があった。待ちわびたシイナの登場に、カルは思わず抱きついた。
「やあ、カル。久しぶりです。少し見ない間に髪を短くされたんですね。」
優しそうに話すのは、ここの子供たちの生活を支える男性で、役員には珍しく子供たちを人として扱ってくれる。カルとちょうど三十離れており、そのほほえましい雰囲気は親子にも見える。
「遅い。」カルはそう呟いて、いつの間によじ登ったのかシイナの髪を引っ張った。
「すみません。ノーマンの話が終わって入ろうと思って、待っていました。いつ終わるかわからなかったので。」
申し訳なさそうに言うシイナの背中でカルはそっと丸まった。その姿を見る限り、先ほどの目が嘘のような、『女の子の姿』だった。
「シイナ、その子と知り合いなの?」リズが立ち上がりながら訪ねる。その顔はどこかうかない様子だ。
シイナは背中で丸まっているカルをあやすように動きながら優しく答える。
「はい。カルが生まれた時から知っていますよ。ノーマンからカルについてどこまで聞きましたか?」
「何も。女性最年少でこの部屋に入ることくらいしか。」
エルの答えにシイナは少し間を空け、「カルは・・・、記憶がありません。」
その答えに二人は驚く。その反応を見ながらシイナは言葉を続けた。
「もともとは、リリと同じ”レオナルドの部屋”に居たんです。実験の過程で記憶を失い、感情も薄くなってしまいました。」シイナは背中にいるカルの様子をみてしゃべりすぎたことを申し訳なく思い、話を変えることにした。「そういえばリリはどうしました?いつもご飯のときはここにいるのですが。」
シイナの問いにエルは気まずそうに眼を伏せた。その様子にシイナは柔らかく微笑んだ。
「珍しいですね、ルノではなく、エルがそんな顔をするのは。」
「俺が悪い。あいつに触ったから。」
「リリの機嫌を直すのは骨が折れますけど、悪いと思ったらちゃんと謝りましょう。・・・エル、きっとお腹を空かせているはずです。朝ごはんを持って行ってあげてください。」
二人分のご飯をトレーに乗せエルに渡す。それを受け取るとエルはメインルームを出て、リリのもとへ向かった。
エルがメインルームを出るタイミングで、女の子がシイナに声を掛けた。
「シイナっ、おはよ。おなかすいちゃった。」
「ハナ。おはようございます。すぐ準備しますね。」
栗色のショートボブ揺らすように首を傾げ、大きなたれ目を細めて笑う十二歳の少女の名前はハナ。明るい性格で、リズとも仲がいい。
「リズっ、一緒に食べよう。」
シイナからご飯の載ったトレーをそれぞれ受け取り、椅子に座る。そんなハナを先頭に十数名の子供たちが、シイナのもとに並んだ。