僕の記憶にない出来事
クロヴィスと一緒に住む事になった。
どんどん引き籠りの逃げ道が塞がれていく。
そして女の子とのイベントも欲しいのに、何故か周りは男ばかり。
お魚を上げた猫も、ネコミミ美少女ではなくネコミミ美少年になって恩返しどころか飼う権利に……それはお猫様なので仕方がないとして。
クロヴィスと一緒に住むなら、空いている部屋は一杯あるので問題はない。
というか主人公のお友達キャラが住む部屋だってあるのだ。
ちなみにその子は女の子なのだが、
「何処にもフラグが……というかその子も主人公みたいに……」
可愛い女の子キャラだった彼女を思い出しながら、女の子との接点が欲しいなと僕は心の中で泣く。
そして家のドアを開くと、
「や、やぁああっ、この駄目猫っ、放せ!」
「うーん、この獲物も美味しそうだし、意外に相性も良さそう? 頂いてしまえ!」
「やめてぇええ、陽斗っ!」
僕はそこで猫のタマが人型になり、同じく人型というか大きくなって羽を隠した妖精リリスを押し倒しているのを目撃する。
僕はどうしようか迷ってから、
「えっと、ごゆっくり?」
「いやぁあああっ、陽斗助けてぇええ」
「……タマ、猫に戻る」
その言葉に、残念ですぅ、とタマが舌打ちをして猫に戻る。
こうしてみると可愛い美猫なんだけれどなと思っているとタマが、
「獲物を追い詰めたい気持ちがあるんですよ、僕達猫の本能で」
「はいはい、他の獲物なら好きにしていいよ」
「はーい、じゃあこっちにするね」
「へ? うわぁあああ」
そこで僕は再び人型になった僕をタマが押し倒す。
僕を覗きこむネコミミ少年が、まるで美味しそうな獲物をみつけたかのように笑っていたが……。
タマの襟首の辺りに、クロヴィスの手がのびて、襟首をつかむように持ち上げるといつものタマに戻る。
「もう、ちょっとくらい味見させてくれてもいいじゃん!」
「お前にはまだ早い。それとも……俺と一戦やるか?」
「……遠慮します」
そんな会話をしているタマ。
そして助かったと僕は思っているとクロヴィスに、
「やっぱり俺も一緒に住む方が正解のようだな」
「う、うう……はい」
僕は渋々頷いたのだった。
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どうしてこんな事に、そう僕は嘆きながら料理を作っていく。
まあ、物によるのだが材料を鍋に放り込んだり、オーブンに放り込むと勝手に出来る辺りが、魔法のオーブンと魔法の鍋の良い所だ。
そして出来た料理を、荒熱を取って箱に詰め込もうと決める。
その余りをお皿に乗せて机に並べて、
「クロヴィス、食事をする時間はありそうだから、食べよう」
「少し早いが、そうしようか」
そして僕達は食事をとる。
ゲームの世界では味は分からなかったが、口にするととても美味しい。
特にシチューのの中のジャガイモが口の中でトロッととろける。
キッシュは玉ねぎとベーコン、コーン、ホウレン草……の様なものが詰められていて、周りの生地がクラッカーのようで甘くなくて、サクサクしていてそれもまた美味しい。
でも食べてみると洋風茶碗蒸しのようなこのキッシュの中身も良いよなと思ってしまう。
クリームと卵で作ったアパレイユが入れられて上にたっぷりのチーズ。
作り方はオーブン内でどうやって出来て行くのかを見ていたので、今度はこの魔法のオーブン機能を使わずに作ってみても面白いかなと思う。
なにしろこの魔法機能の場合、ゲーム内で作った物しか作れないようなのだ。
実はさっきこっそり肉でサイコロステーキを作れないかなと思ったのだが、他の材料を要求されたかと思うとビーフシチューになった。
僕のサイコロステーキ……。
そんなわけで、ゲーム内に出てこない物は、自分で作るしかなさそうだ、そう僕は思っていると。
「でも陽斗の料理は美味しいな」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。それに複数人分作った方が、作りがいもあるしね」
そこでタマ達に僕達も何か頂戴と言われたのでそれぞれに違う料理を渡し、お腹一杯になった僕達は料理を箱に詰めて依頼を完遂しに向かったのだが……その時僕は、まさかこんな事になるなんて思わなかったのだった。
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依頼の商品を持ってくると、それを受け付けのおじさんが受け取り、依頼料を支払ってくれた。
ついでにポイントも登録して、今どれくらいで後どれくらい必要なのかを聞いて、
「やっぱりポイント多めの依頼が必要だよね」
「それなら戦闘の依頼を主にした方が良いかもしれないな。ただ戦闘関係も人気が高いから朝早くに来ないときついよ」
「そんなに大変なんですか?」
「ああ、妻に連れて行かれたバーゲンセール会場の様に大変だ。あの中に男が入っていけるのだから、魔法使いは凄いなといつも思って見ているよ」
「……そうなんですか」
受付のおじさんの話からするに、どうやら依頼争奪は過酷なものらしい。
けれど僕は戦闘に参加しないためにも、僕は頑張ろうと決意する。
だって、戦うの怖いし。
そこで僕は、一緒にきたクロヴィスに肩を掴まれて、
「レベルの高い戦闘の依頼は、すぐに無くなるか?」
「……やはり皆、楽な方に流れますね」
「大体何時ごろまでありますか?」
「お昼までに来て頂ければ確かかと」
「なるほど」
クロヴィスが受付のおじさんと話し、頷いた。
というか何がなるほどなのか、とか、その良い笑顔は何なのかと僕は聞きたかったが墓穴を掘りそうなので止める。
でもこのクロヴィス、暗くなるから危険だと僕についてここまで来たのだ。
正直僕は女の子かと思ったが、心配されるのは嫌ではないのでお願いした。
但し、陽斗は可愛いから襲われないようにという一言は絶対に許さない、絶対にだ。
そんな事を僕が思っているとそこで、人が駆け込んでくる。
甲冑などの装備がごついが、酷い戦闘をしてきたのか傷だらけれで息も切れ切れだ。
そんな彼は受付にて、
「人を集めて下さい! 町外れの森にある、“琥珀の古城”で、戦闘が……これは依頼書です!」
「この時間はもう閉める頃だから、人が集まるか分からないが受け付けます。……登録されている魔法使い達に、連絡をしてみましょうか?」
「は、い……お願いします。まさかあんな場所に、“深淵の魔族”がいるなんて……」
それを聞きながら、あれ、イベントが妙に早いなと思う。
確かもう少し後だった気がする、というか。
でもあの石の破片はあそこでもう一つ回収できるんだよなと思って、気づいた。
この依頼は、戦闘である。
そしてクロヴィスは戦闘の依頼を受けたがっていた。
更にクロヴィスは僕を戦闘に参加させたがっている。
この三行の文で状況は把握できる!
そしてそれで把握した僕は全力でこの場を走り去ろうとしたのだが、
「陽斗、お前の考えは全てお見通しだ」
「うぎゃぁああ、縄が、僕の体に!」
気づけばエロい形に僕の上半身を縛り上げて、クロヴィスは楽しそうに笑う。
しかも受付のおじさんからその依頼を受けて、
「俺は保護者なので、陽斗の名前も書いておくな」
「そ、そんなの無効だ、絶対に、というか行きたくないぃいい」
僕は必死で抵抗したが、結局その依頼を受けることになってしまったのだった。
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どんよりとした気分で一度自宅に帰るとまたリリスがタマに襲われていたり、リリスがこうなったら陽斗を僕が襲ってやると言ってクロヴィスに睨まれたりしたのはいいとして。
猫になったタマと、あの杖を持ってリリス達と“琥珀の古城”に向かう。
結局、僕は逃げられなかった。
「うう、夜道は暗いよぅ。でも、蛍がこのへんは飛んでいて綺麗だね」
「すぐ側に小川があるからな。それに時期的にも今は見頃だろう」
草原の上を、ゆらゆらと揺れるように点滅する光。
幻想的で美しいその光景を見ていると、段々と不安が増す。
この世界は僕のいた世界と違って、道に街頭はない。
今だって魔法で作った明かりで周辺を照らしているが薄暗く、月明かりだけで心もとない。
すでに日が暮れているこの時間にこんな場所を歩くのは危険な気がする。
そこで側の草無からがさがさ音がして、僕は怯えたようにクロヴィスにすがりついた。
けれど明かりに照らされたそれは、ただの兎だった。
「お、驚いた、あ、ごめん」
「別にいい。守ってやるといっただろう?」
クロヴィスがそう言って僕の頭を撫ぜる。
そうされると不安が少し和らいで落ち着いてくる。
クロヴィスは何だかんだいって面倒見が良くて優しい。
でもどうして僕なんだろうと思う。
ゲームでは女の子のポジションに僕は居るし、出会いのイベントも特に無い。
なのに何でクロヴィスは僕を選んだのだろう。
けれど聞いてしまったら後戻りが出来ない気がして僕は聞けずにいた。
何となく今の関係が壊れるのも嫌だし、それがラスボスを引き出す引き金になるのも怖い。
だから僕は、それ以上聞かずに道を進んでいき……やがて崩れかけた古い古城に辿り着いたのだった。
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金色の欠けた月に古城が照らされている。
そんな古城を見上げて僕は思った。
「帰りたい……」
「さあ、行くぞ」
いかにも何か恐ろしい化け物が出てきそうな城をを見上げて僕が呟くと、襟首をクロヴィスに掴まれて強制的に進む事になる。
でも僕としては、ギュッと杖を抱きよせるように握り締める。と、
「あん、陽斗、そんな風に強く抱きしめられたら僕、困っちゃう」
杖の妖精リリスがそう頬を赤らめながら僕の周りを飛んでいるが、
「だ、だって怖いんだ。うう、この重そうな扉だって、キィって」
錆びた入口の金属の扉はたてつけが悪く風で揺れて高い音が出ている。
その不気味さに僕がごくっと唾を飲み込んでいると、クロヴィスがその扉をけり上げる。
大きな音を立てて、金具の外れた金属の扉内側に倒れる。
ドスンと大きな音が聞こえて入口が出来るが、
「全く、片手で開けるにはこの扉は大変そうだったからな。片手は陽斗を捕まえておくので手を放せないし」
という理由で、扉を蹴り倒したらしい。
放してくれてもいいのに、でもそうしたら絶対僕は逃げるのにと思いながら、クロヴィスのその考えは正しいと納得した。
そして僕達は中に入っていく。
くらいので作りあげた明かりをほんの少し中に飛ばすと、人の形の石像やら壊れた甲冑やらが散乱している。
ゲームの時に見たその光景は何処か不気味だな、という程度だったが、実際にその登場人物になって見上げると石像は大きいし、空気は冷たいしで、肝試しにもならないくらいに不安な空間が広がっている。
「うう……中は暗くて冷たい風が吹いてくる」
僕よりも前にクロヴィスが歩いているのが、僕としては少し心強い。
けれど怖い物は怖いので、白くてふよふよした物体が飛んできたりするのかと思って、そういえば飛んでくるんだったなと僕は思い出す。
もう少し下の階だったが。
この古城の地下は迷宮の様になっていて、地下へ、地下へと伸びている。
そしてその最下層にイベントボスがいるのだ。
“深淵の魔族”。
でもこんな初めの方で出てきたかなと僕は思いつつ、そもそも、
「ほ、本当にここに来た人がいるのかな。きっと何かの間違いじゃないかな」
だって僕達の足音しかしないし。
そう思ってしまうくらいこの古城は静かだ。
そこでクロヴィスは、嘆息する。
「……ここにきた者達はみな負傷していて、“深淵の魔族”からどうにか逃げ出したが動けずにいるらしい」
「! そう、なの?」
「ああ、ここから二つ下の階に多数の人の気配がするが、動けずにいるようだからな」
僕には分からないがクロヴィスには分かるらしい。
負傷と聞いて、僕はぎくりとする。
けれど確か魔法の中には傷を癒す物があり、この杖を使えば高度な治癒が出来るはずだ。
どの程度の怪我かは分からないが、早めに向かった方が良いだろうと僕は思う。
そう思いつつ、そういえば“深淵の魔族”はどうしてあそこにいたままだったのだろうと思う。
確かゲームでは、やってきた装備の充実していそうな冒険者達を追い回していたはずだ。
ただそれには理由があって、確かその冒険者達の中で主人公がいたからだった。
「……でもその主人公はここにいない」
だから追いかけてこないと思っているとそこで僕の方に何かが乗っかる。
「うわぁああああ」
「陽斗、怖がりすぎ、にゃーん」
どうやらタマが僕の背中に飛び乗ったらしい。
脅かさないでよと思いながら僕とクロヴィスは、古城の中に進んでいったのだった。
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雑魚キャラ戦闘とちょっとした素材、特にあまり採れない“栄華の水晶”を回収した僕は、負傷した冒険者達のいる場所までやってくる。
呻く彼らを見て僕はすぐに魔法を使う。
使えるものの中では特に高度な魔法で集団回復させる。
けれどそれだけでは足りなかった。
僕はこの戦闘のイベントに必要なあるアイテムの調合をすっかり忘れていた。
しかもイベント用のアイテムだったので、使う分しか作らなかったのだ。
在庫はない。
そう思いながらも彼らの足や手にまとわりつく黒いもやのようなもの。
“暗闇の瘴気”と呼ばれる呪い。
あれにまとわりつかれると少しずつその場所が壊死していくのだ。
もちろん痛みもあるので、皆が皆苦悶の呻き声を上げており移動する気力を削いでいる。
それに僕達もあの“深淵の魔族”と接触して、あの呪いをかけられると……。
「どうしよう……」
「陽斗はあの呪いが解けないのか?」
クロヴィスに問いかけられて、僕は作り方はわかると告げて……思い出した。
何時もあの、主人公の自宅でしか調合しなかったけれど、
「確か簡易的に、外でも調合できる道具があったはず。でも失敗しやすくて……だったら、“操作の懐中時計”を使って、調合時間を短縮してうまく出来るまで頑張ればいい。ちょうど一番必要な材料、“栄華の水晶”は沢山あるし残りも他のものでも代用できるから……やってみる」
「そうか、期待しているぞ」
「うん!」
クロヴィスにそう言われて僕は、簡易的な調合の魔道具を取り出し始めたのだった。
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まず取り出したのは、大きな鍋の様なもの、そして小さいふたのついた鍋の様なもの。
その小さい蓋つきの鍋の蓋をあけて、中にいくつかの物を入れていく。
「“栄華の水晶”、“綺麗なヤシの実水”、“青まだら色の草”」
それらを放り込んで、はみ出そうになるのを押しこんで蓋をする。
それを大きい鍋の様なものに入れて、一緒に、“乾いた緑草”と“操作の懐中時計”を放り込む。
そのお鍋に蓋をして、地面に置く。
この調合は、この“操作の懐中時計”をも同時に動かさないといけないので難しい。
けれど今は緊急事態なのだ。
「失敗しても良い、出来るまで繰り返せばいい」
そう自分に言い聞かせながら僕は、杖を掲げる。
どれを作るのかの選択画面を選んで、それに触れる。
自然と僕は杖を掲げ瞳を閉じ、呪文を唱える。
杖の辺りが光っているのがまぶたの裏からでも分かる。
それがひときわ強く輝き、とろりと光が水のように地面に零れ落ちたようだ。
そこで瞳を開くとその光が落ちた場所から線が広がって魔法陣が描かれていく。
このままどんどん広がっていくその魔法陣を見ながら僕は更に呪文を唱え、最後にその魔法陣の一か所に杖の端を打ちつけ、そこで一気に僕の魔力を流し込む。
魔法陣が強く金色に輝く。
それと同時にがりがりと歯車がかみ合う音が聞こえる。
今この鍋の中には時間がすごい速さで流れている事だろう。
そして、大きな鍋がの蓋がガタガタして、魔法陣の光が収まる。
僕はは恐る恐る、大きな鍋の蓋をあけて、次に小さな鍋の蓋を開ける。
中にはぎゅうぎゅうに色々つめたはずなのに、正方形の薄いガラスの様なものが沢山入っている。
この形は見た事がある。
「う、上手く行ったかも、“浄化の欠片”。使ってみて下さい!」
僕は小さな鍋を取り出して、その呪われた人たちに渡していく。
触れると黒いモヤが消えていき、代わりに渡した“浄化の欠片”にヒビが入り、崩れ落ちて消えていく。
上手くいっていると思って僕はその負傷した冒険者に渡していく。
次々に呪いが解けていき、結局四枚余る。
だから僕はクロヴィスの所に戻ってきて、
「クロヴィス、これが呪いをとくアイテムだからクロヴィスも持っていてね」
「……分かった、ありがとう」
そう言って受け取るクロヴィスだが、そこで、
「でも魔法使いとしては、陽斗は優秀だな」
「偶然上手くいっただけだと思う。でも上手くいってよかったよ」
「だがこれだけ実力があって外でもこんなものが作れるなら、冒険に連れ回しても構わないな」
「! そ、そんなぁ~……絶対に逃げてやる」
「逃げたら地の果てまで追いかけて行って捕まえるから安心しろよ」
その地の果てと言われた時、一瞬クロヴィスの瞳に不穏な光が宿った気がする。
まるで自分が獲物か何かになってしまった気がした僕は、すぐにタマとリリスに、
「ほら二人共。もし呪いを受けたならこれで解呪するんだよ」
「はーい」
「にゃーん」
二人共頷いて僕から受け取ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
そして冒険者の人たちは、再度装備を固めてからここに訪れるという。
なので僕は、
「そっか、じゃあ僕達もこの人達を癒やしたし、依頼終了で帰ろう……クロヴィス?」
そこで僕はクロヴィスに襟首を掴まれて、
「よし、すこしその“深淵の魔族”の様子を見に行こうか」
「いやぁあああっ」
「大丈夫だ、俺がいるし、な」
そう笑うクロヴィスに僕は、何時もと違う何かを感じて不安を覚えたのだった。
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ふわりと濃い魔力が漂ってくるのを僕は感じる。
黒々とした魔力が不安を感じる。
そう思って段々と下りていくと、何処か部屋全体がほんのりと明るい。
良く見ると大きな魔法陣が作られていて、それが白く発光しているのだ。
その中央には一人の男がいる、
黒い布を纏う、黒髪に赤い瞳の美しい男。
おそらくは彼が“深淵の魔族”。
というかゲームで見たそのままだ。
彼は面倒そうに僕達の方を見て、僕をじっと見て、大きく目を見開いた。
そして口を開こうとすると同時に、僕のすぐ横をかけて行く人影が、
「先手必勝、にゃ~!」
「タマ! 勝手に飛び出しちゃだめ!」
僕が慌てて止めようとすると、ネコミミ人型になったタマが爪が鋭く大きく変化出来るようだ。
そして人型になると何処からともなく服が……本当に化け猫だなと思いながら僕はぎりぎりタマのしっぽを掴めずにいる。
そんなタマがその爪を振りかざし攻撃しようとするが、
「……獣ごときが、邪魔だ」
「うにゃあああああんんっ」
ぺしっと鬱陶しそうに、まるで目の前に飛ぶ虫を振り払うようにタマを吹き飛ばす。
そんなタマに走り寄って僕は抱きしめる。
「タマ、危ないじゃないか」
「でも、あいつ敵だし? 獣の本能が倒せと言っているんだもん」
「だからっていきなり攻撃に向かうのは良くないよ、全く……」
そこで僕は気づいた。
目の前の“深淵の魔族”の様子がおかしい。
正確には彼は僕の傍にいるクロヴィスを睨みつけている。
「何故、お前がここにいる」
その“深淵の魔族”がクロヴィスに告げる。
僕は、“おかしい”と思った。
ここに彼がいるのは確か、この世界の歪から溢れる魔力を吸収するためだ。
この世界に人の気付かぬ異変が起こっていて、それに敏感な“深淵の魔族”がその歪みによって変質した彼ら側の魔力を吸い取る事で、彼らの力も強くなり、結果としてこの世界も安定する。
なのでこの戦闘で、彼をそこそこ痛めつけて追い払えば済むのだ。
もっともゲーム中ではその程度しか対抗できる力が主人公達にはなかったのだが。
ちなみに彼らは主人公キャラと因縁があったりしていて、見逃された部分がある。
ただクロヴィスの存在をまだ彼らはいらないはずなのだ。
クロヴィスは自身の気配を隠すのに長けていたはず。
なのにこの憎しみの篭った瞳は何なんだろうと、もしかしてすでに彼らは知っているのではないかと僕は思ってしまう。
そこでクロヴィスが僕を後ろから抱きしめた。
「え?」
「! お前! その方を放せ!」
“深淵の魔族”が焦ったように僕を見てクロヴィスに言う。
なぜ彼はそんなに焦っているのだろう、僕はあの主人公の女の子じゃなくて、ただの異世界から来ただけの存在なのに。
そう思った所で、今度は僕はクロヴィスに僕の目を隠すように手を添えられる。
何をするつもりなのかを問いかける前に……僕の意識が薄らぎ、そこで僕は気を失ってしまったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
クロヴィスは気絶した陽斗を愛おしそうに抱きしめて、次に警戒するように唸り始めたタマを見て、
「へぇ、お前は分かるのか?」
「ぐるるる、お前は、あっちの黒い奴よりも危険……うにゃっ」
そこで杖の妖精のリリスがタマに飛んでいてぽかっと殴った。
それにタマが痛かったらしく涙目で、
「何をするのですか!」
「……どうせ勝てないんだからやめておきなよ。それに正体がわかっても、陽斗に告げては駄目なんだ。クロヴィスの正体が知れたなら、クロヴィスは陽斗をどうするのか……想像がつかない君じゃないでしょう?」
黙ってしまうタマにそこでクロヴィスが余裕の笑みを浮かべながら、“深淵の魔族”に告げる。
「それでお前はどうする? いますぐここから引けば、見逃してやってもいい」
「……何故?」
「陽斗がそれを嫌がるだろうから。それにこのお前達にとっても大切な陽斗がどうなってもいいのか?」
「……気に入っているのか?」
「とてもな」
「……面倒な」
そう吐き捨てるように“深淵の魔族”はつげ、次にタマを見て、深々と嘆息してその場から消え去ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
もぞもぞと体をまさぐられる感覚。
それに僕は、びくっと体を震わせながら、ゆっくりと意識を取り戻した。と、
「タマ、リリス、陽斗が目を覚ましたぞ」
「「「本当!」」
そう言ってバタバタと駆け寄ってくる音と、猫に戻ったタマと杖の妖精のリリスが飛んでくる。
二人とも心配そうに見ているが、そこでタマがにぱっと笑って、
「わーい、よかった、にゃあ」
抱きついてきたタマを抱えながら、そこで僕は、気づく。
あの魔族がいない。
出会ってあの時何かがあったような気がしたが、頭がぼんやりする。
だから知っているだろうクロヴィスに、
「“深淵の魔族”はどうしたの?」
「ちょっと脅かしたら、大人しく帰ったぞ?」
一体何を言ったんですかと僕は聞きたかった。
でも聞いた瞬間に大きな墓穴を掘りそうだった気がしたので、僕は黙った。
そこでクロヴィスが、
「何を言ったかとか聞き出そうとしないのか?」
「……嫌な予感がするから聞かない」
そう答える僕にクロヴィスは、少し驚いた顔で、けれど嬉しそうに残念だと笑う。
その笑い方にむっと来た僕は、だったら教えろというと、
「そうだな、俺の恋人になるならいいぞ?」
「! だ、誰がなるかぁあああ」
「相変わらず、陽斗は元気がいいな。暫く楽しめそうだ」
「う、うぐっ、もういい、ひきこもってやるぅうう」
「……俺から逃げられると思うなよ?」
そういえば一緒に今は住んでいるんだった、そう僕は絶望する。
そんな僕を見てクロヴィスが、何か思う所があるように笑っていたのに僕は気づかず、そして、僕達はようやく帰路についたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
戻ってきた城にいた“深淵の魔族”は目の前の、黒ずくめの男に報告する。
「以上が今回城での出来事です、ルーザリオン様」
「……ウィーゼが言うのであればそうなのだろう。……クロヴィスめ」
そう呟くルーザリオンと呼ばれた男。
この“深淵の魔族”を取りまとめる宰相である。
現在魔王が空席であるので、仕方がない。
そこで、もう一人、頭に猫耳を生やした男が現れる。
「おや、ネコミミ族の軍師クラウズ・マレア殿、どうされましたか?」
「……きたくて来たわけではない」
「ではお帰り願おうか。今は立て込んでいる」
「お前達があの方と接触した、と聞いてな」
それを聞いて、ルーザリオンは目を瞬かせる。
そこで、ウィーゼが、
「ではやはりあの場にいた猫は、ご子息のタリスマン・マレア様なのですか?」
「……そうだ」
「……全力で攻撃してこなかったのでよかったように思います。嫌われているようですが。ですが事前に傍につけているといったことを教えていただかないと、困ります」
ウィーゼが一言文句をいうと、ネコミミ男のクラウズは疲れたように、
「放浪癖のあるあの愚息が、好みの人間を見つけたから、嫁にすると連絡を寄越したのが昨日。そして、君が知っている事実を知ったのは先ほどだ。ちなみに私に連絡をよこすまであの愚息は、その人物がそうだと気付かなかったようだ」
「……いえ、でも好意を持ったのは事実で……」
「でも相変わらず嫁にすると言っているし、本当にもう、どうするんだ……」
嘆き始めるクラウズに、そこで、ルーザリオン嗤い、
「また昔のようにベッドで慰めてやろうか?」
「お断りだ!」
その言葉に焦ったように後にするクラウズ。
そこでウィーゼが、
「そのようなご関係で?」
「昔はな」
それ以上その話はせず、すぐに別のことをウィーゼ達は話し合い始めたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
家に帰る頃には朝になっていた。
帰り道に城で鍵となる石をまた見つけてしまったが、そんな簡単に重要な物が転がっていて堪るかと思いつつ僕は回収した。
そして家に入る僕。
「ね、眠い。寝る……」
僕がそういうとクロヴィスが、ふらっとする僕を支えたと思ったら抱き上げる。
目が覚めた。
「な、何でこんな……」
「ベッドに連れて行くくらいはしてやるよ。今日は頑張ったからな」
「い、いいよ、何でこんな女の子みたいに……」
そんな事を言っている間に、僕はベッドに連れて行かれた。
猫のタマ達は、家に帰ると同時に階段を駆け上がって好みの場所に寝付いてしまった。
なので今は僕とクロヴィスの二人だけだが、ベッドに僕を横にならせたまではいい。
上から見下ろすように、僕の顔のすぐ横に両手をベッドに置いている。
そのままじっとクロヴィスは僕を見つめていて、それが何処か熱を帯びているように感じる。
それがいたたまれなくて僕は、
「な、何? もう寝たいよ。それともギルドに報告に行かないといけないとか?」
「そうだな、依頼は遂行したし、後で行っておくよ」
「僕、行かなくていい?」
「眠いんだろう?」
そうクロヴィスに言われて僕は頷く。
すでに瞳も開いてはいられない。
眠い。凄く眠い。
気付けば意識は深い闇の中に沈んで途切れてしまう。
だから僕は全然気づかなかった。
「……こんな風に無防備にさらけ出して。俺が悪い奴だったらどうする気なんだ? 陽斗は。……もっとも、俺は陽斗にとって“悪い奴”なのだろうけれど」
そうクロヴィスは小さく笑って、眠っている陽斗と唇を重ねる。
もちろん疲れ切った陽斗は目を覚まさない。
一番危険な相手が傍にいるのに目を覚まさない。
「仕方がない。そろそろギルドが開きそうだから行ってくるか。また戦闘の依頼を探してくる。もっと俺を楽しませないと駄目だぞ? 陽斗」
そうクロヴィスは酷薄な笑いを浮かべて、その場を後にしたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
ふっと僕は目を覚ました。
随分と気持ちよく眠れた気がする。
それに誰かに抱きしめられていてすごく気持ちが良い。
誰かの体温が傍にあるのは安心するなと僕は思って、
「だ、誰だ! ……ク、クロヴィス」
僕が目を覚ますと、僕を抱きしめるクロヴィスが一緒のベッドで寝ていた。
いや、抱きしめられている時点で一緒のベッドだが、どうしてこうなったと思う。
そこで更にぎゅっと抱きしめられて、
「陽斗……」
愛おしげに囁かれる。
寝言にしてはなんかこう、凄くドキドキすると思っているとそこでクロヴィスも目を覚まし、
「おはよう、いや、こんにちは、か?」
「そ、そうだね。午後12時か……」
「そういえば、あの助けた冒険者達は無事戻れたらしい」
「そうなんだ、良かった……」
「依頼料ももらえたし、陽斗の資格のポイントも追加しておくって」
「そうなんだ、後で見てみよう」
「そして、また新たに戦闘の依頼を受けてきた」
それを聞いた僕は、クロヴィスを見上げた。
多分凄く嫌そうな顔をしていたと僕は自分で思うのだがそこで、
「また逃げられないようにして連れて行ってやるよ」
「い、いやだっ、今日はゆっくりするんだからぁあああ」
「大丈夫、依頼遂行まであと五日あるから、今日じゃなくて明日でも良いぞ」
「絶対に逃げてやるぅううう」
意地悪く言うクロヴィスに僕はそう叫んだのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
今日は皆で食事に行く事になった。
近くのお店に入り注文する。
「僕はオムライスが良いな、デミグラスソースらしきものがかかったらやつ」
「……陽斗、それは子供用だぞ」
「! ……い、いいんだ、僕は。これが食べたかったんだし」
「じゃあ俺は肉だな」
そう言ってステーキを頼むクロヴィス。
何がお子様だ、一口肉を奪ってやると僕は心に決める。
そして僕は杖の妖精リリス用の花の蜜、そしてタマの分のお肉を注文する。
「タマはお肉が好きだよね」
「ニャー、お肉は美味しいし。でももっと味見したい物があるんだよね」
「どんなもの?」
僕が問いかけると、タマは笑って僕を見た。
何となく狙われているような気がするが、そこでリリスがタマの頭ををぽかぽか叩く。
「陽斗に手を出すな。僕が陽斗の一番(の杖)なんだもん!」
「僕は、陽斗の一番だもん!」
「むー」
「むー」
いがみ合う二人をどうしようかと僕が思っていると、そこでクロヴィスが、
「それで今日の予定だが……」
「きょ、今日は色々家でする事が……」
「“虹の森”にある採掘場に行こうと思う。魔法使いが良く好んで行く場所らしいが、行かないのか?」
「……僕は沢山材料を持っているのです」
「使っていればいつか無くなるぞ?」
「……その時考えるから良いんだ」
うんうんと僕は一人で頷く。
そんな僕を見てクロヴィスは溜息をつき、
「……強制的に連れて行くか」
「! 僕だって欲しい物があるんです! それに今日は、服が二割引きで売っているんだ」
「……女物か?」
「男ものだよ! ……男ものだよね?」
「いや、今日は女物だけが二割引きだから聞いたが、陽斗なら似合いそうだし良いんじゃないのか?」
「僕ににあってたまるか! ……くう、安売りだと思ったのに」
そう僕は嘆くがそこで料理が運ばれてくる。
金色のとろとろの卵に旗が立っていてデミグラスソースの様なものがかかっている。
とても美味しそうだと目を輝かせる僕だがそこで、
「俺の肉だな。……あらかじめ切り分けられているのか」
そうクロヴィスが呟くのを聞いた。
聞いた僕がそちらに目をやると、鉄板の上で重々と美味しそうな音を立てて焼かれている肉が見える。
胡椒や塩、ソースがかかったその肉を見て、僕は即座に動いた。
「頂き!」
さっとフォークを使い、クロヴィスの肉を一切れ奪う。
クロヴィスが何かを言う前に、僕はそれを口に入れる。
熱々の肉だが、噛みしめると肉汁があふれる。
凄く美味しいなと幸せな気持ちで僕がもぐもぐとして飲み込むと、
「陽斗、良くも俺の肉を食べたな?」
「ふ、ふふん、僕の事をお子様なんて言うからだ」
「……肉を奪った分、俺も陽斗から頂こうか」
「一口食べる? お子様のご飯~、! 半分食べられた!」
半分近くをスプーンで一気に掬い上げて食べられてしまう。
言うんじゃなかった、そう僕は後悔したのだった。




