海のそばの洞穴にて
傍にあった目覚まし時計は、何故かローマ数字だった。
その辺りの事情は置いておくとして僕は目覚ましをセットしなかった。
もちろん、理由はクロヴィスと一緒に港町に行くつもりがなかったからだ!
「それよりもこうやって家の中、このベッドの中でぬくぬくしていたいし。何であんな危険な戦闘なんてしないといけないんだ。ここで引きこもってゆっくりもとの世界に戻る方法を探そう」
丁度朝食用のパンと瓶詰めジュースもすぐ傍の机の上にあるのだ。
ゆっくりそれこそ休日のように遅くまで寝てから、起きよう。
そして今日こそ色々な機材をそろえて依頼も見ておこうと思う。
「お得な依頼ってあるからね。それを見極めてコスパが良いようにやっておこう。うん、また眠くなったし二度寝ー」
「陽斗、起きてよ。僕のご飯!」
杖の妖精のリリスがそう眠っている陽斗の頭上を飛び回る。
なのでもぞっと僕は布団に更に潜り込みながら、花瓶を指さす。
そこには蜜のしたたる甘い香りの赤い花が飾られている。
“赤糖蜜の花”と呼ばれるもので、別名“妖精の花”と呼ばれている。
別名は妖精の好む蜜をこぼすからだと言われている。
香りが良くこの透明な甘味料は、広く一般的に使われているものだ。
これを乾燥させて粒状にしたものがこの世界の“砂糖”である。
昨日の内に買っておいて良かったと思いながら僕は再び目をつむるがそこで、
「クロヴィスが今日はくるよ? 早く起きようよ陽斗」
「来れないから大丈夫だよ。昨日の間にたっぷりと補強したし」
そう僕は自信たっぷりに答える。
この家の二階の部屋には、幾らか金属がありそれらに魔法を付加させて幾つかの材料を加えて……僕はこの家を内部から徹底的に補強した。
ゲームをしていた時の知識を駆使し、僕は家に帰ってすぐひきこもる為に全力を尽くしたのだ。
「だから僕はこのままゆっくり寝るんだ。……あれ? リリス? いなくなっちゃった……寝よう」
再び心地よい惰眠というただれた生活に戻りかけた僕は……そこで、僕の部屋のベッド。
そのすぐ傍の壁が爆発するのを見た。
大きな轟音とばらばらと零れ落ちる瓦礫。
な、なんですかと僕は飛び起きたのだが、その朝日が眩しい壁の穴から人影が一つ。
黒い闇の衣をまとった金色の髪の青年。
ただ入ってくるだけで、陽の光に輝くその髪も含めて絵になるような美形、クロヴィス。
「全くこんな事だろうと思ったんだ」
「ぼ、僕の家が……」
「お前がきちんと起きて準備をしていればこんな事にはならなかったのにな」
「そ、そんな事で誤魔化されないんだからな! 修繕費払え!」
「ああ分かった。じゃあこれから俺が毎日ここに通って少しずつ直してやるよ。それで解決だ」
え、毎日クロヴィスが来るの? と僕は、自分で墓穴を掘った気がした。
そこでつかつかとクロヴィスが近づいてきて、布団をめくる。
「か、返せ!」
「……今すぐ黙って着替えないと、襲うぞ」
凄みのある顔でクロヴィスに言われて、僕はすぐにそれに従ったのだった。
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そもそも、徒歩で移動する必要なんてないのだと僕は気づいた。
「“何処からゲート”。この金色の四角い箱が四つくっついたものを引っ張ると、縦と横に広がるんだ」
「ほう」
「それで、これに設定すると他の町への移動が一瞬で済むんだ!」
移動時間短縮アイテムで、後半になると作れるのだ。
これで周辺の町、ちょっとした採取、戦闘地点へは一瞬で移動できる。
もっとも戦闘する気のない僕は、町の移動だけで済ます予定だったのだが。
そこでクロヴィスが僕のその道具を取り上げ、剣で半分に叩き割った。
突然の事に僕は唖然とするが、
「少しでもレベルを上げろ。魔法使いなら」
「で、でもあんな便利アイテム……」
「お前にはまだ早い。サポートしてやるから、もう少し自分で戦えるよう努力しろ」
「う、うぐ……」
確かにこの世界で生きて行くなら戦闘はする事になる可能性は高いが、アイテムも含めて大概の事はお金や引き継いだアイテムで事が足りるのだ。
だからもう少し甘やかしてくれてもいいじゃないかと思いながら渋々、僕はリリスに杖になるよう命令する。
これから常に臨戦態勢だから。
「いい子だ」
クロヴィスが優しく微笑んで僕の頭を撫ぜた。
なんだこの子供をあやすようなそれは。
でも不思議と僕は嫌な気はしなくて大人しくされている。
そこで目の前に壊れた先ほどの道具が僕の目に映る。
荒療治にしても、クロヴィスは思いっきりが良い。
それを見ながら、いいもん、まだあるから……そう僕は心の中で思ったのだった。
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こうして港までやってきた僕とクロヴィス。
海風が心地よいこの町は、魚やら何やら色々な海産物が取れる。
また海の向こうから船も来るので、それに乗って海を渡ったり、他の場所の特産品などがこの港では手に入る。
それ故に魔法薬から文房具まで、様々なものを作る道具で、この地方では珍しい物が手に入ったりする。
後で送料込みで購入しておこうと、僕はイキイキ引き籠りライフを満喫する為に頑張ろうと決める。
ついでに、ここで魚や貝、貝殻、海に流れ着いた流木やココナッツのようなもの、石、海岸の砂を購入しておこうと思う。
一部は購入の必要はないのだが、加工して売るといい稼ぎになるのだ。
ここでの機材の購入費などは十分賄える。
なので僕はクロヴィスに、
「幾つかよりたいお店があるんだけれどいいかな?」
「そうだな……ただ太陽の位置から、もうすぐ昼になるから、先に食事を済ませた方が込まなくていいんじゃないのか?」
「言われてみればそうかも。じゃあのお店に行こう!」
そう僕はクロヴィスの手を引っ張る。
丁度ゲームに出てきたお店で、主人公達が美味しそうにご飯を食べていたのだ。
あれを見てここに来たなら絶対にこれだと思っていたのだ。
そんな僕は、クロヴィスの手を引っ張った瞬間、クロヴィスが驚いた顔をして、次に優しげに僕を見ていた事に気付かなかったのだった。
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やってきたレストランで、海鮮パスタのようなものに舌鼓を打つ僕。
クロヴィスも同じものを頼んでいた。
飲み物は、半透明の癖のない海藻、“白ブドウ”の実が入った“青色ココナッツ”とミルクを混ぜた甘いジュースだ。
主人公達が感動していたように僕も幸せを感じながらそれを食べて行く僕だが、そこでクロヴィスが、
「だいぶ戦闘にも慣れてきたみたいだな」
「うう……それならもう引きこもっていいかな?」
「駄目だ。勘が鈍るからな。それに俺が手伝ってやっているんだからいいだろう?」
「それはそうだけれど」
そう答えながら、僕は先ほどの戦闘を思い出す。
それほど強くない、ウサギのような形をした魔物や鳥のような魔物、ネズミのような魔物、ハートマークをした精霊と接触したが、僕も初期のころに手に入る魔法で応戦したものの、そのほとんどがクロヴィスの力によって倒される。
青白い光をまとった大剣を軽々と持ち上げて戦うクロヴィスに、いいなぁ~、僕もこんな風に格好良く戦っえたらいいのにと思ったものだ。
そう思ったら僕はなんだか恨めしくなってしまう。
なのでじと~とした目でクロヴィスを見ていると、
「どうした? 俺の方を見て」
「別に。ただクロヴィスみたいな剣も使ってみたいなって思っただけ」
「そうなのか? ……そうだな、陽斗、後で少しだけ貸してやろうか。陽斗なら大丈夫だろうし」
「本当! わーい」
装備できる相手が決まっている剣なので陽斗は主人公に持たせられなかったのだが、その剣を陽斗も使えるのだ。
良い事もあるものだなと陽太が思いつつご飯を食べていると、港町の漁師らしき人たちがやってきて僕の後ろの席に座った。そして、
「おい、聞いたかあの話」
「あの話?」
「昨日夕暮れの後くらいかな、暗くなりかけの時に船で港に戻ってくる途中、ミナトの方から炎の塊が船のすぐ傍を通りすぎて行ったって」
「ああ、炎の強力な精霊が、海を渡っていったんじゃないかって言われているよな」
「天変地異の前触れじゃないだろうな」
「……そうでない事を祈ろうぜ」
などとお話していました。
間違っても、僕です! なんて名乗りあげられませんでした。当り前の話ですが。
そんなわけでその後しばらく僕は、食事の味を緊張のあまり楽しめなかったのだった。
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クロヴィスはさりげなく港町に持っていく依頼を受けていたらしい。
僕も受けておけば良かったのにと思うのだが、後の祭りだ。
そして店を見て回る前に、その仕事を終えてから店を回る。
途中、美味しそうな焼き魚が売っていたので買って食べていたのだが、茶色い毛並みのにゃん子が物欲しそうに見ているのに僕は耐えられず、食べかけの残りをあげてしまった。
しっぽが二本生えていたので、その内猫耳の女の子になって恩返しをしに来てくれると思う。
そんなこんなで、ふとゲームで見覚えのあるお店に気付きそこには……。
「これは……」
「パズルのピースみたいだな。あの伝説の神々の片鱗と呼ばれる石板に描かれた絵のレプリカに見えるな」
クロヴィスに、えっ、そうなのと聞く。
この世界の秘密に迫る為の重要アイテムだったのだが、すでに集められ、海の向こうの美術館に封印されるようにひっそりと置かれているらしい。
そしてその絵画の欠片といったレプリカやグッズがそこら中で売られているそうだ。
あ、まずい。このままこのパズルの欠片を集めなければならなうフラグ。
など思った僕の不安は杞憂に終わったが、もしかしたらこれを集めたら元の世界に戻れたりするかなと期待して購入する。
何か奇妙な魔力を感じるし。
そんな僕をクロヴィスは何か思うように見つめていたのだった。
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そして輸送費を支払い、僕は道具を大人買いする。
「これ全部送料込みで、はい」
「ぐおおおおおおお」
道具を販売するお店の店主が、今にも倒されてしまいそうな敵役のような声をあげた。
金貨で現金で即お支払いをしたので当然だと僕は思う。
そもそもこれらの道具は結構根が張るのだ。
だがニューゲームで所持金が限界まで貯まっていた僕に、死角ない!
そんなわけで即お買い上げして送料まで支払った僕はホクホクだ。
つまり、あれだけでも素敵なひきこもりライフが楽しめるのである。
そんなにまにましている僕にクロヴィスが、
「陽斗、無駄に金は持っているんだな」
「無駄って何だ。僕だって頑張ってお金貯めたのに」
「どうやって?」
「色々作ったりして、売ったりとかだよ」
戦闘もして手に入れたのだがそれはゲームの話なのでクロヴィスには出来ない。
正直、どうしてこんな場所にきたのかだったまだ僕には分からないのだ。
そこで黙ってしまった僕の頭を軽く撫ぜて、
「言いたくないなら言わなくていいぞ」
だがクロヴィスは、僕が言葉を濁しているのに気づいたらしい。
「……ふんだ」
「さて、折角だから周辺で魔物を倒して行くか!」
「いやだぁああああ」
僕は全力で逃げようとしたが、クロヴィスよりも背の低い僕が逃げられるはずもなく、襟首を掴まれて引きずられるようその場を後にしたのだった。
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戦闘をまた二つ終わらせた後。
港にほど近い人気のない海岸にて。
僕はクロヴィスに剣を渡されていた。
どう考えても終盤になって手に入るような黒い禍々しさのある剣だ。
この剣で最終戦は酷い目にあったんだよなと僕は思い出しながら、僕は先ほどの約束通り剣をクロヴィスに貸してもらう。
クロヴィスはこの剣を軽々と持ち上げ操っていたので余裕だろうと僕は思っていたのだが……。
それを手渡された瞬間僕はその剣を取り落としそうになった。
「お、重い……」
「……魔力があるから適正があるかと思ったが、そんな事はなかったか」
「そ、そんな事冷静に解説していないで受け取ってよぅ!」
僕が懇願するように言うとクロヴィスは、そうだなとそれを受け取る。
重い物を持った反動で僕は疲れてぐったりしてしまう。
やっぱり明日からは色々調合しようと思う。
だって材料はほぼ全部あるし。
そんな事を考えていると、杖の妖精リリスが僕に飛んで来て、僕の肩に座りながら、
「ね、ねっ、やっぱり僕が陽斗の一番でしょう?」
「そうだね、リリスが一番だよ」
僕には剣が合わなかったようだと、悲しくなった。
そういえば出てくる女性キャラのほとんどが杖を持っていたから。
僕、男なのにと思っていると、そこでクロヴィスの機嫌が何だかおかしい事に気付いた。
「どうしたのクロヴィス」
「いや、もう少し基礎体力をつけないといけないよな、と。折角だからあの海辺の洞窟に入ってみるか?」
「……止めておく。僕、この海岸の砂を集めて星屑が細かくなりながら放射状に広がって爆発する爆弾を作るんだ」
「……戦闘には必要そうだが、必須ではなさそうだな。それに後で採取もできそうだ」
そう呟いたクロヴィスは、僕の手を引っ張り、その洞窟へと向かって行く。
そんなクロヴィスに僕は、
「い、嫌だよ、あそこ危険なんじゃないの?」
「良く知っているな。だが俺が守るから安心して戦闘に集中していろ」
「う、うう……僕みたいな素人じゃなくて、他の人達とパ-ティ組んで行った方が良いんじゃ……」
「俺がお前以外を守る気なんてないから却下だ」
「そんな……」
こうして僕は、クロヴィスとともにやや難易度の高い海に面した洞窟に向かう事になったのだった。
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海辺の洞窟までは、海岸沿いに道が出来ている。
けれどそれも自然の岩を使った道なので、海水が大きな波となり打ちつけてきて、
「は、早く行ってよクロヴィス! 濡れちゃうよ!」
「……濡れてしまえ」
「酷い! でも着替えの特殊装備は持っているから良いけれど……というか装備しておいた方が良いのかな? あ、リリス、僕の影に隠れてずるい!」
「だって、海水に当たると気持ち悪いんだもん。なので陽斗を盾にするぅ~」
薄情な杖の妖精に僕は悲しくながらも、その海辺の道を行き、やっとの事で洞窟に入り込む。
茶色い岩で囲まれた洞窟には海水が流れ込んでいたが、ところどころに奥に進むには丁度いい石が点々と踏み台のように海水中に伸びている。
都合のいい道だと思いながら、僕はクロヴィスに連れられてさらに奥に進んでいく。
「やっぱり段々と海水の匂いが薄くなってきたかも」
「この洞窟は、地上の地底湖とも繋がっているからな。真水が海水と混じってきているのだろう。でも、よく知っているな」
「ぎくっ、い、いえ、たまたま知っていただけです」
僕はそうやって誤魔化した。
だって、異世界から来ました、しかもこの世界とそっくりなゲームをプレイした事があります、ついでに貴方がラスボスだと知っていますというわけで。
もしもクロヴィスにそんな事を言ったなら、ここで突然ラスボス戦になるのかもしれない。
仲間のいないラスボス戦……絶望しか感じない。
しかもラスボスに倒されたなら僕はどうなってしまうんだろう。
「……そんな怖い展開は全力で回避せねば」
「? どうした?」
「いえ、何でもありません。……あ、“洞窟夜光石”!」
そこで僕は、陽の光の届かない洞窟の奥で、明りのように輝く不揃いの球状の玉が数珠繋ぎになった物を見つける。
水や海水、そしてその光に集まる虫や蝙蝠などの魔力を集めて結晶化して、輝いているのだ。
これがもっと巨大に成長すると、“精霊”が生まれるらしい。
この世界では一般的に、“精霊”と“妖精”の区別は、単に人と関わりがないか、あるかの違いでしかない。
そしてこういった“精霊”が生まれるには、ある一定の魔力の塊である“魔力石”が必要なのだ。
つまり、人為的であれ自然のものであれ、ある程度魔力が大きくなれば“精霊”が生まれているか分かるのである。
「こことこことこれ、ちょっと貰って行こう」
「こういった時だけは生き生きするな。それにもっと大きい物じゃなくて良いのか?」
「うん、これで良い。そもそも生まれていたらその本体を“精霊”は隠しちゃうから見つけにくいだろうし」
「そうだな。……危ない!」
そこで僕は上にばかり気を取られて足を踏み外して、体のバランスを崩してしまう。
焦ってどこか捕まる場所と思った所で、僕はクロヴィスに腕を掴まれて抱きしめられるようにされる。
「全く俺が傍にいないと危なくて仕方がないな、陽斗は」
「う、うるさい。……助けてくれて、ありがとうございます」
「そういった素直な所は可愛いな」
「では可愛い僕のお願いです。もう帰りたいです」
「さて、奥まで行こうか」
「いやぁああああ」
嫌がって悲鳴を上げる僕を無視して更に奥へと向かう。
確かにこの先はそこそこ強い魔物がいるのだが、その先にはイベント用のボスがいたはずなのだ。
名前はローレライ。
男を惑わし魅了する姿をしており、男性陣の魔力や体力、速度が四分の一程度になってしまうのだ。
レベル的にはそれほど強くないが、道具の力に頼っている僕や、どの程度のレベルか分からないクロヴィスの二人で挑むには荷が重すぎるように思う。なので、
「諦めて戦闘はするけれど、途中までで戻っても良いかな」
「そこそこレベルが強い敵だが、俺の敵じゃない。いざとなれば守ってやる、だから……諦めろ」
そうクロヴィスが僕に宣言する。
クロヴィスは一応ラスボスで、本当の力を解放するとどうなるかを僕は知っているので、それなら確かに大丈夫だよなと思う。
でも戦うならもう少し仲間が欲しい。
「せめてこの洞窟内に、僕達と組んで潜ってくれる仲間になってくれそうな冒険者がいないかな」
「……俺以外と冒険したいのか? 陽斗は」
「うーん、僕達二人だけだと心もとない気が」
通常時のクロヴィスの強さはちょくちょく見ているからその強さは納得がいくが、仲間が多い方が安全なのだ。
けれどクロヴィスの機嫌を損ねたらしく黙って僕の手を引き逃げられないようにしながら奥に進んでいく。そこで、
「うわぁあああああああ」
人の悲鳴が聞こえたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
悲鳴の聞こえた方を見て僕は、
「今の悲鳴、助けに行かないと!」
「……冒険に行くのは嫌なくせに、こういう時は積極的なんだな」
「……悪い?」
「いや、更に気に入った」
それを聞いて僕は、あまり気に入られたくないな、気に入られたらさらに色々な冒険に連れて行かれそうだし、ラスボスだしと思う。
思いはしたけれど、気に入ったといわれて悪い気はしなくて、そのまま悲鳴の聞こえた方向に駆け出す。
その悲鳴を上げたのは男の三人組だった。
軽装備の冒険者で、斧使いと弓使いと剣士が目の前の魔物に腰を抜かしているようだった。
情けない姿だが、その魔物の全貌が見える位置まで来て僕は納得する。
「“青と白の海蛇”」
ドラゴン程ではないが、強力なこの世界の魔物である。
白い僕達の数倍はある背丈の青白い輝きの白い海蛇は、チロチロと赤い舌を吐きながら今まさにその三人に牙を向けようとしている。
とっさに僕は杖をその蛇に向けて、
「煌めく星々の輝きよ、炎となりて従え! “連花の紅蓮”」
その言葉と共に、僕の杖から赤い光の水のようなものが地面に落ちて魔法陣を描く。
この世界の魔法は使うと同時に地面に魔法陣を描くが、これはもともと魔法が地面に魔法陣を描くことから始まったからだと言われている。
そして杖から零れ落ちた光から描かれた魔法陣が更に別の魔法陣を描き上げる。
複数の魔法陣を同時に描き動かして行う強化魔法の一つだ。
そして枝分かれした端にある8個ほどの小さな魔法陣から火球が浮かび上がり、一斉に“青と白の海蛇”に向かう。
その炎の塊に打ち付けられるように後ろに下がり、炎上する。
きしゃああああ、といった断末魔の大きな悲鳴を上げながらその魔物は崩れ落ちるように倒れて、燃えた後に“青と白の海蛇”の核となる貴重な宝石“ローレライの涙”という薄水色の石が地面に落ちた。
どうにか倒せたなと思って、今更ながら僕に震えが来る。
ゲームではそれこそ気楽に倒せた相手だったが、実際に目の前で敵として現れ、そして打倒したとはいえ、もしも負けていたらと思うと怖くて堪らない。
そこで僕の頭をクロヴィスが撫ぜて、
「やればできるじゃないか。良く頑張ったな」
そう微笑んで強くさらに頭を撫ぜる。
ちょっとだけどきりとしてしまったというか嬉しくなった僕の心が怒りに変わり、
「こんな風に強く頭を撫ぜるな!」
「陽斗は我儘だな。こうか?」
「そう、それでいいのだ! ……むがっ」
そこで僕はクロヴィスに鼻をつままれる。
撫でられて気持ちが良いなと思った所でそれをされて僕は更に機嫌が悪くなるが、そこで、
「た、助かりました。本当に何とお礼をいえばいいのか……」
先ほど襲われていた三人のうちの剣士が僕に話しかけてくる。それに僕は、
「いえ、たまたま通りかかっただけですから。怪我がなくて何よりです」
「本当にありがとうございます。魔法使い様。そして……」
そこで彼は僕の両手を取り熱っぽい瞳で、
「結婚して下さい! 一目惚れしました!」
彼は僕に告白してきました。
確かに僕は小柄だが、断じて女の子には見えない……そう思いたい。なので、
「……僕は男です」
「分かっています、それでも貴方が欲しい」
どうしよう、僕は男に告白されてしまったよ。
あまりの意味不明さに僕が凍りついていると、そこですっとクロヴィスの剣がその剣士に向けられ、
「死にたくなければ去れ」
「ひ、ひいい、す、すみませんでしたぁあああ」
あっさりと剣士は仲間とともに逃げて行った。
あの、貴重な宝石“ローレライの涙”と一緒に。
いや、別に僕は沢山持っているので良いのだけれど、何となくこう、脱力感を感じた。と、
「まったく、油断も隙もないな。それよりも、このすぐ先に祠があるから……」
「あ、そこで上手くくじを引ければいいアイテムがもらえるんだよね」
「……よく知っているな」
「ギクッ、たまたまです」
慌てて僕はそうクロヴィスに答えると、クロヴィスはそれ以上問いかけなかったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
そんなこんなで祠を目指して進んで行く僕だけれど、
「ほら、上から来るぞ! 気をつけろ!」
「うわーん」
後の雑魚戦をこっそりクロヴィスに全部お任せしようという僕の目論みはあっさりと気付かれて、現在僕は闘わされていた。
確かこの水系の空飛ぶ魚のような魔物は雷系の魔法が効いたよなと呪文を唱えて――実は戦闘用の選択肢に軽く触れると、勝手に呪文が僕からこぼれて決めポーズまでされるので僕はただそれを選ぶだけだったのだが――雷を降らす。
「“雷の滝”」
力ある言葉と同時に、その魚の頭上に球状の雷が浮かび、地面に向かって雷を降らす。
やがて上手く倒せて魚の肉を手に入れる。
ただこの魔物の魚の肉には毒があるので、この毒を抽出して敵への攻撃に使うのだ。
そして素手では触れられない、魔法のかかった特別な布を上からかぶせて回収する。
ちなみにこの毒は媚薬の材料にもなったりする。
作っても女の子と接点のない今は、男に使うしかないので……僕はそんな展開は想像したくない。
切実に。
さて、そこで僕はクロヴィスに良く頑張ったなと言われながら、くるりと僕を静観している杖の妖精のリリスに、
「リリス、自動追尾システムで敵を倒して欲しい」
「えー、面倒臭い」
「僕だって面倒くさいんだもん! こんな延々と敵と戦うんじゃなくて、勝手に杖から魔法が放たれて敵を倒す効果があったなら、それを使った方が安全だし楽だもん!」
「クロヴィス様、どうしましょう、これ」
何故か杖の妖精リリスは、僕を指さしてこれと告げて、クロヴィスに許可を取っている。
ちょっと待て、僕はご主人様だぞ!
そう僕が言う前にクロヴィスが頷いて、
「これの言う事は聞かなくていい」
「はーい、分かりました―。ごめんねー、陽斗」
これでもっと気楽に居られるなと杖の妖精のリリスが言っているが僕としては、
「な、何でクロヴィスの言う事をそのまま言う事聞くんだ!」
「長いものには巻かれる主義なんだ、てへ」
もしやこのリリスは、クロヴィスがラスボスだと気付いているのだろうかと僕は勘ぐるが、ここでは聞き出せないしもし違っていてもリリスにその情報を知られてしまう。
それが更にクロヴィスに流れたなら……ラスボス戦だ。
それだけは絶対に避けねばと、僕が思っていると、
「それにもうすぐそこが祠だぞ。だからもう敵は出てこないだろう。祠自体に魔物を退ける効果があるから」
クロヴィスに言われ、もう敵と戦わなくて良いと僕は元気になったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
祠は白い石の柱と壁に、複雑な唐草模様が金と銀で彩りを添えていた。
そしてそれ以外にも祠自体が青白く輝いている。
いかにも何か御利益のありそうな怪しい存在だが、そこで、
「ほら、あの呪文を唱えるんだ。そうすると素材やアイテムを一つもらえるんだろう?」
クロヴィスに言われて思い出す。
確か高難易度のアイテムや素材も、ごくまれにランダムに手に入った記憶があるが……普段は、“宝物はここまでやってきた君達の友情と勇気である”といった紙の入った空の小さな宝箱だ。
僕はあれが出ると、出るたびに精神的な何かががりがり削られて行く気がするのだ。
ただもしかしたら良い物かもとおもいながらそこで、
「ほら、陽斗、先にやれ。やらないなら俺が先にするぞ」
「ま、待って……えっと確か手を合わせて……“じもえたなえ~、たなえじもえ~、じもえたなえ~、たなえじもえ~”……わっ、祠が光り始めた!」
あの紙が入った宝箱ではありませんようにと僕は、誰だか分からない神様にお願いすると、その祠から何かが僕に投げつけられた。
しかも顔に当たって痛かった。
「ごふっ! ひ、酷い……これは!」
そこにあったのは、先ほど手に入れそこなった“ローレライの涙”だ。
額に当たって痛かったが、まさかこんな良い素材が手に入るなんて思わなかった。
ちょっと先ほどの三人は酷過ぎるんじゃないかなと思っていた気持ちが、僕の中で完全に吹き飛んだ。と、
「よかったな、それはさっきの宝石だろう?」
「うん、こんな良い物が手に入るんだね」
僕は嬉しくなって宝石を持ちながら小躍りする。
そんな僕をクロヴィスが優しく見つめてから、クロヴィスもその祠に呪文を唱えるが、
「小さな宝箱? 中には……“宝物はここまでやってきた君達の友情と勇気である”」
「わーい、クロヴィスは外れだ―!」
「……陽斗、ちょっと来い」
「そう言われて素直に行く僕だと思うなよ! って、んんっ」
そのまま手をひき寄せられて、僕はクロヴィスにキスされた。
何で僕は男相手にこんな事をされているんだろうと悲しく思っていたが、そこで、唇を放されて、
「俺をからかった罰だ」
「う、うぐ、覚えてろおおおお」
そう僕がクロヴィスに叫んだその時だった。
「はー、今日も仕事かぁ。適当に馬鹿な男でも騙すか」
傍の岩の壁が開いて、一人の美しい少年が出てきたのだった。




