ニューゲームの世界にようこそ!
「ここ、どこ?」
僕は周りを見回しながら呟いた。
記憶にある限り、先ほどまで自宅の自分の部屋で、新発売のゲームをやっていたはずなのだ。
何日もかけて夢中でゲームを終わらせた僕は、アイテムその他もろもろも含めて引き継ぎしつつ、二週目に突入した。
「強くて、ニューゲームが出来て、楽にストーリーが進めるはずだと喜んで、二週目に進んだんだよね」
そのためにも武器やら防具やらを強化したり、お金も引き継げるので限界ぎりぎりまでためたり、序盤では手に入らない高級なアイテムを大量に集めたのだ。
これも全て二週目のイベントのためだった。
そしてわくわくとゲームを始めようとした所までは僕は覚えている。
「そもそもなんでこんな草原みたいな場所にいるんだろう。確かにオープニング画面でこんな場所があったし、すぐ傍にはこんな形の木があったけれど……いや、まさか。まさかね」
自問自答して、僕は乾いた笑いを上げる。
そんな僕の頬を暖かい風が撫ぜる。
この現実味のある感覚に、僕は少し悩んでから、
「……とりあえず、この世界の人に会おう。夢の世界かどうか分からないけれど、現実っぽい感覚があるし」
そう、僕、酒井陽斗はスリッパをはいたまま歩きだしたのだった。
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ゲームの世界だと、確かこの道をまっすぐ行けば主人公達が住んでいた町があったはず、と思いつつ歩きだした僕だけれど。
「確かこういった道でも、敵のモンスターが出るんだよな」
この辺りでよく見かけたのは、四角い緑色の箱が宙に浮いているようなものだった。
確か土の精霊が敵側についたおかげで出来たものだったはず。
草むらから突然出てきて攻撃をしてきて、倒すとたまに回復の薬草やら素材を落としてくれているので初めの方は重宝した。
そう、初めの方は。
「途中からサクサク倒せるようになっちゃうし、お金が貯まってくるからいらなくなっちゃうんだよな」
おかげで僕のやっていたゲームの、持っているそのアイテム欄は満杯だった。
とはいえ今は僕自身が戦えるかどうかが分からない状態なので、そんな敵と遭遇したくなかった。
運が良いのか今の所、僕は敵とは遭遇せずに済んでいる。
このまま戦闘にならず町まで付けばいいなと思いながら更に歩いて、丘を一つ越えると、
「町だ、町が見える、助かった!」
そこに行けば少し状況が分かるかも、そんな期待に胸を膨らせながら更に進んでいくが。
ガサガサっと近くの茂みが揺れる。
僕はそれに気付いて慌ててそこから距離を取ろうとするが、間に合わない。
そこに現れたのは、緑色の立方体のような魔物。
それほど強くないのだが、今の丸腰な僕には脅威だ。
「た、戦わないと、でもどうしよう……え?」
傍に木の棒か何か落ちていないかと周りを見回した僕は、目の前にゲームの画面のようなものが現れる。
それは先ほどまで僕がやっていたゲームだ。
その中に魔法を使う項目があり慌てて僕が宙に手をかざすようにそれに触れると、どの魔法にするか選択画面が現れる。けれど、
「ま、間に合わない!」
こんな場所でいきなりゲームオーバー! そう僕は涙目になる。
訳も分からずこんなゲームのような世界に連れてこられて、今まさに倒されてしまいそうなのだ。
とっさに僕は自身の顔を負うようにして庇う。
そこで風を切る音がして、悲鳴が聞こえる。
恐る恐る指の間から覗く僕は、目の前に一人の男がいるのに気づく。
黒ずくめのベルトが幾つも付いた服装の長身の男。
剣を持ち、金色の髪に青い瞳の美形。
間違いないと僕は思う。
「大丈夫か?」
そう問いかける声に僕は確信を強めた。
すでに一周したゲームの内容が僕の脳裏によぎる。
ああ、どうしようこの人……ラスボスだ。
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このゲーム、『ワールドピース・ラボラトリー』はある町の魔法使いが主人公のゲームだ。
ちなみに主人公はミニスカートのふわふわした黒髪の女の子で、杖をふるったりする姿はとても可愛い。
そんな彼女は、魔法使いの一ランク上の“資格”をとる為にこの町で、実習という名の研修室を作り、他の生徒と競い合いつつ依頼をこなし、時に友情を深めて行くのである。
そして戦闘などを通し、遺跡に潜ったり、異民族の都市などに行ったりして、世界の謎に迫っていくのである。
色々なものを倒していき、とあるエンディングに辿り着くには、ラスボスであるみじかな人物と戦い勝利しなければならない。
ちなみにその人物、クロヴィス・レーベは
「……全く、この俺が助けてやったのに、ずっと固まったままは無いだろう」
「え? えっと……助けて頂きありがとうございました」
ぺこりと僕は素直にお辞儀をする。
俺様美形という少女漫画に出てきそうなキャラである彼は、剣と魔法を使う魔法剣士。
味方ならば強くて頼もしい性格に難のある俺様美形なのだが……ラスボスだ。
本当に敵となった時、僕は吹き出したものだ。
強いしアイテムは一杯使うし、もうね、もうね……。
「これは無いよな……」
「俺に助けてもらって不満があるのか? だったら今すぐ置き去りにしてやるよ」
「う、うう、僕はまだ戦闘慣れしていないのに」
「変った服装だから一般市民かと思ったが、少し魔力を感じたんだよな。だから放置しても問題ないよな?」
にやにや笑うこの金髪さらさら青い瞳の男であるクロヴィスに言われ、むっとしたように僕は、
「そんな意地悪、言わなくて良いじゃないか。町はすぐそこなのに」
「だが魔力の気配、あれは魔法を発動させようとするものだ。だからお前は魔法使いであり、魔法使いなら戦闘の実習も必須だから、戦う力がないとは思えないんだよな。あんな雑魚に」
「うう……まだ慣れていないんだ」
「まあいい、そろそろ助けたお礼を貰おうか」
そういうキャラだったかなと思いながら僕は、
「幾らでよろしいのでしょうか」
「そうだな……」
そこで彼が口にした数字に僕は叫んだ。
「高すぎです! そもそも持ち合わせがありません!」
彼が口にした額は、ゲーム内でためられるお金の限界値を超えていた。
そもそもそんな大金を要求すること自体がおかしいのだが、そこで更にクロヴィスは笑って、
「だろうな。だから体で返してもらおうか」
「ま、待って、僕は男です。男なんです」
もしや性別を間違えられているのではという、一縷の望みを持って目の前の彼に僕は聞いてみたわけだが、
「見れば分かるだろう? ただ見た目は可愛いがな」
「可愛い……僕の何処が可愛いんだ! 冗談は……」
止めろと僕は言いたかった。
けれどそこで僕は目の前のクロヴィスに顎を掴まれて、そのまま唇を重ねられる。
一体何が起こっているんだと硬直していた僕は、唇を放された所でようやく、男にキスされたという人生初の経験を理解した。しかも、
「ファ、ファーストキスが……」
「そうなのか? 良い物を貰ったな」
「あげてないし! そもそも、そっちが勝手にキスしたんじゃないか!」
「助けてやった駄賃だ。そういえば活きのいい子猫ちゃんは何て名前なんだ?」
「子猫ちゃんっていうな! 僕は、酒井陽斗という名前があるんです!」
そんな子猫ちゃんなどと呼ばれてたまるかと僕は思ったので、自分の名前を口にした。
それを聞いて目の前のクロヴィスが笑った。
「なんだ、お前、今度新しくやってくる予定の魔法使いじゃないか」
「え?」
「いいだろう、折角だからラボまで案内してやるよ。この俺様が直々にな」
クロヴィスに言われ、僕は目が点になる。
何でそんな話になっているんだろう。
このゲームに僕は名前は登録していない。
何故彼は僕の名前を知っている? 否、そういった名前の人物がこの世界に存在している事になっているんだ?
そう、僕が疑問を覚えている間もクロヴィスは、気付けば僕の手を引きながら町中を進んでいく。そして、
「着いたぞ、お前のラボだ」
僕が案内された場所は、何処からどう見てもゲームの主人公の研究室――ラボ、だった。
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衝撃! 主人公不在! どうするんだ僕!
僕はその家を見上げながら固まった。
見上げたその場所は、主人公の住んでいるラボラトリー。
青い屋根と石造りの可愛らしい家だ。
だが待って欲しい。
ここに来るはずだったあの可愛いミレニアムちゃんは何処に行ったのか。
正直、あの可愛い主人公目当てもあって買い、主人公の可愛さと健気さに僕はほのぼのしながらゲームをしていたのだが……。
そこで立ち止まったまま茫然としている僕にクロヴィスが、
「どうしたんだ? 中に入らないのか?」
「え、えっと、ここに来るはずだった女の子は……」
「なんだ、聞いていないのか? 同居人となるはずだった女の子は――確かミレニアムといったか、彼女は資格試験を諦めて結婚することになっていたじゃないか」
「なん……だと……」
「知り合いなのか? 確かに可愛い娘だったから……あらぬ妄想でもしていたのか」
「結婚……したんだ」
僕は茫然と呟いてしまう。
好きなキャラは二次元的な嫁なので、色々グッズを買ってしまうものだ。
僕もクリアファイルやら何やら、今度は抱き枕を買おうと思っていたのだ。
そんな彼女が結婚。
結婚。
ケコーン。
凍りついたように固まる僕に、そこでクロヴィスが流石に気の毒だと思ったのか、
「あー、言わない方が良かったな。すまない」
「……いえ、良いです。それでここを借りた魔法使いは、僕なんですよね?」
「僕なんですよねって……お前、本当は魔法使いじゃないのか?」
鋭い目つきになったクロヴィスに、僕は慌てて、
「い、いえ、これが僕の魔法使い証明書です!」
といって慌てたように僕は先ほどのメニュー画面が出るように念じる。
すると薄く水色に光り輝く半透明の画面が目の前に現れて、自身の持ち物(重要なので捨てられないものに分けられている)を探し出し、見つけた。
主人公の名前が入っていたはずの魔法使い証明書は、気付けば僕の名前になっている。
そういえば僕、魔法使いとしての経験全然なくて、証明書だけあってもここでやっていけるんだろうかと不安に思う。
そもそも異世界からどうしてここに飛ばされたのかすら分からないし、物語だと異世界に転生やら何やらする時にそれっぽい神様が出てくるのだが、それと接触した記憶がない。
なのに僕はここにいる。
「……積んだ。ヒントが何処にもない」
「どうしたんだ? 面白い顔になっているぞ?」
「僕が絶望しているのにそんな言い方は無いと思う」
僕、もしかしてここで暮らしていかなければならないんだろうかと思いながら、真っ蒼な顔でいると、そこでクロヴィスが溜息をついて、
「そんなにミレニアムが好きだったのか。まあ、振られる事も生きていればあるだろう」
「……モテそうな奴に言われたくない」
「はは、言い返せるだけの元気があるなら十分だ。そろそろここに立っていても仕方がないから家に入ろう」
促されて僕は家の扉に魔法使い証明書をかざす。
すると鍵が開いた。
魔法使いの家は見た目は景色に溶け込むようにされているけれど、中の魔法薬などが危険なために魔法で防護がなされている。
そして危険であるがゆえに、この魔法使い証明書で家が出入りするようになっているのだ。
といった設定を思い出しながら、僕は家の中に入り、中は何もないのを確認する。
これから机や魔法実験機材を購入して並べなければならない。
「とりあえず一通り買えるものは揃えてしまおう。所持金は、ゲームと同じで限界ぎりぎりまであったし」
「何か買う物があるなら手伝ってやるぞ? 無償で」
「……ここまで運んでもらう費用はどれくらいかな?」
「10ゴールドもあれば、人を一日借りてお釣りがくると思うが、新米魔法使いはそんなにお金は持っていないだろう」
それを聞いて、僕はあることを決める。
ついでに確認のために所持アイテムを一通り見る。
手に入れたアイテム全てが劣化しない、つまり腐ったり痛んだりしないアイテムを所持しているので、全く問題ない。
更に付け加えるならば、必要になれば鮮度の良い物を購入してしまえば良いのだ。
「……必要な機材全てを買いそろえて、アイテムもまだまだ沢山あって、武器も防具もこれだけあって……よし、そうしよう」
「何をする気なんだ? まさか一気に全ての道具をそろえようなんて……」
クロヴィスが苦笑いするが僕の心はもう決まっていた。
にやぁっと僕はクロヴィスに笑い、
「そのまさかだよ。そして、お外は危険なので、ひきこもってものを作る依頼だけを攻略くしていくんだ!」
そう僕は答えたのだった。
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青い空、白い雲。
日差しは温かく、道の両脇に生えた青い花が風に揺れている。
そんな長閑な道を歩いていくクロヴィスに僕は担がれていた。
「い、いやだぁああ、もう僕は街に帰るんだぁああ!」
「まさかここまで怠け者な魔法使いだとは思わなかったな。たまたまロープを装備していて良かった」
「うう、ぐす。何でいきなり町の外に連れて行くんだ」
先ほどの雑魚である緑色の箱のような妖精と僕は戦うのも嫌なのだ。
もし失敗したらどうなるのか分からないし。
なのに僕は、ひきこもると言った瞬間、クロヴィスが、
「……まさか、そんな性格だとはな。魔法使いはもっと好戦的かと思っていたが、仕方がない」
仕方がないというクロヴィスの声がちょっと楽しそうだったのに、僕は早く気付くべきでした。
そして僕はお腹の辺りで腕ごとロープでぐるぐる巻きにされてしまう。
「な、何をするんだ!」
「性格を矯正するために一肌俺が脱いでやるよ。もちろん有料な」
「お、押しつけて売るのはいけないと思います!」
「そういえば陽斗は女の子なのか?」
僕の何処を見てそう思ったと思ったのだけれど、クロヴィスはまじまじと僕を見て頷き、
「まあ、これで女だったら胸がなさ過ぎて可哀想だから男だな」
「見れば分かるだろう! というか僕は戦いたくない! 家に引きこもるんだぁああああ」
そう叫ぶ僕を無視して、先ほどの町に近い街道に連れてきたクロヴィス。
幸いにも街道では敵にあわずに済んだ。
それに安堵しているとクロヴィスが舌打ちする。
「運の良い奴め」
「くくく、だが僕には更に奥の手があるのだ! 見よ! “魔物よけのお守り”~、これを持っていると周辺にいる人の中で一番レベルが高い相手に合わせて魔物が出てこなくなるという……ぁあああ」
そこで僕は、ロープからはみ出た手で何とか操作を行い取り出したその道具を、ぱしっとクロヴィスに取り上げられた。
そしてそのまま何処かに放り投げられてしまう。
森というか草むらの中に放り込まれて、あれでは探すのに時間がかかる。
「全く、無駄に色々持っているんだな。良い所のお坊ちゃんだったのかは分からないが、お前のその根性を俺様が直々に直してやるよ」
「直さなくて良いですぅう、折角ベッドは最高級のものにして安眠熟睡とか、すごく楽しみにしていたのに!」
「……もう少し森に行こう。あそこに入れば、魔物の一匹や二匹には必ず当たる」
「やだぁああ」
「お前の意見は聞いていない。行くぞ」
「うわぁあああんんっ」
こうして連れて行かれた僕は、もう全部戦闘はクロヴィスに任せてやると思ったのだが……そうは問屋がおろさなかったのだった。
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触手系の魔物の前に僕は置き去りにされました。
うねうねと動くそれには確かに攻撃力は無く、人や魔物を傷つけるのではなく肌に触れる事で魔力を奪って行くタイプのものだったのだけれど、
「やぁああっ、ぁあああっ、そこっ、はっちゃやだぁあああ」
真っ先に足を拘束され動けなくなった所で、服の中に触手が潜り込んでくる。
突起がところどころについたそれは冷たくて何処か湿っており、的確に僕の感じる場所を探り当てているようだった。
もしかしたなら性感帯の場所に魔力が貯まっているのかもしれないが、そんなのよりも、何でこんなにじっくりするんだ、何でR18みたいになっているんだよと思う。
思いながらももう耐えきれず僕は、
「クロヴィス、もうやぁああ、ぁああっ」
「……本当に弱いんだな、お前」
そう、クロヴィスは深々と嘆息する。
手足がつかまっているんだから無理じゃん! と僕は喘ぎながら心の中で思ったのだった。
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僕を散々喘がしてきた触手なモンスターは、クロヴィスが殺気を放つだけで逃げて行きました。
僕ってそんな存在なんだと思いながら、そこでクロヴィスは、
「魔法使いは確かに杖で魔力を補強したり呪文を短縮したりできるが、普通の状態でも魔法は使えるだろう」
「……僕の場合、こう、選択画面を選ばないと魔法もなにも使えないんです!」
「センタクガメン?」
「こう、目の前にガラスの板のようなものがあって、どんな魔法かを選択して行くんです」
「固有の才能みたいなものか? 天才的な魔法使いには、魔法を色で感じ取り理解するものもいるというのを聞いた事があるが……他の方法も出来るようにならないと、相手は待ってくれないぞ?」
正論を言われて僕は呻く。
だがすぐに僕は気づいた。
「だから僕引きこもっていようかと! そうすれば戦ったりしないので魔法は使わずに、ぐえっ」
そこで僕はクロヴィスに襟首を掴まれ、
「やっぱりもう少し戦闘をしようか。そうすれば力の使い方ももう少し感覚がつかめるだろうからな」
「いやぁあああっ、放せぇええ」
「……それとも触手が住み着いている“巣”のようなものがここの近くの洞窟にあるんだが、そこに放り込んでやろうか? 荒療治だから仕方がない。そうしても良いんだぞ?」
「や、止めて下さい! う、うぐ……せめて、せめて装備だけさせて下さい」
ニューゲームの初期の状態は何も装備していないので、これまでの装備アイテムを装備しなおさないといけないのだ。
とりあえず、杖だけでもと思って呼び出してみるが……。
その杖を見てクロヴィスは驚いたように、
「! それは“天球儀の導”と呼ばれる伝説の杖じゃないか! この世界に二本しかないと言われている、魔法使い最高の杖」
「ちなみにこれで三本目なんだよ。僕が作ったからね」
ただしゲームの中でだけれどと、僕は心の中で付け加える。
“天球儀の導”。
名前の通り杖にはめ込まれた夜空を示す青い球、そこには空に輝き揺れ動く数多の星が淡い光を放つ。
一説には、その空に浮かぶ星々の欠片を落としこんだ杖が、この“天球儀の導”なのであるという設定だった。
そしてこの伝説の杖は意思を持っており、主を選ぶらしいのだが……そこでその杖は、自分から僕の腰に器用に体を折り曲げて腰に巻きつき、その天球である青い石の部分で僕の体を味見するかのように擦りつけてくる。
「うえーん、杖にセクハラされるぅう」
必死で引きはがそうとするが、それは更に僕の体を撫でまわして……ぴたりと動きを止めた。
見るとクロヴィスがとても怖い顔で杖を睨みつけている。
それに杖がぶるぶると震えて、ポンと煙を出した。
「まったく、少しぐらいこんな可愛いご主人様なんだからセクハラしていいじゃないか」
「杖の、精霊……」
僕は小さく呟く。
銀色の髪に緑色の瞳をした小人に、透明なトンボのような羽が生えた美少年リリスだ。
何処かきつめな印象のある彼は僕の周りを飛び回り、
「一応主だけれどさ、これだけ可愛いならちょっとくらい味見したいと思うのは当然じゃないか」
「可愛いって、僕は男だ!」
「それの何が問題なの? 確かに女の子は可愛くてふわふわしていいにおいもするけれど、陽斗も十分それに匹敵する魅力があるから安心しなよ」
「安心できるか! 何で男なんだよ!」
「男同士も良くある事じゃないか。何を言っているの? そもそも、男に体を狙われてここに逃げてきたんじゃないか、陽斗は」
なんですかその設定と僕は叫びそうになった。
そして、次の二次元嫁を探そうと思っていた僕は、恐ろしい事実に気付く。つまり、
「僕は、嫁にされるの?」
「陽斗ならそうだろうね」
「あ、後で女の子と絶対交流もってやる! というか、今すぐ戦闘なんかやめて町で女の子と仲良くなりにいく恋愛シミュレーションという名のR18な美少女ゲームをするんだぁあああ」
暴走した僕はもう自分で何を口走っているのか分からない。
なんだかさっきからおかしいなと思っていたけれど、これ一般ゲームじゃないだろうとか、どんな改造をすればこんな展開にとか、もう僕はわけが分からない。
けれどそこで僕は首根っこをクロヴィスに掴まれて、
「わけのわからない事を言って逃げようとしても無駄だぞ。そして女の子にもてたかったから、強くならないと駄目だぞ?」
「世の中お金です」
「……強くならないと男に襲われるぞ」
「びくっ」
クロヴィスのその一言に僕が恐る恐るクロヴィスを見上げると、彼は笑っていた。
「今ここで俺が襲ってやろうか? いいぞ? そのままひきこもりになっているなら、その家で飼ってやれるしな」
「何だか怖い事を言っている! ま、まさかクロヴィスも僕の体が目当て……」
「それで、触手の巣に放り込むのと、普通に魔物との戦闘、どちらが良い?」
再び二択を突き付けられて、僕は涙目になりながら魔物を倒す方を選んだのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
僕の向かった先には“宝石蜜蜂”の巣がある。
その名の通り、宝石のように輝く蜜蜂の巣で、この地方でしか採れない特産品だ。
けれどその蜜蜂は獰猛で、勝利者にしか巣や蜂蜜を分け与えないのだ。
というわけで僕は草むらで様子を伺って、綿密に出るタイミングをはかっていた所、
「良いから行って来い!」
「うわぁああああ」
クロヴィスに蹴り出されました。
同時に大量の蜂が僕の目の前に集まり、そのすぐ後に僕の身長の半分もあるような大きな蜜蜂が一匹現れて、
「この私に勝負を挑むとはいい度胸だ。行くぞ!」
そう、何処に発声器があるのか分からないが蜂が叫ぶ。
その掛け声と同時に彼らのすぐそばに体力の量を示す棒のようなものと、魔法を使うための魔力の残量を現す棒のようなものが現れる。
気付けば僕のすぐ傍にもそれらが現れていたが、そこで僕は、
「リリス!」
「はいっと、杖に付加された効力で問題ないですね」
そう妖精のリリスが答えて、杖の形になる。
その杖を振るうとその杖から炎や氷の刃、風の突風、などが生じる。
ふるった攻撃だけでその蜂達は全滅した。
「よし、大勝利っと。蜂の巣を少し貰って行くね」
「下の方から持って行ってくれ」
「はーい」
瞬殺されてうちしがれる蜂には悪い気持ちになりながらも、硝子のように輝く蜂の巣を手に入れる。
この蜂の巣から取った蜂蜜は、新鮮なミルクや豆乳と混ぜて飲んでも良いし、お菓子の甘味料として使っても良い。
この蜂蜜で作ったはちみつケーキは黄金色をしていて、とても優しい香りがするという。
後で絶対に作ろうと僕が思っているものの一つだ。
そしてこの巣から採った蜜蝋は、化粧品から蝋燭まで用途がある。
僕は何時もクレヨンを作っていたが。
だってそのクレヨンを納品する孤児院のお姉さんが可愛かったんだから仕方がないじゃないか。
そこまで考えて再び悲しい事を思い出しそうになるので僕は止めて、蜂の巣を見る。
もちろん巣ごと食べても美味しいのだが、加工した方が価値が上がるのは現実世界と同じなので、ゲーム内の日数は経過してしまうが加工して売った方が利益が増えるのだ。
とりあえずこの貴重な蜂の巣を僕は、何処からともなく取り出した道具袋に入れる。
そこでクロヴィスがやってきて、
「無駄に強力な武器を持っているな」
「だ、だって伝説の武器だし」
「……自分の持っている道具に慢心しないようにしないといけないな。どんなに道具が強くてもお前が弱いままでは危険だしな」
「……分かってる」
もっともな事を言われて俯く僕の頭を、クロヴィスが軽くなぜて、
「だがまあ、良く頑張ったな」
僕を褒めた。それだけでもしかしてこのクロヴィスは良い奴なのかもと僕は思ってしまうが、すぐに彼はにやりと笑う。
「じゃあこの調子で行こうか!」
「やだぁあああ、もう帰るぅううう!」
こうして僕は引きずられて、更に森を歩いて戦闘をさせられたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
“発酵しかかったモラの実”、“七色の偏光石”、“透明な石”、“涼やかな香り草”、“飛行綿毛の種”等を、その後、僕は手に入れた。
また敵を倒した時、“安価な野生の肉”や“もこもこ灰色毛皮”も手に入れたので、今日の夕食にはお肉が……ではなく、この毛皮は売った方がお金になるので売る。
確かになめして防具に利用しても良いのだが、今は所持金無双できる所なので僕はやらない。
本当に強くてニューゲームは最高だと思う。
一週目に頑張って集めたアイテムや作成したものがそのまま使えて、努力が報われた感じがするのだ。
骨折り損のくたびれ儲けという諺があるくらい、努力はなかなか実らないのでこういった所はゲームの好きな所だと僕は思う。
そこで僕はクロヴィスに肩を叩かれた。
「これから食事をおごってやる。美味しい店があるんだ」
「ど、どういう風の吹き回し……」
「今日は頑張ったからご褒美だ。この調子で明日も頑張るぞ」
「あ、明日もやるの?」
「朝迎えに行くから覚悟しろよ」
意外に面倒見の良いクロヴィスだが、僕には大きなお世話で、全力で逃げようと思う。
そんな算段をしているとクロヴィスは杖の妖精のリリスに、
「お前にも特製の花の蜜をおごってやる」
「本当ですか!」
「なので、しっかりこの陽斗の様子を見はっていてくれ。明日も今度は港町の方に連れて行くから」
「うう、分かったよ。市場でとれたての焼き魚が食べたいし」
「食い意地が張っているな。だが、少しはやる気が出たか?」
「うん」
頷く僕にクロヴィスは小さく笑う。
それを見ながら彼は、ゲームではこんなに優しかったかなと僕は思ったのだった。
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並べられた食事は、サラダにエビフライにステーキにパンケーキにパフェにチョコレートケーキにゼリーに……どれも美味しそうだ。
見た目も僕が知っているものばかりである。
だが……原材料はなんなんだろう。
ゲーム中に出てくる謎の動植物は、加工すれば現実のものに酷似しているが、果たしてこれは口にしていいものだろうか。
僕はしばし悩む。
悩んだけれど空腹と目の前の美味しそうな匂いには勝てなかった。
「い、いただきまーす。ぱくっ」
まずは目の前でじゅうじゅう音を立てる分厚いステーキ、特製の果物の甘みと醤油のしょっぱさが絶妙なソースがかかっているそれを、ナイフとフォークで切り分ける。
じゅわぁっと口の中で肉汁が滴り落ちる。
とろけるような肉の感覚、こんな高級なお肉食べた事がないよと思いながら、その肉の味をかみしめて、次にその肉に添えられていた人参のグラッセらしきものを口に入れる。
美味しい人参。
セロリなどの色々な野菜と一緒に煮て柔らかくしたのか、この人参にはほのかな他の野菜の香りと旨みが染みている。
それをバターと砂糖、そしてほんの少しの塩気が豊かな風味を醸し出しておりそれがまた……。
「幸せだ」
「なんだ、陽斗は“人参ウサギのしっぽ”が好きなのか」
「ごふっ」
僕は人参のグラッセを吹き出してしまいそうになった。
そういえばこの世界には人参ウサギという兎がいて、毎日1~10本人参の葉をとった部分のようなしっぽを生え変わらせるのだという。
つまりこの世界の人参は……“肉”だ。
あまり深く考えるのを止めて、料理だけを楽しもうと僕はそれらを口にして、口直しに傍にあった飲み物に口をつける。
しゅわしゅわとした炭酸が美味しい。
確か天然の炭酸水がここから南に行った泉で手に入るはずなので、それでシロップを割っているのだろう。
甘い蜂蜜と梅のような香りがする。
梅の蜂蜜漬けを炭酸で割ったようなものらしい。
丁度蜂の巣も手に入ったので、蜂蜜を取り出して果物を漬けても良いよなと思う。
食生活が本当に素敵で、ここにいるのもいいかなと思った。
すぐ傍では杖の要請も花の蜜を幸せそうに飲んでいる。
そこでクロヴィスが口を開いた。
「幸せそうに食べている所悪いが、それでこれからどうするんだ?」
「何が?」
僕は再び肉を一切れ食べて幸せに浸っていると、それにクロヴィスが苦笑して、
「本当に美味しそうに食べるな。奢ったかいがあるよ。だがいつまでも戦闘で杖ばかりに頼るわけにもいかないだろう」
「……その気になれば、僕だってすごく強い魔法が使えるもん」
頬を膨らます僕。
それをクロヴィスは何か思う所があるらしくじっと見て、
「じゃあ食後の運動も兼ねて力を見せてもらおうか。町の外でなら少しくらいは大丈夫だろう」
「で、でも僕にはこの杖……リリスがいるし」
「杖だけに頼るわけにもいかないだろう。だいたい魔法使いなのに杖に頼りっぱなしで良いのか?」
「……道具も実力の内です」
「それにお前の力がどの程度か知りたいしな、俺がサポートしてやるんだから、やり方も決めたいし」
その話に僕は気づく。そういえば、
「いつから僕はクロヴィスと一緒にパーティを組む事になったのかな?」
「俺が助けて俺が拾ったからお前は俺のものだ」
「……いやいやいや、その論理はおかしいかと」
「そんな事を言って外で技を見せてもらう話は無くならないからな」
クロヴィスがそう話を一方的に切りやがりました。
でも町のすぐ外なら怖い魔物も出そうにないので、それに実際に僕が魔法を使うとどうなるのかを見てみたかったのでまあいっかと僕は思ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
町の外にやってきた僕は、クロヴィスから少し離れた場所で選択画面を出す。
攻撃魔法が良いと言われていたのでどれにしようかと迷う。
「……“沈黙の炎 ( サイレント・フレア)”でいいかな。そこそこ強い炎の塊が飛んで行くだけだったし」
特にこの薄暗くなった時間にはさぞかし映えるだろう。
僕の力を思い知れ、クロヴィスと僕が調子に乗りながらそれを選択する。
僕の足元に赤い光が生まれ、それが放射状に広がったかと思うとそれが細かな模様の魔法人を描くように地面に走る。
その円陣が走ると同時に赤い光が白みを帯びてそこから魔力の粒が光となって宙に浮き始める。
僕の髪と服がその魔力に煽られるようにふわりと宙に浮かぶ。
同時に今度はその円陣から生まれた光の粒が僕の腕に絡み、掌へとそのまま収束し、地面に描かれた円陣の小型化したものが掌に浮かぶ。
僕はその手を前面に押し出し、何もないその場所に魔法陣が展開され、その中心に炎の光が貯まる。
それに僕は意外に小さいんだなと思いつつ、僕は命じた。
「“行け”」
同時に、その小さい炎の塊が数十倍に膨れ上がり、空の彼方へと吹き飛んで行った。
あまりにも突然の出来事に僕は茫然として、次に正気に戻って、
「ど、どうしよう、あんなに強い魔法だと思わなかった!」
「……あっちには草原しかなくてその先は海だからさすがに大丈夫……だと思う」
「そこは大丈夫って言いきってよ! どうしよう!」
「人間諦めが肝心だぞ」
「人ごとのように言うな! う、うぐっ……もう、帰って寝てやるぅうう」
「あ、おい、待て……明日は迎えに行くからな!」
待って―と、杖の妖精リリスが追いかけてくるが、僕はもう限界だった。
そんな僕が魔法使いの家(主人公がいるはずだった家)に戻り、その寝室にある女物の可愛いピンク色のパジャマに絶望したのはそのすぐ後だった。




