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モヒート  作者: アキツアキオ
6/19

ロサンゼルス、サンタモニカの海岸にて

 ロサンゼルス、サンタモニカは午後三時を回ったところだ。

 ぼくはビーチに置いたデッキチェアに寝そべり、海を眺めながらモヒートを飲んでいる。ヘッドフォンから流れる静かなピアノの曲が、とても心地よく耳に響く。

 二月のサンタモニカは海水浴をする人はなく、犬の散歩やジョギングや日光浴を楽しむ人たちがいるだけで、その数も決して多くはない。

 前方の、遥か彼方の真っ青な空に、ぽつんと一機の旅客機が飛行機雲の尾を引いて飛んでいくのが見える。太陽の反射でときおりその旅客機がキラッと光る。どこに飛んで行くのだろと想像してみる。

 相変わらず太陽が眩しい。

 空気は乾いているがときおり頭の後ろから頬をなでるように流れる微風がさわやかに感じられる。

 ぼくの前方左手には、ぼくのいる場所から一キロほど離れたところにサンタモニカピアと呼ばれる遊歩桟橋が見え、その手前の砂浜にはライフガードの白いビーチハット(小屋)が見える。

 真っ白なビーチハットの脇に備え付けられた真っ赤な浮き輪がとても印象的だ。

 海水浴シーズンではないので、そこにライフガードの姿はない。ポツリと、そこにビーチハットが何の用もなく佇んでいる感じだ。

 ビーチハットとその後ろの遊歩桟橋との絶妙な距離感がいい。そしてその二つを取り巻く緑色の海と白い砂、抜けるような青い空。ぼくはこの構図は絵画として完璧に成立していると、ふと思う。

 そういえばこれとまったく同じ風景の絵葉書をウエストハリウッドの土産物屋で見たような気もするが、それはぼくの空想だろうか。


 ぼくはモヒートの入ったグラスを口に運ぶ。

 いつのまにか氷とグラスがぶつかる音がしなくなっていることに気づく。 グラスの中の氷がすべて溶けてしまってミントの葉が液体の中に浮いているのが分かる。

 ぼくは目の前の風景に見入っているうちに、或いは美しいピアノの曲に聴き入っているうちに、グラスを口に運ぶことをすっかり忘れてしまったようだ。

 ぼくはグラスの中の少し温くなった液体を乾いた砂の上に捨て、水筒に入れた冷えたモヒートをグラスに注ぐ。水筒の中のモヒートはぼくの自家製だ。

 水筒の内側ではカラカラと氷がぶつかる音がする。中の氷はまだ溶けてはいないようだ。


 モヒートの作り方はいろいろあるようだが、ラム酒にライム果汁を加えてよく振ってから、それをミントの葉とたっぷりの氷を入れたグラスに注ぎ、最後にソーダ水を満たすというのがどうやら一般的のようだ。 

 ぼくの作り方は、最初にミントの葉をグラスに入れて、葉をすりこ木のようなものでつぶしてから液体を加えてゆく。この方がミントの香りが強く液体の中に溶け込み、味わいが増すような気がするからだ。

 まあ、作り方は作り手の好みにもよると思う。

 モヒートは、作家アーネスト・ヘミングウェイがキューバに住んでいたころに、彼の行きつけの酒場でよく飲んだカクテルだと伝えられている。ヘミングウェイが愛したカクテルということで評判になり、広く世の中に知れ渡ったとも言われている。ぼくがモヒートを飲むようになったのも、間接的にはヘミングウェイがきっかけだ。


 その昔、カリブ海を荒らしまわった海賊が考案したといわれるこのカクテルは、ミントの香りが清涼感を生み、浜辺で飲むにはぴったりのカクテルだ。ただしカリブ海に海賊が出現した時代にソーダ水があったのかとか、果たしてそこで氷が調達できたのだろうかという疑問は残る。  

 これはあくまでもぼくの推測だが、彼ら海賊が飲んでいたモヒートと、今ぼくが飲んでいるモヒートはまったく別のものではないだろうか。

 もちろん、あくまでもぼくの推測だが。


 サンタモニカは、ぼくの妻、アンの生まれ育った街だ。

 ぼくたちはこの街で出会い、共に暮らすようになってすでに十数年の時が経った。二人の娘もこの街で生まれた。そしてここで、ぼくはフィルムスクール時代の友人とドキュメンタリー映画を製作するための小さなオフィスも構えている。妻に出会ったのもロサンゼルスのフィルムスクールだった。

 今朝、とても久しぶりに、ぼくのオフィスに高校時代の友人澤田から連絡があった。澤田とは高校卒業後も機会をみつけては時々会っていたが、ここ数年は連絡が途絶えていた。

 澤田からもたらされた知らせは、近々、早ければ来年にも母校である神奈川県立M高校が廃校になるという残念な知らせだった。

 七〇年代から八〇年代にかけて、神奈川県にはいくつもの県立高校が新設されたが、近年になり少子化の影響でそのうちのいくつかが廃校または合併されたことは知っていた。

 しかし自分の卒業した高校が廃校になるという知らせは、卒業後、学校とはなんの関わりもなかったぼくにとっても、まるで故郷を失うような物悲しさがある。

 そしてその知らせを受けて、澤田が中心となってアメリカンフットボール部の、これまでのすべての卒業生を集めた同窓会を開こうと計画しているという。場所は横浜のホテルで、日時は約一ヶ月後の日曜日。


 ぼくは澤田から受け取ったメールに、是非参加したいとすぐに返信した。

 ぼくはいま、あるドキュメンタリー映画の製作に取りかかっている。しかし撮影や編集のスケジュールは調整すればなんとかなることは分かっている。もう二年以上も日本に帰っていなかったから、この機会に一週間くらい日本で過ごすのもいいだろう。

 最近めっきり年老いてきた母親の様子も見たい。そうだ、いっそのこと、アンと二人の娘も連れて行こう。母親に大きくなった孫娘の顔を見せてあげよう。きっと喜ぶに違いない。


 久しぶりに澤田からもらったメールが刺激になったのか、それとも母校が廃校になるという残念な知らせを聞いたせいなのか、ぼくの中で長い間眠っていた、遠い昔の記憶が今までにないくらい鮮明に蘇ってきた。

 プロダクション・アシスタントのキャレンには二時間ほどで戻ると言ってオフィスを出てきたから、そろそろ戻らなければならない時間だ。 

 しかし、このままもうしばらくビーチにいよう。何か用事があれば、ぼくの携帯に電話してくるはずだ。

 デッキチェアに寝そべりながら、もう少しだけ海を眺めていたい。そして、もう少しだけ遠い昔の思い出に浸っていたい。


 三七分のCDが終わった。

 ぼくはもう一度再生ボタンを押す前にCDのジャケットを見た。

 まだ何もデザインが施されていない真っ白なジャケットには“リサ・ワタナベ”という作曲者の名前だけがプリントされている。

 ピアノの演奏も彼女自身がしていることをぼくは知っている。

 リサ・ワタナベはロサンゼルス在住の日本人作曲家でジャズピアニストでもあったが、二〇代の頃から発表したアルバムはすでに10枚を超えていた。アメリカにも日本にも彼女のファンは多い。そして新しいアルバムが完成すると、彼女は必ずぼくにCDを送り、ぼくの感想を聞いた。

 今回のアルバムは、静かな曲の中に彼女独特のテンポと優雅さをそなえた、すばらしいアルバムだとぼくは思った。


 ぼくはモヒートを口に含んでから、CDの再生ボタンを押した。

 このCDが終わるまでビーチにいよう。

 ぼくはそう決めて、デッキチェアに座りなおした。

 ゆっくりとピアノの曲が流れ始める。頭の後ろから心地よい風が吹いて頬をなでた。目の前には海が広がりほのかな潮の匂いがした。

 ぼくの両方の瞼が徐々にその重さを増して、アルコールの力も手伝って目を開けているのも困難になる。そして知らないうちにぼくは瞼を閉じていた。

 そしてぼくの記憶は遠い過去へと遡る……。

 そこは夏だった。

 しきりに蝉の鳴き声がする。

 そしてグラウンドの、土の匂いがした。


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