ただす
デン教授は鼻息荒く私の肩を掴んだ。
「『コロシタヤル』だわさ!」
がくがくと揺すられても私には何が何だか…
「デリフィエから作られる一部の魔獣用の治療薬。その名をデミトル、別名コロシタヤル。ベルゲルはあの時、誰かを殺そうとしていたんじゃない。コロシタヤルを取りに行こうとしていたんだ。口調が荒かったのは急いでいたからに他ならない。」
言葉を区切り、自分が集めたメンバーを眺める。
「なぜ不殺の腕輪をしていたのか、それは【覚悟】を示す必要があった。」
セイレンは一歩、細身に似合わぬ力強さで踏み込んだ。
「彼はあなたが違法に持ち込んだある生き物を解放しようとしていた。あなたは自身の企みを邪魔させまいと彼を殺そうとした。だが、反撃できないだけで防御は出来る。隙を見て逃げ出した彼を、あなたは恐れた。彼を急いで殺さなければと。」
セイレンが一歩踏み出し、犯人が一歩下がる。
「彼が死んだのはあなたに取って僥倖だったでしょう。だが肝心のある生き物は、ベルゲルの行動によって逃げてしまった。違いますか?ゴットン教授!」
「何を根拠の無い事を!」
詰め寄るセイレンに対し、犯人-ゴットン教授は後退りしていく。
「私が何を持ち込んだのだ?私がベルゲルを攻撃した証拠は?」
大仰な身振りで弁明するゴットン。
今までの推理では、証拠という物が提示されていない。
状況と推察による考察が述べられただけだ。
「これがあなたがベルゲルを攻撃した証拠だ!」
人形の陰にあった麻袋から出てきたのはゴットンの私室に飾ってあったメイスだ。
「この地のマナよ!我が意識を表せ!」
高らかに詠唱し、メイスを放り投げる。
どんな魔法を使ったのか?
一同が固唾を呑んで見守る中、それは始まった。
「うぎ!」
奇怪な声はゴットンの悲鳴だ。
見れば彼の影が盛り上がり、分裂する。
片方の手にメイスが収まった。
姿形からしてゴットン教授だ。
となるともう一方は…
「ベルゲル?」
大柄で逞しい体付きは間違いなくベルゲルだ。
ベルゲルは何かを庇うように動いた。
追い払うような仕草は、「ある生き物」とやらに対してだろう。
ゴットン教授がメイスを振り上げる。
頭部を守るように構えたベルゲルに対し、ゴットン教授はガラ空きになったボディーにメイスを叩きつけた。
装飾用とはいえ、元は武器だ。
苦しげに膝を付いたベルゲルにトドメとばかりにメイスを振り上げた。
何か魔法が使われたのか、ゴットン教授は顔を覆って仰け反った。
立ち上がったベルゲルは急いで逃げ出し、そこで消えた。
「再現魔法か。なるほど立派な証拠だ。」
どことなく楽しげな口調な保安官は手錠を弄んでいる。
そして、キツイ視線でゴットン教授を睨みつけた。
「さて、障害は確定だ。もう1つ、面白そうな事をしてんだろ?…何を密輸した!」
「し、知らん!儂は何もしとらん!」
蒼白になって腰を抜かし、ゴットンが叫んだ。
教授としての傲慢な態度は吹き飛んでいる。
這いつくばるようにして逃げようとするゴットンを、他の教授達が一斉に取り押さえた。
「マレウス。君の専門は古代魔法だったよね?」
「そうだけど、今関係あるかい?」
「あぁ。古代魔法学主席の君にしか頼めない」
そう言ってセイレンは私に何か鱗の様な物を渡してきた。
「君の魔法式なら成功率の高い召喚魔法ができるんだろう?」
少し前の授業で、『古代魔法の再現魔法式と成功率、及び古代魔法復活の有用性』というレポートを提出した。
自身作だったが、「突飛すぎる」と教授にはつき返されしまった代物だ。
「出来なくはない。でも…」
「自身を持て。あの式なら間違いない。昨日実験したら成功した。」
なら自分でやれ、とも思ったが酷くバツが悪そうな顔のセイレンを見るとそうも言えず、私は渋々召喚魔法に取り掛かった。
いろいろな人の視線を感じながら私は少しずつ着実に魔法式を完成させていく。
魔法の発動には詠唱が必要だが、必ずしも声に出す必要は無い。
声に出さないと勝手が悪い、他人に魔法の使用を知らせるなどの理由がない限り、声に出す方が少ない。
先程のセイレンは後者のいい例だろう。
さて、そろそろ完成する。
実践は始めてだが、天才のお墨付きだ。
失敗はないだろう。
完成した魔法陣に鱗を投げ入れる。
眩い光が視界を埋め尽くした。