あかす
ダミー人形から取り出された仮想心臓は無惨にも破裂し、原型を留めていなかった。
「こ、これは…」
紋章学のスィフト教授が言葉を失っている。
「いったい何をした?」
ゴットン教授が震える声で尋ねるとセイレンは破裂した仮想心臓を細かく見るように促した。
恐る恐る覗き込んで見る。
偽物と分かっていてもキツイものがある。
と、赤いモノの中に明らかに白い物体が混ざっていた。
「な、なんですコレ…?」
メリドが聞くとセイレンは自分の脇腹を指して見せた。
「肋骨だ。何らかの理由でベルゲルの肋骨は折れていた。辛うじて繋がっていたその骨は、あの時廊下を走るうちに少しずつずれていった。そしてあなたぶつかった事により、ずれた骨が運悪く心臓に刺さってしまった。」
「そんな…じゃあホントに事故…?」
「なんと。」
副保安官が愕然と呟き、ゴットン教授が緊張から解き放たれた安堵の溜息を吐いた。
「…なら俺たちの仕事は無いな。」
保安官が不機嫌なままそう言った。
あっけないものだが、コレで解決なのだ。
画期的な魔法も、衝撃的な真実もない。
単純な物理現象。
これで事件は解決した。
皆がそう思い踵を返し…
「誰が終わったなんて言った!!!!!」
激昂したセイレンの声が私をその場に縫い付けた。
「さっきも言っただろう!大事なのはベルゲルが死んだ事じゃない!」
ミエーがセイレンを睨みつけた。
当たり前だろう。
「あなたの恋人の死は些細な事だ。」
そう宣告されたに等しい。
拳を固め一歩踏み出したミエーを制止したのは、セイレンが発した次の言葉だ。
「問題は彼の肋骨が何故折れたのか!ベルゲルは生前何をしていたのかだ!」
「なに?」
保安官の表情が変わった。
「どういう事だ。」
「マレウス。君が廊下ですれちがった時、ベルゲルは『殺してやる』とそう言っていたんだよね?」
「あ、ああ。確かにそう言ってた。」
「だが、それはあり得ない。なぜならベルゲルの右腕にはコレが填めてあったからだ。」
高々と掲げた腕輪を見てスィフト教授が目を丸くした。
「不殺の腕輪!まさか、あのベルゲルが?!」
不殺の腕輪。
数ある魔法道具の中でも特に危険な代物だ。
他者に対し殺意を抱くだけで全身を激痛が襲い、もし実際に殺害しようものなら確実に死の呪いが発動する。
しかも一度装着すれば自分では一生外す事は出来ない。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!そんなモノ付けて殺してやるなんて、自殺行為ですよ!そもそも痛みに耐えながら走るなんて不可能なんじゃ…」
私は動揺して何がなんだか分からなくなってしまった。
つまりどういう事だ?
痛みに耐えながら走っていた?
それともあの腕輪が特殊なのか?
「間違っている…?」
ミエーがはっとしたように呟いた。
「つまり、ベルゲルが走りながら言っていた言葉は『殺してやる』に類似した何か?」
「ご明察。さて、マレウス。君に頼んで持ってきて貰った物は何だったっけ?」
「え?ぁあ、デリフィエだ。」
私は持ってきた木箱の中から一握りの香草を取り出す。
デリフィエ。
王国北部の深い山中にしか生えない特殊な野草だ。
治療薬の原材料であるが、この草から作られる薬は人間には効果が無い。
一部の魔獣にしか効果がないのだ。
その為、普通は栽培などしないし市場に滅多に出回らない。
「でも、コレがどうがしたん…」
「あ!あぁーーー!!!」
急に大声を挙げて私の手からデリフィエをもぎ取ったのは、薬学教授のブー・デン。
超が付く肥満体型の女性だ。