◆09 魔法使いを探して
「良いかも! それならお金も稼げるし、ミチルの料理も広められてたくさんの人に食べてもらえる! ね、ミチル! 良いと思わない?」
アリスは自分の思いつきを口にして、更に納得したようだ。
確かに、この家の広さを活用すれば数十人くらいなら入れそうだ。人も集まれば、情報も集まる。こちらからあの変人魔法使いに接触する事もできるかもしれない。上手くいけば、帰る方法が分かるかも。
ただ、人に提供できるほどの料理の自信は私にはない。レシピもそこまで覚えている訳ではないから不安だ。
「そんな不安そうな顔しないで。大丈夫、本当にミチルの料理はおいしいんだから。わたし、うまくいく気がするの。そうと決まったらお義母様の許可を取って、机や椅子を用意しなくちゃ」
え、決まったの?
うんうんと、一人頷きながらアリスは掃除の続きを再開した。口を挟む隙も無い。今も他に必要な物はと考え出している。
そんなあっさりで良いの!? という私のツッコミも、入れられなかった。……一先ず掃除を終わらそう。
あれもこれもとつぶやくアリスと、黙々と作業する私を暖炉の上から不機嫌そうにリンクが見下ろしていた。
***
継母の許可は、新たに私が作ったデザートで容易く降りた。作った物はプリンもどきだ。
アリスとリンクにも試食して貰うと、好評だった。リンクに至っては黙々とかき込んでいたので、結構気に入ったのだと思う。
秤がないためコップを活用して記憶を頼りに作ったのだが、思っていたより上手くできた。もう少し改良が必要だけれど。
許可を取ったらと、それからが大変だった。特にアリスは虐められているのが不思議なほど行動力が凄まじく、あれよあれよと目を回すほど準備が進んでいく。
大広間を綺麗に掃除し、物置から机や椅子を引っ張り出したり、絵を飾ったり、内装を整えたり。殆どアリスが準備したと言っても過言ではない。私もレシピを思い出すかして増やさないと。最近、弁当作りを人任せにしていた自分が恨めしい。
「オムライス、ハンバーグあたりは定番。必ず看板商品になるわね。スイーツに関しては、プリンやゼリーあたりかしら? 井戸水につけておけば良い感じに冷えるわ」
夢の中で魔女にレシピを教わる私。私の少ないレシピじゃメニューとしては厳しかったため、本当に助かった。石のバケツもそうだが、魔女は何でもよく知っている。
ありがたいけれど、どこか空恐ろしい。
私の気持ちに気づいたのか、変わらずハッキリしない黒い塊の赤が弧を描く。
「……わたしのことが恐い?」
「……正直に言うと……はい」
「そう、仕方ないわね。それでもあなたはわたしの助言を受け入れない訳にはいかないのだから」
くすりと笑う魔女。細すぎる体が揺れる。
「作り方のおさらいといきましょうか」
「卵焼きでご飯を包むなんて凝った料理だね。んー! トマト味がおいしい! これは小さい子とか好きそうだなぁ」
教えられたレシピの一つ、オムライスを試作してみた。この世界はパンが主食だけれど、米は野菜の一つとして、煮込んで食べられていた。お茶漬けに近い感じだ。
残念ながら調味料は塩と砂糖、酢に酒だけしかなかったのでケチャップやソースは手作りだ。やってみれば、案外作れる物である。
「リンク、これ食べてみなよ」
準備し始めてから数日経った。色々試作して、メニューを決めていく。試食はアリスとリンクの二人にしてもらっていた。
その小さい体に見合わず、リンクは一人前を軽々と平らげてしまうのだから驚きだ。アリス曰く、間食したことは無かったという。私の料理がおいしいから、というけれど、リンクの口から感想を聞けたことがない。
「あれ? リンクもう食べたの?」
「……あたしの分無いんだけど」
「えっ、ちゃんと人数分作ったんだけど……ここにあったはずってあれ?」
「っ、いいよもう」
人数分作ったオムライスの皿が一つ消えている。相変わらず私に手厳しいリンクは拗ねてしまい、定位置の暖炉の上に行ってしまった。
「おかしいなあ……」
間違いなく作ったはずなのに、皿ごと消えた。最悪だったリンクの私に対する株が、料理で少し上がったと思ったのにこれでおじゃんになった気がする。謝ろうと暖炉を見れば、ふいと顔を背けられてしまった。
「わたしのを一口って、全部食べちゃった……ごめんリンク。でもこれは評判になりそうだよ。メニューに入れよう」
アリスの賛同を得て、無事にオムライスはメニュー入りを果たしたが、その場では犯人がわからなかった。
***
昼食後、謎の犯人はすぐに現れた。――猫の姿で。
「これ、また作ってくれない?」
機嫌を悪くしたリンクはいつの間にかいなくなってしまった。いつも試食を楽しみにしていたとアリスから聞いていたし、特に卵料理を気に入ってたから、よっぽど食べたかったのだろう。
悔しい思いのまま、食事の後片付けをする私の所に二本足で立つ灰色の猫が来た。足には黒い長靴。その手には、ケチャップで汚れた皿がある。
「鼻、ついてるけど……」
「おっと」
ぺろりと長い舌で、鼻についたケチャップをなめ取り、片手で顔を洗う。
この毛色に、ものすごく見覚えがある。微妙な色の灰色だ。ロシアンブルーと言ったらそれまでだけど。
犯人はこいつかと、内心憤る私は一先ず皿を受け取った。
「随分と余計なことしてくれたね。レストラン始めるって?」
長靴を履き、二本足で立ち、腕を組む猫。実際に目の前でやられると違和感がすごい。オムライスを盗んだ犯人のひょろっとした立ち姿に、私は思わず猫を皿で殴っていた。安心しろ、木製だ。
「痛い! 何てことするんだ、乱暴だな!」
「盗人に制裁を下しただけ。アルがオムライスを盗んだんだね。おかげでリンクの機嫌を損ねちゃって、いなくなっちゃったし……」
「調査の一つで、失敬しただけさ。君の料理の腕前を僕に示せて良かったじゃないか。レストランの開店は認めようかなって気になったし――あだっ」
猫の頭に、再度皿を当てた。上から目線で偉そうだったので、つい。
「小動物に手を挙げるなんて酷いな君は!」
「全く、認めるとか訳の分からないことを。大体あんた小動物じゃないでしょ! アリスにアルのこと聞いても知らないって言うし。アリスはアルの何なの? それに私の鞄も返してよ」
魔法使いと言ったのは嘘じゃなかった。猫に変身する何て魔法そのものだ。
長靴を履いた灰色の猫は変人魔法使い、アルだ。見た目もそうだが、話してわかる残念な感じはあいつ以外あり得ない。
痛そうに頭をさするアル。その猫らしい仕草に少し和んでしまい、そんな自分にイラッとしてしまった。待て私、中身は変人だ。
「僕のこと、アリスに話したんだ」
「うん。危ない人かもって警告したから」
「そう。ま、別に良いけどね。僕は見守ってるだけだし、彼女に会うつもりもない」
全然守ってないけど。やっぱりストーカーなんだろうか。……寂しそうに見つめるだけの。普通なら気持ち悪いはずなのに、どうしてもそう思えなかった。
「教えてあげる。僕のことは誰も知らないって言うよ」
それって……? 自分はこの世に存在していないと含んでいるように聞こえる。
「……一体アルは何者なの?」
「魔法使いって言ったけど?」
にんまりと本物ならできない笑みを作る。
抽象的な答え。アルは本当に私を元の世界に帰してくれるのだろうか? でもその前に私の大切な物を返して貰わなければならない。
「そうだったね。で、……私の鞄は?」
「今は持ってきてないんだ」
「じゃあ今すぐ持ってきて。早く返してほしい」
「何と交換? オムライス?」
「なっ」
勝手に人の物を盗んでおいてのこの発言に、私の堪忍袋の緒はちぎれた。この変人魔法使い、鞄を返す気は無いんじゃなかろうか。
「うわっ! 皿を振り回すなんて危ないじゃないか!」
「そっちこそ私の鞄を持ってきてから言ってよ! わかったら、さっさと取りに行ってこい!」
「だから危ないって言ってるじゃないか-!」
両手で持った皿をアルに向かって振る私から、アルは本物の猫みたいに飛び上がり、四つ足で逃げていった。……長靴が邪魔そうだ。なんで履いてきた。
「開店は認めるけど、それ以上余計なことはしないでくれよ!」
捨て台詞も忘れない。
追いかけようかと思ったけれど、さすがに猫だけあって目で追うのが限界だった。
その後、アルが鞄を返しに来ることはなかった。ちくしょう。