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◆08 物語にはつきものな②

 雑巾を手分けして洗う。残り二、三枚となったところで後はアリスに任せて私は暖炉掃除に当たった。 四季があるのは同じらしく、今は夏。冬に使って以来一切触っていないと言うことで、すぐには使えないほどの灰が溜まっていた。

 現代の日本人では珍しく、私は暖炉を見慣れていたし掃除の仕方も大体知っていた。……やったことはないけれど。まずはと、私は大量の灰を掻き出し始めた。



 そして、事件が起きた。


「っ!? ――ったーい!!」


 何かが硬い物に当たる音と、痛そうな悲鳴。

 驚いて暖炉に突っ込んでいた頭を抜き、顔を上げるとそこには片足を痛そうに抱えたアリスのお義姉さんが居た。涙目だ。

その足下には、バケツがある――石の詰まった。掃除前に、夢の忠告通り、首をかしげながらも石を詰めておいたのだ。


「……」

「っく……なによ!」


 バケツは通路の邪魔になるような所には置いていなかった。暖炉の傍という、蹴ろうと思わなければ足には当たらない所。

暖炉掃除をしている私を見て、バケツには灰が入っていると思い、嫌がらせで蹴ったのだろう。私の手元にあるバケツにはたっぷりと灰がある。

 白い目で相手を見つめる私。向こうは羞恥と怒りで真っ赤になっている。

 ……とりあえず、言っておこう。


「わざとじゃないですから」

「っじゃあ何で石なんて入れてるのよ!」


 意趣返しをするつもりは無かった。覚えていた魔女の言葉に従ってみただけだったが、正直に話せるわけもない。疑われて逆効果だ。


「え、えと……それより何故お義姉さんはバケツを蹴ったんですか? 中身、見たら分かるはずですけど」

「う……」


 困ったときは話題を変えるのが簡単な逃げ方だ。結局お互い言葉が詰まる。中身を確認しなかったとは、結構抜けている人なのかもしれない。


 まさかこんな結果を招こうとは思いもしなかった。魔女は予見していたのか、――だとしたら恐ろしいことだ。


「居候のくせに生意気ね!」


と、痛そうに片足を引きずりながらも捨て台詞を残して義姉は自室へと帰っていった。

 ……一体何しに来たのだろうか。というか、そんなに強く蹴ったのか。わざわざ嫌がらせをするためにしても、執拗すぎる。


「ミチルー、洗い物終わったよー。……さっきの叫び声ってお義姉様だよね?」

「うん。……石の入ったバケツ蹴って」

「石? お義姉様、よく苛々しているとバケツとか鍋とか蹴り飛ばして八つ当たりするんだけど……。嫌がらせも含めてね。やめてって言っても止めてくれなくて嫌だったの。そっか……何かしてると思ってたらそんなことしてたなんて、ミチルって案外悪だね」

「いや、何となくというか。えっと故意じゃないっていうか、知らなかったっというか。わざとになるのかな……」

「でもこんな方法があったなんて。これで止めてくれるかな?」


 “夢見があったので”何て、事実だけど無理のある説明だと慌てた私を置いておき、アリスはどこか嬉しそうだった。

笑みが黒く見えたのは、昨日アリスの苦労話を聞いたからに違いない。


 突き飛ばして気絶させ、今度はバケツに石という嫌がらせ――のつもりは無かったけど。どっちも向こうの行動が悪いが、きっと私は義姉に恨まれている。同居しているのだから、険悪な仲ではいたくないけれど、無理な話だろうか。



 ため息をつく私の視界に、蝶の羽が移った。


「ちょっとあんた! アリスから離れなさい!!」

「リンク!」


 否、蝶の羽を背中につけた、手のひらサイズの女の子が浮いていた。

アリスにリンクと呼ばれた女の子は、明るい緑の髪を頭上でお団子にまとめ、同じ色の気が強そうなツリ目をしている。


「あんたには悪い物がついてる。ちょっと抜けてるアリスは騙せても、この魔法も使える妖精のあたしは騙せないからね!」


 あっちいきなさいと、左肩を押され……ているのだろうが、全然力は感じられない。透明な羽をふるわせ、私を押す姿は一生懸命だ。


 小さい頃、夢見がちだった私は物語の中に登場する妖精に会ってみたいと思っていた。毎日花壇の花をのぞき込んでは探して落胆した。

 その憧れていた存在が、目の前にいる。加えて魔法が使えるなんて! 

 そう思いつつも、どうやら相手からは嫌われているようだった。悪い物って悪霊のたぐいだろうか?


「リンク! 久しぶりに会えたと思ったら! 私の友達を勝手に追い出さないでよ。訳あって、彼女はこの家で暮らすことになったの。それに、私をお義姉様から助けて……」

「……アリスを助けた?」


 妖精さん、リンクの動きが止まり、アリスの方へ飛んでいく。


「うん。彼女、ミチルにね。水をかけられそうになったところを助けて貰ったの。さっきも、お義姉様の嫌がらせを止めたし。そうそう、料理も上手なの! リンクにも食べて貰いたいくらいにおいしいんだから!」

「……」


 自分のことのように、アリスは勢いよく話す。会って二日目、今更ながらアリスにものすごい懐かれていると実感した。

 反対に、リンクは考える仕草をして黙り、くるりと私の方を向いた。ベビーフェイスが、般若になっている……。


「アリスを助けてくれたこと、あたしからも感謝するわ。だけどあたし、あんたのこと大嫌いになったから」

「リンク!」


――はっきりと嫌われました……。会ってものの数秒で嫌われるとはどういうことか。私が何かしたとか、そういう次元で嫌われたわけでは無さそうだ。


「気にくわない! あんた、アリスに何かしたらあたし許さないから! アリスも、あんまりこの人の事信用しちゃ駄目なんだから!!」


 そう言って暖炉の上に足を組んで座り、私を見下ろす。目が合えば、睨まれた。苛々している。

 ここまであからさまに嫌われたのは初めてだ。ちょっと悲しい。


「ごめんねミチル。リンクは小さい頃からの、わたしの親友なの。生まれてすぐに仲間からはぐれた所をわたしが見つけたのが出会い。今はもう仲間達の元で暮らしてて、時々会いに来てくれるの」


 良い子なんだと、微笑むアリス。アリスがリンクに笑いかければ、リンクの般若顔は解けた。仲が良いんだと一目で分かる。

 きっと、辛い日々の中でリンクがアリスの良き相談相手であり心の支えだったんだろう。


「あ、そうそう。わたし雑巾洗ってて思いついたの。仕事、思いついたかも」

「え? 見つけたんじゃなくて、思いついた……?」


 義姉からも、妖精さんからも嫌われたと落ち込み始めた私に、励ますようにアリスは言った。




――レストラン、始めよう? と。

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