◆05 放っておけない美少女との出会い
告白されたのも、まして美少女にのしかかられるのも初めてな私。
一生ついてくるって、プロポーズみたいなこと言ったよね?
どうしてこんな事になった!?
真っ白を通り越して空っぽになったのは、私の頭だけじゃなく、お腹もだった。
そういえば昼食まだだった。
盛大に空腹を主張したお腹に、少女は鈴のように笑い、私の上から降りる。
「助けて貰ったし、お礼に何かごちそうするよ」
少女の申し出に、恥ずかしかったが欲求に勝てなかった私は、ありがたく受けることにした。
少女は私に腕を差し出してくれる。そのかさついた紅葉のような手を私が取って立ち上がると、少女はにっこりと笑った。
「わたし、アリスっていうの。あなたは?」
「私は満。時宮満。名前が満で名字が時宮」
「名字?」
「うーんと、家族の名前みたいなものなんだけど、アリスには無いの?」
「わたしも他の人にも、名字なんて無いなあ」
この世界に二つの名を持つ人はいないと、可憐な美少女――アリスに感心された。同名の人がいたら困るんじゃないだろうか。けれどアリスによれば、同じ名前の人はこの世界には絶対にいないらしい。
絶対って、……人口が少ないとか?
私は不思議に思いながらも、ごちそうになる前に、放置する訳にもいかないので二人で茶髪の女性を家に引っ張り込む。
女性はアリスの義理の姉で、アリスの父親が亡くなってから、義理の母親と合わせて三人でこの家に暮らしているそうだ。アリスの母親は、彼女が生まれてすぐに亡くなったらしい。
覚えのある状況というか、かの有名なサクセスストーリーそのまんまだ。アリスという名は別の夢物語の物だけれど、私の知っている童話と何か関係があるのだろうか。
その後、もう一度アルの居た場所を確認はしたけれど、私の鞄共々見つからなかった。
***
作り置きしているスープを暖めてくれるということで、私は机に座って待つことになった。家事は全てアリスがやっているらしい。
タオルを貸して貰い、濡れた箇所を拭く。幸い頭から水がかかったわけではないので、これくらいなら自然と乾きそうだ。
食料庫から台所を抜け、階段の脇を通り大広間に出る。
外観通り、屋敷は相当広い。板張りの床に、白い壁、大きな暖炉に、小ぶりだがシャンデリアまである。
そこに長机が一つに椅子が三脚あるだけと、この広さを活用してはいないようだった。
ちなみに二階はアリスの義姉と継母の部屋らしい。アリスの部屋は案の定屋根裏だ。
椅子に座って気が付いたのだが、机は何となく埃っぽかった。
もう一度床や壁、暖炉を確認すると、所々汚れたままで、お世辞にも掃除した後だとは言えなかった。この広さを一人で掃除するのは骨が折れるのだろう。
ここまでアリスの置かれた状況は、あの物語と同じだ。
机に薄くつもる埃をなぞりながら、私はスープが暖まるまでの間、ぼんやりと考える。
あの変人魔法使いは一体どういうつもりで、私をここに連れてきたのだろう?
ここで過ごせと言っていたけれど、アリスを助けるなと言っていた。
そんなこと、私には出来無い。目の前で傷ついている人が居たら、私は放っておけない質だ。傍観するだけなのは辛い。
けれどその前に、ここで厄介になれるだろうか。図々しいのは承知の上だ。だからこそ、不安になる。
時間がかかるなと思いながら、アリスに相談しようと、席を立ったとき、叫び声が聞こえた。
「きゃー! やっちゃった!」
焦げた臭いが漂ってきて、嫌な予感を抱え、私は台所に駆けつける。
大きな火が揺れる竈の上に、黒っぽい煙を吐く鍋。臭いの元はどう見ても暖めていたスープ、だったものだろう。
手で仰ぐアリスは、私を見つけて謝った。
「ごめんミチル。ついぼーっとしちゃって、焦がしちゃった。これで今日二度目。もう嫌になっちゃう……どうしよう、これ今日の晩ご飯でもあったのに」
「いや、……私の事は気にしないで。良ければ何か手伝うよ」
しょんぼりと肩を落とすアリスは、助かると笑って早速別の鍋を取り出す。
二度目というアリスの言葉に少々引いてしまった。大丈夫だろうか。
竈の扱いは不慣れだが、洗い物ぐらいは出来ると、焦げた鍋を手に取る。鍋の中身はすっかり炭化してこびりついていたので、水に浸けておくことにした。
他にやることはと、アリスの様子をうかがえば、震える手で人参らしきものを切っている。ぶれる包丁に、指を切るんじゃないかと見ているだけで怖い。
半ばお願いする形で、食材の下準備を代わって貰った。
切るのは見慣れた野菜ばかりで、元の世界と素材は同じ様だ。アリスの指示で、野菜を切り、鍋に入れて火にかける。
「味付けはどうしようか? これ、塩で良いのかな?」
「え? スープだよ? 味つけるの?」
「……つけないの?」
当たり前だよと、頷くアリス。塩は肉を焼く時にしか使わないらしい。
素材の味を活かすにしても、アクセントが無いとおいしくない。聞けば、味見もしないのが普通という。
カルチャーショック受ける私をおいて、もう夕ご飯の支度をしなくちゃと、アリスは忙しなく干し肉を取り出して焼きだす。
アリスの言うとおり、薄暗くなってきた。私は竈の火を貰い、ろうそくに火をつける。
肉を焼くアリスだがフライパンを持つ手は重いのかこれまた震えていて、肉を返そうとしてフライパンから落としそうになっていた。その危うさから、またまた私は替わって貰い、アリスには焦げ付いた鍋を頼んだ。
水に浸けられた鍋をこすったアリスは、嬉しそうに声をあげる。
「わあ! 水につけておくと、こんなに汚れが取れやすくなるなんて知らなかった」
「……もしかして、アリスはあんまり料理は得意じゃないの?」
「うん。料理だけじゃなくて掃除も洗濯もなかなか上手くできないんだ。わたし不器用だから」
作業の様子を見ていて、何となく思っていた。
アリスのお義姉さんが怒っていたのも、理由があったのかもしれない。だからって暴力は反対だ。そもそもアリスに全て押しつけているのが悪い。
肉を焼き終わり、良い感じに沸騰している鍋を見る。気になってしまった私は、味見をさせて貰った。
……薄い。
様々な野菜の味はするけれど、やっぱり物足りない。青臭さが出て、食べにくい気もした。
私だって得意ってほどの腕前はないが、自分の弁当くらいは昔から作っていたのだ。
悪いと思いつつ、こっそり塩をスープに入れる。再度味見をすれば味が引き締まって、断然おいしいと思えた。
肉も焼け、野菜も煮えた。それにパンを添えたものが今日の夕食らしい。
正直、こんな豪邸に住んでいるから果物やステーキなど豪華な食事をしているのかと思っていた。でもアリス曰く、どこも大体塩焼きの肉に、スープとパンだけらしい。
量こそ差はあれど、貴族達も同じメニューだという。
この世界の人達は食事を楽しめていないんじゃなかろうかと、食文化が豊かな日本人の私は思った。日本のように、海の幸山の幸共に採れなくても、工夫次第で美味しい物は作れるはずだ。
継母と義姉の前に食事を済まさなければいけないらしく、出来た料理を皿に移し、アリスと二人で食事をすることになった。