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◆45 省略された頁

※魔法使い視点

 僕は簡素なベットに、彼女を下ろした。

 ベットは一つだけしかないから、彼女が目覚めるまで床に寝なきゃならなくなる。早く起きて欲しいと僕は深いため息をついた。

 

 赤い三角帽子を被った小人達が、力を合わせて彼女に毛布をかぶせる。別の小人が、頬に残る涙の後を布巾で拭いた。目尻に残っていた涙がまた一つ零れる度に、小人達はせっせと拭いていく。

 彼女の世話は、小人達に任せることにしよう。


 あんなに苦しそうにしていた彼女は、この塔に運ぶと表情を和らげた。涙も止まったらしく、落ち着いた寝息が室内に響く。

移動しただけで、こんなにも症状は和らぐものなのか、違和感を覚えたが、医術の知識がない僕にはよくわからない。病気になったことはないし、怪我をしても魔法で治癒できてしまうから。


 ミチルにかかってしまった眠りの呪いは、すでに解いてある。

 永久に眠ると言っても、魔法をかけた僕なら解くことが容易だ。直に彼女は目覚めるだろう。だからといって、アリス達の元へ返すことは出来ない。それでは、物語が進まなくなってしまうのだのから。

 アリス達が来るまで、彼女にはここで生活してもらうしかない。

 悪い魔法使いの住処である森の塔で。


 僕は、猫の姿になると再度城へと移動した。


 そこからは……大体、僕の考えたとおりに進んだ。


 リンクは己の非をを認めて、アリスとヘンゼルに謝った。その後、彼女を助けるために、悪い魔法使いを倒そうと言うアリスの提案で、物知りでもあるグリムを訪ねる。ヘンゼルだけではなく、悪鬼と化したアリスが、我先にと押しかけた。

 グリムから、彼らは魔法使いを倒すために必要な剣がある場所と、鍵について知った。そして、悪い魔法使いの居場所も。

 アリス達と話をして、グリムが肩の荷が下りたとばかりに息をつくまでの一連を、僕は小屋の外から眺めた。




 剣は森のはずれにある真実の泉に沈む。

 まず彼らはそこへと向かった。泉がある場所は、遠い。片道に二日はかかってしまう。

 野宿をしながらも、共に向かう彼らに感づかれないように僕も密かについていった。

 勿論、野宿は嫌だから塔には戻ったりしていたけど。なかなか目覚めない彼女にベットは占領されているから、この間僕は床で寝ることになった。

 屋根があるだけ良いとはいえ、小人達ではどうしようも出来ない彼女の世話をしなければならなかったりして、骨が折れた。


「剣が欲しいというのなら、真実を見せなさい。この泉には本性を暴く力があります。勇気のある者のみ、泉に入りなさい」


 泉から長剣を抱えた主がぬるりと現れて、たどり着いたアリス達に言った。それが、泉の主が求める試練だ。

 アリスとヘンゼルは来た勢いそのままに、わたしが、ぼくが、と泉に飛び込んだ。

 一瞬の躊躇もないその行動に、水を人型にした格好の主は硬直した。……うん、一応僕の考えたとおりに動いている。

 

 頭まで泉に使った二人は、すぐに浮き上がる。

 水飛沫をあげて、泉から顔を出したヘンゼルは、アリスに宣言した。


「アリス。ぼく、ミチルを助け出したら、彼女に気持ちを伝えるよ。お茶会の時、君に言われて自分の気持ちと向き合えたんだ」

「……わかった。わたしも、ミチルに告白するわ。負けないから。絶対にミチルを助け出そうね!」

「ああ!」


 これが泉の効果なのか、二人は力強く頷き合った。その熱い掛け合いに、僕は髭がむずがゆくなる。なんだこれ。

 顔を洗う僕と同じように、泉の主の頬が引きつっていた。


「ねえこれで良いでしょ! ミチルを助けるための剣を渡して」

「ミチルを助けたい気持ちは誠だ。早く渡してくれ!」


 水の冷たさを物ともしない二人は、主に主張しながらも泉からあがる。試練の欠片もない。烏の行水みたいだった。それか熱い男の誓いか……。

 小柄で可憐なアリスと、凛々しく温厚なヘンゼルは、どこも変わった様子がない。ただ少しだけ、荒々しくなった気がする。

 泉の主は、やっと硬直から抜けるも息巻く二人に狼狽えた。


「ま、待ってください。愛を示して欲しかったのに、これは何かの間違いです」

「ミチルへの愛は示したわ!」

「そうじゃなくて、……そうじゃないのです。ここに来るのは王子一人の筈だったのに、どうしてあなたも来ているのか。こんなの聞いていません!」


 泉の主は剣を抱えながらも、水の体を振動させている。僕も泉の主と同じ事を叫びたい。

 泉の主は、今までで登場の機会がなかった人物だ。

 ずれた物語について行けない気持ちはよく分かるけど、狂っちゃったんだ。融通を利かせてくれ。

 上手く合わせるんだと、草の影から僕が念じれば、突然アリスがあっと言って空の一点を指さした。泉の主も、僕もアリスの行動につられて空を見上げた時には、ヘンゼルが主に飛びかかって剣を奪ったところだった。


「ヘンゼル、よくやったね!」

「アリスの機転のおかげだよ」


 ヘンゼルは軽い身のこなしで泉からあがり、アリスと片手をたたき合った。そうして、必ず返しに来ると言うと、二人してさっさと森の中へ消えていった。

 そんなこんなで、彼らは呆気なく剣を手に入れてしまった。

 

 二人が協力し合う様は、親密さを表していて、僕は複雑な気分になる。僕が狙っていたものとは違う方向に、二人が仲良くなっているのだ。それは男女の関係では無く、男同士の関係に近い。


「何て野蛮な!」


 泉の主はわなわなと剣を持っていた腕を震わしていた。泣いているのか、水で出来た顔では判別できない。


 アリスは、か弱くて可憐で守ってあげたくなる少女だ。ヘンゼルは、優しくて誠実な王子さま。

そのはずだったのに、先程の彼らはまるで別人だった。二人とも優しく、朗らかな性格のはずなのに、こんなに気性を激しくした覚えは無い。


 主の嘆きに、僕も同調する。

 わかる、わかるよ君。想定外のことに、どうしていいか分からなくなって、感情的になってしまうのだ。

 もしかしたら、唯一この泉の主だけが僕の作ったとおりの人物なのかも知れない。登場するのは、王子に剣を渡す場面だけだが、泉の主らしく堅実で大らかな気質なのだ。


 泉の主は、木々の影に消えていったアリスとヘンゼルに叫んだ。


「利子を要求させて貰いますからね!」


 あれ? ……違うや。

 主は怒りを体現するかのように、高い水柱を上げて、泉へ消えた。

 お陰で僕は跳ねた飛沫を頭からかかって、ずぶ濡れになった。毛皮が水を吸い込んでもの凄く、不愉快だ。


 僕は情けない気持ちになって、濡れ鼠ならぬ濡れ猫のまま塔へと帰った。

更新が遅くてすみません;

読んで頂き、ありがとうございます。<(_ _)>

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