◆41 毒リンゴが向かう先
アリスとヘンゼルが仲直りしたことにより、城には平和が戻った。
料理番仲間に聞けば、私が居ない間、顔を合わせれば必ず二人は大喧嘩していたのだという。その話だけでも、周囲の人達の気苦労がうかがい知れる。
何はともあれ、仲直りして良かった。
こうして、私は呆気なくアルの要求に応えられたわけだが、二人の様子を見るためにこの世界に留まることになった。アルに作戦の協力を求められて居たからだ。
それに、すぐに帰ることが忍びなかった私は、帰還保証有りの滞在に安心して日々を過ごしていたりする。帰ったら元の世界でどうなっているかは考えていない。今は帰れるという事が重要だ。
アルの作戦については、毒リンゴができ次第教えてくれるらしい。
アリス達を裏切っているようで、私は内心私は落ち着かない気持ちになっている。
二人の仲を深めたいとか言っていたけれど、人形ではないのだから、そんな簡単に人の気持ちが変わるとは思えない。
「それでね、ヘンゼルってば強くなりたいからって朝早くから鍛錬しているの。わたしもヘンゼルの侍女だからって付き合わなきゃいけないんだ……って聞いてる?」
「あ、ごめん。考えごとしてた」
料理番に復帰した私と、王子の侍女付をしているアリスは昼休みに話をしていた。
王子付なだけあって、アリスは休み時間で一番長く休めるのが昼休みなのだという。
いつも二人で昼食を摂りながら、日々の他愛ないことを話しているのだが、最近はもっぱらアリスの愚痴になっていた。しかも、内容はヘンゼルのことばかり。
アルの思惑通り、アリスはヘンゼルのことがちょっと気になっているのかも知れない。
私はと言うと、小動物のように可憐なアリスの顔を見る度に、アルの作戦について考えてしまうようになった。いっそのこと、アリスに話してしまいたい。
「最近多いねミチル……やっぱり大事な人の事が気になるの?」
アリスは、私に恐る恐ると言った風に聞いてきた。心なしか、その目が潤んでいるように見える。
お茶会の時に話した、私の大事な人を指しているようだ。私の頭に、病院のベットから起き上がるお爺さんの、しわだらけの微笑みが浮かんだ。
「うーん、さっきは違うことを考えていたんだけど、……そうだね。私はその人のことを毎日気にしてる」
「……そっか」
お爺さんには早く退院してほしい。お爺さんの元気な姿に会いたいと思う。
願いを込めるように私が言えば、アリスは寂しそうに俯いて、愚痴を言っていた姿はどこへやら、寂しそうに昼食をつつき始めた。会話は終わってしまう。
お茶会以来、私はアリスとの距離を感じていた。
私と話しづらそうに見えるときがあるのだ。アリスに嫌われてしまったのかと胸が苦しくなる。
前みたいに気兼ねなく話したくて、私は話題を変えた。
「アリス、今日リンゴが手に入ったからまたアップルパイを作ろうと思うんだ。それで、グリムおばあさんに助けて貰ったお礼をしに行きたいのだけど、アリスも一緒に行かない?」
「ミチルの怪我を治療してくれたんだもんね。いいね、私も行く! リンクも誘わないとね。明日の午後からなら休めるよ」
「うん。じゃあお昼も一緒に食べてからでかけよう」
私の誘いに、アリスは顔を上げてはしゃいだ。その太陽みたいな笑顔に、私の意気も上がる。
明日の予定に花を咲かせれば、お昼休みはすぐに過ぎていった。
水の中を漂うような感覚に、私は懐かしさを覚えた。これが夢の世界というならば、そうなのだろう。
体を動かそうにも、重りがついたようにゆっくりとしか動けない。痛みもなく、ただ意識があるだけなのだ。
目の前の黒い影が揺らぐ。白髪に隠され、表情は見えないが魔女が機嫌を損ねているのが分かった。
「駄目よ。明日赤ずきんの元へ行くのはやめなさい」
相変わらずの、諭すような言い方。あるいは命令口調。
理由もなくそう言われても、納得できない。
「前はあんなに素直だったのに。ようやく帰ってきたと思えば可愛く無くなっちゃったわね」
吐き捨てるように言う魔女に、私は不信感を持つ。
魔女のおかげで、お店は上手くやって行けたし、舞踏会もなんとかなった。感謝しているけれど、私は魔女のお人形ではない。
「そうね。けど、あなたのためを思ってわたしは忠告しているのよ」
明日はアリスと一緒に久しぶりに出かけられるのだ。もしかしたら最後になってしまうかも知れないのに、出かけるのはやめたくない。ちゃんとグリムおばあさんにお礼もしたい。
「ああ生意気。仕方ないわね、そんなに行きたいのならば行けば良い。だけど、絶対にリンゴを食べては駄目よ」
リンゴという単語を聞いて、私はどきりとした。
何故魔女は今そんなことを言うのか。だって、まだアルから何も聞いていない。
「おつむの小さなあなたでも、わたしの言っている意味くらいわかるでしょう? 毒リンゴには永遠の眠りに落ちる呪いがかかっているのよ。あなたのためを思って言っているの。今までミチルにわたしが偽りを言ったことはある?」
永遠の眠り? アルはただ眠り薬とだけ言っていた。永久の眠りなんて、意味するのは死しかない。魔女の話が嘘でなければ、私はアルに騙されているということになる。
混乱する私を嘲笑うように魔女の赤い唇は曲がった。
「わたしの言うことを聞きなさい、ミチル」
諭すように魔女は命令して、惑う私を置いて消えていった。




