◆40 狂ったお茶会②
痛みで腕を押さえる私に、ヘンゼルとアリスが側に来た。
「ミチル、とりあえずこのおしぼりで冷やしてっ」
「ぼくは水瓶を取ってくる」
「待って、ヘンゼル! 冷やすための布もお願い」
「わかった」
アリスとヘンゼルはてきぱきと連携して動いていく。
「大丈夫ミチル?」
金色の瞳を心配そうに歪めて、アリスが冷たいおしぼりを私の膝にあてがった。すぐにヘンゼルが水を張った瓶を持ってきて、私の腕をそこに浸してくれる。持ってきた布も水に浸して、アリスが持っているおしぼりと換えた。水道のないこの世界では、これが一番効率よく冷やせる方法だ。
「大丈夫ミチル?」
ヘンゼルはアリスと全く同じ事を私に聞く。私は、そんな二人を見て思わず吹き出してしまった。
「……ミチル?」
またも同じ様に首をかしげる二人。火傷を負った腕と膝は、二人のお陰で大分痛みが引いた。
痛みに苦しんでいた私が笑い出したのだから、二人は心配そうに私を見つめてくる。
「ありがとう。二人のお陰で痛みが楽になったよ。いやさ、二人ってすごく似ているなって思って」
「……似てる? わたしとヘンゼルが?」
どこがと聞くアリスに、ヘンゼルも首をひねる。
二人を見ていると、よく似ているのだ。それは、仕草や考え方、行動など、内面的なもの。
例えば、険悪な仲の二人が、私のために協力して動いてくれたこともその一つだ。
「うん。だから喧嘩しちゃうのかな。二人とも仲があんなに悪かったのに、私のために協力してくれて、それが嬉しくて笑っちゃった」
「だって、ミチルが心配で」
「ぼくもだ」
アリスとヘンゼルがぼんやりと顔を見合わせる。
「……結局二人ともミチルの事が好きなんだね」
低すぎない声で、ずっと動かずに沈黙していたアルが呟いた。そこには疲労の色が滲んでいる。
その呟きに、アリスもヘンゼルも虚を突かれたように再度顔を見合わせて、金と碧の瞳を瞬かせた。
「そっか、わたしだけじゃなくてヘンゼルもミチルのことを大事に思っているんだ」
「そうだよな、アリスもミチルが大切なんだ」
自身に言い聞かせるようにして二人は言うと、軽く頭を下げる。
「……酷いことたくさん言ってしまってごめんなさい」
「……ぼくこそ、八つ当たりだった。ごめん」
互いに目を伏せながらも、アリスとヘンゼルは謝罪し合った。一転、日向のようなほんわかとした空気になる。
良かった。
ホッと胸をなで下ろす私に、灰色の猫は足音も立てずに城内に移動して、丸い前足を器用に曲げて招いてきた。これぞ、リアルな招き猫だ。
こっちに来いと招くアルに、私は医務室に行ってくると告げて、二人がついてくると言う前にそそくさとその場を離れた。
二人だけにしても大丈夫だろう。
長い尻尾を揺らしながら二本足で歩く猫についていくと、小さな個室に入るよう促された。少し痛みがぶり返してきた腕を抱えながら部屋に入ると、後ろ手に扉を閉めた猫は口角をにんまりとあげた。
「ふっふっふ、上手くいったようだね。君にしてはよくやったよ」
冷たい印象を抱かせる青い目を、水面のように輝かせてアルは機嫌良く言った。髭に、舐めていたケチャップがべっとりとついている。
「髭についてるよ」
「おっと」
髭についていたケチャップをアルは猫の手で器用に拭う。前にもこんな事があったなと私は思い出した。
熱湯の件については、私がやったことではない。
奇しくも嫌がらせのお陰でアリスとヘンゼルが仲直りする切っ掛けになったわけだが、私が故意にやったみたいで、褒められても嬉しくなかった。むしろ、そんなつもりでは無かったことが余計に仄かな罪悪感を募らせた。
こんな密室で悪そうな顔をしたアルと話しているとは、悪役みたいだ。黄金色の菓子出てきたらどうしよう。
顔を曇らせる私に、アルは気が付いたように笑みを引っ込めた。
「そうだ、ちょっと腕貸して?」
猫のアルは、私の腰まで届かないくらいの背丈だったから、私は自然と屈むような姿勢を取らされて左腕を取られた。何をするのかと不思議に思っていれば、アルはぷにぷにした小さな手を火傷に滑らせる。
触れられて引っかかれたような痛みを発する皮膚は、猫の手が通った後から元の肌色へと戻っていき、痛みもなくなった。治してくれたのだ。
「あ、ありがとう」
戸惑いながらも私は長靴を履いた猫にお礼を言う。アルは気にせず淡々と続けた。
「あとは膝だよね」
「ちょ? ちょっとっ!?」
ぺいっとばかりに、アルは私の長スカートをめくると、同じく熱湯を被った膝に毛むくじゃらの手を滑らした。
そんなに広範囲ではなかったが、くすぐったいし猫の姿でも相手は魔法使いのアルだ。他意はないとわかっていても、意識してしまう。
「変人から変態ってこれから呼ぶよ……」
「うるさいな。すぐ終わるから我慢してよ」
アルの言ったとおり、一瞬だった。膝の痛みも、腕同様消えて無くなる。
スカートを捲られたときは足が出そうになったが、アルは私の怪我を治してくれただけだ。だからって予告無く女子の秘密を捲ろうとするのは配慮がなさ過ぎると思うが。
疲れたように息をついたら、アルと被った。それに、双方目を会わせると、アルがまた息をついた。
「はあ、君はよく怪我をするね。注意散漫なんじゃないの? 毎回毎回僕が治すわけにもいかないのだから、せいぜい気をつけて欲しいものだよ」
両手の平を上に向けて呆れたように首を振る。手が小さすぎて、猫がやるとアンバランスで気持ちが悪く見えた。要は、むかついた。
アルのふんぞり返った態度に私は感謝の気持ちが吹っ飛んだのだった。
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『____』
毒リンゴを食べた少女は眠りの呪いを受けて、深い眠りにつきました。もう、少女が目覚めることはありません。少女は永遠に眠ったままになってしまったのです。
目覚めない少女を見て妖精は後悔し、全てを王子に話しました。王子は、正直に話した妖精をその寛大な心で許します。
王子は悪い魔法使いを倒し、少女を助けるため、グリムの元へ行って魔法使いの弱点を聞き出しました。
グリムが言うには、邪悪な魔法使いは遠い真実の泉にある、魔を封じる剣しか効かないというのです。そして、剣だけでは倒すことは出来ず、魔法使いが持つ鍵が必要だとも言いました。
王子はグリムの教え通りに進み、真実の泉にやっとたどり着きました。
しかし、泉の主は、真実の思いを見せろと王子に要求します。王子の思いを試したいというのです。泉には真の姿を暴く力がありました。
王子には、愛する少女を助けることしか頭にありません。迷うことなく王子は泉に入ります。
王子の気持ちは、寸分も揺らぐことはありませんでした。
王子の真実の愛を目の当たりにした主は、思いは魔法さえも打ち破ると言葉を残して、王子に魔封じの剣を授けました。
王子は深い森にある古びた塔に行き、そこに住む悪い魔法使いに戦いを挑みました。




