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◆39 狂ったお茶会

 メルヘンな世界に来てから翌々日。

 どうやら、私が居なくなってからこの世界では半月ほどの時が経っていたらしい。大体私が元の世界で過ごしていた時間と同じくらいだ。

 前に戻った時は、元の世界では一時間も経っていなかった。

 今回も帰ったら、私はまた車に追われるのかと思うと、身震いがするので考えないことにしている。とにもかくにも、前回と同じく帰ってみるしかない。


 アルに宣言したとおり、私はお茶会を開きたい旨をヘンゼルに伝えた。ヘンゼルは快く了承してくれたけれど、私と話すときにほんのりと頬を染めるものだから、私も顔に熱が集まった。

 そういえば、ヘンゼルは私の事を好きなんだった……。

 アルから聞いたことだから、本人に確認をとるわけにも行かなくて、私は油の切れた機械のようにぎくしゃくと王子の元を後にした。


 アリスをお茶会に誘うと、彼女は無邪気に私に抱きついてきた。不思議に思われたが、怪我は完治しているので私も小さくて柔らかい美少女を抱き留められる。ふわりと花の香りがした……鼻血が出そうだった。

 こんな自分が悲しくも嬉しいのだから、またアリスに会うことができて良かったと思う。




 以前と同じように、唯で居候したくないと私は料理番に復帰した。料理長はまた新しいレシピを教えて欲しいからと許可してくれたが、病み上がりの私はしばらく休みを取らされることになった。


 朝の忙しさが一段落したところで、私は厨房を借りるため、材料を確認する。昼食時はそこまで忙しくならないらしいが、私個人が厨房を独占するのは良くないため、あまり時間はない。


 そうやって手早く調理を始めようと張り切る私に、災難が降りかかった。


 綺麗に掃除されているはずの厨房の床に何故か油が零れていて、私は鶴と亀もビックリな滑りを体験した。

 器具を確認すれば危うく包丁が足に刺さりそうになり、戸棚を開けば頭から小麦粉を被り、火を使おうとすれば、また油が零れていてあわや火事にと、どうしてか料理に身の危険を覚えた。


 実は朝から、微妙に気にかかることが多発していたのだ。

 起きたら枕が足下にあったり、靴下が片方無かったりした。それが段々とエスカレートしてきているようだ。


 これは、嫌がらせなのだろうか。恨みを買うような覚えがなさ過ぎて、あまりにも意味が分からなかった私は、怒りも感じ無かった。いきすぎていることには不安を覚えるが、やっていることが細かすぎて、呆れてしまう。

 一応厨房の管理人に事の次第を相談して、しっかり確認を取るなど対策をとって貰うことにした。


 そんな一難二難があったものの、私の初めてのお茶会は無事に準備をすることができた。

 お茶会と称したが、何のことはなく、私が手料理を振る舞うだけだ。


 この世界に来てから、調理をせざるおえない環境もあって私の料理の腕は見事に上達した。料理を作って、それを誰かにおいしそうに食べて貰えるのが嬉しくなり、つまりは料理づくりが好きになった。

 趣味が読書だけしかなかった私に、新たに料理が加わったのだ。


 呼んだのは、アリスとヘンゼル、それとアルだ。アルは言うまでもなく、猫の姿。リンクには誘いを無視されてしまった。

 わたし達だけの、ある意味昼食会とも言えるお茶会に、アリスは歓声をあげた。


「わあ! すごい数の料理! これ全部ミチルだけで作ったの?」

「うん。頑張ったんだ。お店での経験が生きたよ」


 難はあったものの、無事に予定した品数を作り切れた。

 オママゴトでも、連日大量の料理を作っていただけ合って、自分でも感心する出来だ。それを、バルコニーに大きな丸机を出して、全員が取りやすいよう並べた。今日が良い天気で良かった。

 作った物は、主に全員の好物だ。ヘンゼルはハンバーグ。アルはオムライス。アリスは私の作った物全てが好きだとよく聞いていたから、たくさんの品を作った。

 大きなプリンも作ったが、残念ながらリンクは此処には居ない。


「やった。ぼくの好きなハンバーグ」

「いただきまーす」

「わたしお茶入れるね」


 子供のように喜ぶヘンゼルに、すでに食べ始めているアル、手際よくお茶の準備をするアリスと、四人だけのお茶会は陽気に始まった。そこには夕食の時のような険悪な雰囲気は無い。


「はい、ヘンゼルのお茶」

「ありがとうアリス」


 アリスがヘンゼルにお茶をつぐ。二人が言い争う気配は少しもなかった。

 料理はちょっとした豪華なランチになって、私は満足だ。


 各々のお腹を満たすお茶会は、そのまま楽しく進むと思われた。

 

「アリス、ヘンゼル」


 食事が一段落したところで、私は話をしようと切り出した。

 私の呼びかけに、二人は手を止めて私を見る。アルは食べきったオムライスのお皿を、肉球のついた手で持ち上げて、行儀悪く小さな舌で舐めていた。


「何も言わずに、いなくなっちゃってごめんなさい。今回は、どうしても急に帰らなきゃいけなかったんだ」

「どうしてこんなに急だったの?」


 アリスが不安そうに私を見つめる。ヘンゼルも同じだ。アルは満足したように口の周りを舐めている。

 のんきなアルを横目に、私は昨夜辻褄が合うように考えた話をした


「私の元居た国に、大事な人が居るんだ。最近体を悪くして居るみたいで、心配で……その人のお見舞いに行ったの。今回みたいに急じゃないけれど、これから私はまた国に帰らなきゃいけないんだ」


 私の言葉に、アリスが閉口した。唇を噛みしめている。

 何かおかしな事を言ってしまったかと不安になる私に、ヘンゼルが目を伏せて聞いてきた。


「もうぼくの国には来ないかもしれないのかい?」

「そうなると思う。私はやっぱりその人についていたいから」

「……そうか。ミチルの大事な人が国で待っているのか。寂しくなるなあ」


 お茶会の陽気な雰囲気は消えて、ヘンゼルの淡い笑みにその場はもの悲しい空気になる。いつの間にかお皿を舐め終わって毛繕いをしていたアルが、青い目で静かに私を見つめていた。

 今すぐに帰るというわけではないのに、これではお別れ会だ。場を取り繕おうと私は明るい声で話した。


「今日明日に帰ろうとは思ってないよ! しばらくみんなで楽しく過ごしたいから。ヘンゼル、もう少しご厄介になるね」

「ああ。ミチルが居たいだけ居てくれて構わないよ。ミチルに会えるだけで僕は嬉しい」


 儚く笑う王子さまに、私は申し訳なさで上手く笑い返せなかった。


 この世界に帰ってきて、アリス達にまた会うことができて嬉しかったけれど、やっぱり私の居場所はここじゃない。一度元の世界に帰って、強く思った。

 アリスと、ヘンゼルが仲直りすれば、私は帰るのだ。

 それを知ったら、二人はずっと仲違いをしたままになってしまうだろうか。見捨てるように帰ることになる私が、まっすぐ好意を向けてくれるアリス達に楽しく過ごして欲しいと思うのは傲慢だろうか。

 私が初めからこの世界にいなければ、二人が喧嘩することも無かったのだと心の隅が囁いた。


「嘘ばっかりっ!!」


 突然、アリスが机を叩いて立ち上がった。白い頬を赤くさせて怒っている。


「ミチルのことが好きなくせに! 何が会えるだけで嬉しいよ。ミチルの好かれたいからって、いい人ぶっちゃって。本当は悲しくて悲しくて仕方がないくせに!!」

「ア、アリス……?」


 肩を怒らせて、今まで見たこともないくらいにアリスが激昂していた。目尻に涙が浮かんでいる。


「居たいだけ居ればいい? ずっと居て欲しいのでしょう!?」

「それは君だろ!」

「怒るってことは、図星ね!」

「またそうやって君はっ」


 アリスの挑発に、ヘンゼルも憤って席を立った。その衝撃に机も揺れて、さすがに黙っていたアルも目を丸くする。

 ちなみに、突然のアリスの怒りと、始まった喧嘩に私の目玉は行方不明だ。どうしていきなりこうなるの。


 ともかく、私は二人を和解させるためにお茶会を開いたのだ。

 喧嘩を止めなければ、頑張って料理を作った意味が無い。もう私の事で争って欲しくないのだ。

 私は、席を立って二人を鎮めようとした。


「ちょっと――!?」


 立ち上がった瞬間、私の左腕と膝に文字通り焼け付く痛みが走った。


「あっつう……」

「大丈夫ミチル!?」

「大丈夫かい?」


 ひりひりとした痛みから、それは脈打つ鈍痛へと変わっていく。

 

 腕を押さえて横を見れば、倒れてその口から熱湯を滴らせるポットがあった。立ち上がったときに、気づかずに倒してしまったらしく、私はもろに熱湯を被ってしまったらしい。




 何故ここに……?

 アリスがお茶をついでいたから、彼女の側に置いてあったはずなのに。

 こんな時まで嫌がらせかと、私は歯がみした。

2013/8/18 修正しました。すみません<(_ _;)>

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