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◆37 お姫さまと王子様のお出迎え

 うねる白髪を背に流す魔女を見て、私は既視感を覚えていた。私は、どこかでこの人を見たことがある。

 不思議に思う私を無視して、魔女は地に足をつけず森の中を滑るように進んでいく。


(さあ、ミチル。行ってらっしゃい。そして、あの魔法使いに痛い目を見せてくるのよ)


 魔女は嬉しそうな弾む声で私に言って、消えていった。


 辺りを見回せば、木々もまばらで、お城の全体がよく見えるところにまで来ていた。白い壁を日の光に輝かせている。

 グリムおばあさんは、荒れていると言っていたが、ここから見ても異常は見あたらない。逆に、それが不穏なものに見えてきてアリス達が心配になってくる。


 不安を抱えつつも、城へと歩み始めたとき目の前を大きな蝶が横切っていった。綺麗な蝶だ。緑色の髪をお団子にしていて、気の強そうな顔をしている。彼女の大好物はプリンだ。

 羽のように風に乗る妖精は暗い顔をしていた。

 私の視線に気づいたのか、妖精は顔を上げると小さい目を丸く見開いた。


「!!? ミチルー!?」

「……や、リンク」


 リンクは、飛び出さんばかりに目を開いていたかと思うと、顔を曇らせて次には般若の形相になっていた。リンクは手のひらサイズだからそこまで怖くは無いが、ものすごく怒っているのはわかった。


「あ、あっ、あんたのせいなんだからー!! アリスがっアリスがっ……」

「アリスに何かあったの!?」

「あたしのこと嫌いだって言ったの-!!」


 私が手を差し出せば、その手の上に乗って小さな手でぽかぽかと叩いてくる。そうかと思えば、そのまま泣き伏してしまった。

 アリスが怪我をした訳じゃないみたいだが、大の親友に嫌いと言ってしまうような出来事があったのだろうか。取りあえず、私はリンクを慰めながらも城へと向かった。




***




 城門に現れた私に、兵士達は無表情でも分かるくらいに狼狽えて門を開けてくれた。門を通れば、みんな同じ様に動揺しつつも出迎えてくれて、城内に入る頃には勇者の凱旋みたいになった。舞踏会で注目されたときよりも酷い。


 リンクはまだ私の手の平で泣いていた。なんでも、アリスとヘンゼルが私が居なくなった後に大喧嘩して仲違いしたらしい。その時に、暴れるアリスをリンクが諌めていたら、拒絶されたのだとくしゃくしゃの顔で教えて貰った。そのさまは萎れた花のようだ。

 激しい喧嘩だったに違いない。アリスがリンクに暴言を吐くほど、あるいは温厚なヘンゼルと喧嘩に発展してしまうほど、仲が悪くなってしまったのだ。


 それも、私が居なくなった後に。それを聞いて、私は嫌な予感を覚えざるおえない。二人の喧嘩の原因は、おそらく私だろうから。

 どうしたものかと考え始めた私の耳に、聞き覚えのある可憐な声が聞こえた。


「……ミチルっ!?」


 城の奥から、銀髪の美少女が走ってきた。目には涙を浮かべている。その後ろから、金髪の貴公子が歩いてきた。少女のように走っては居ないが、その歩みは急いているようで同じく彼も目が潤んでいる。


 私は、駆け寄ってくる少女に落ち着いて欲しいと手を掲げたが、少女は勢いを止めてはくれなかった。慌てる私の様子に、王子が気づいて走ってきてくれたが間に合わない。


「ちょっと待って、アリス――ぐえぇ」


 走る勢いそのままに、アリスは私に抱きついてきた。投げつけられた蛙のような声をあげた私の手から、リンクが飛び立つ。

 治療はされているとはいえ、完全回復していない私の体は少女の体当たりに悲鳴を上げた。擦り傷を押される叩かれたような痛みと、捻った足首の鈍い痛みに私は少女の体重を支えきれずに後方に倒れ込んだ。それも、乙女らしからぬ声と共に。


「おっと、危なかった……」


 間一髪、床に叩きつけられる寸前で追いついたヘンゼルが、私をアリスごと受け止めてくれた。ヘンゼルの整った顔が間近になる。

 いつもなら赤面してしまう私だが、今は痛みで意識する余裕もない。


「何やっているんだアリス。ミチルのことちゃんと見えていなかったんじゃないのかい?」


 はじめてあの柔和なヘンゼルの怒った顔を見た。言い方もきつく感じる。


「ごめんっ、ミチル。……その怪我どうしたの!? 髪も伸びてる!」


 ヘンゼルの言葉に、慌ててアリスが私から離れるが、ずたぼろの私を見て驚いていた。私は、ヘンゼルにお礼を言って何とか立ち上がる。ヘンゼルは傷だらけの私を見て痛ましそうな顔をする。


 リンク曰く、二人は喧嘩中らしい。そんな二人を刺激しないような理由を言わなければと、鈍く痛む体を叱咤しながらも私は考えた。


「心配掛けてごめんね。……ちょっと里帰りしてきたんだ。そこで魔法使いにお願いして、髪を元に戻して貰ったの。怪我は……森で転んじゃって、グリムおばあさんに手当てして貰ってきたところ」

「……里帰り……?」

「それって、ミチルの国に帰っていたってことかい?」

「うん……うん、そうだよ」


 間違っては居ない嘘を私はついた。とても苦しい。

帰る方法はともかく、元の世界に行っていたわけだし、髪に関してはアルのお陰だ。一応アルも魔法使いなのだから間違っていないはず。アリスとヘンゼルは私の返答に、二人揃って首をひねる。


 どうか疑われませんように!

 つっこまれたら、はみ出捲りのぼろから中身が飛び散ること間違い無しだ。これ以上私の小さな脳みそでは嘘がつけそうにない。


「そうだったの……? わたしずっとヘンゼルのこと疑ってたのよ。……だからって突然何も言わずに居なくなっちゃうなんて酷すぎるよ」

「そうさ。国中探し回ったんだ。君のことが心配で気が気じゃなかった」

「わたしだってそうだったわ! もうミチルに一生会えないんじゃないかと悲しくて辛かったよっ」

「ぼくだって、ミチルに会いたくて苦しかった」


「ご、ごめんっ」


 美形二人に、私は平謝りした。すると、アリスが私ではなくヘンゼルに向かって怒り出した。


「だからなに? 自分が一番ミチルのことを思ってるって言いたいの? 粘着質ね」

「君こそ、ミチルの迷惑も考えず気持ちを押しつけているじゃないか」

「め、迷惑!?」

「ああ、そうさ。さっきだって、危うく彼女の怪我を増やしたかもしれなかったんだ」

「そ、それは――」


 あれ……?

 納得して貰ったのかと謝罪半分安堵半分だったのに、いつのまにやら二人は私への文句から喧嘩へと展開している。

 この二人をリンクは止めようとしたのか。後でリンクにプリンを作ろう。


 アリスもヘンゼルも、美人だからか怒っている姿はやけに迫力があった。言い合いも互いに揚げ足をとったりと暴力こそないものの、激しい。

 アリスはヘンゼルのことを気に入っては居なかったけれど、直接的に嫌みを言うことはなかった。ヘンゼルに到っては、言い返すのも怒っている姿も想像すらできなかったのに。

 周囲にいる兵士や侍女の人達の目も気にせずに喧嘩をする様は、グリムおばあさんが言っていたとおり荒れていた。無表情の人達でも、どん引きしているのがよくわかる。片や王子、片や客人、彼らに何ができるだろうか。

 二人の中は、他人目に見ても悪い。


 ふと、見渡した視界の隅に灰色の猫が見えた。目が合ったと同時に逸らされる。かと思えば、ちらちらとこちらを見やってくる。何か言いたげだが、介入する気は無いらしい。

 何故そこにと、公然と居るアルに私は疑問を抱いた。またもちらりと視線をよこしてきて、私は鬱陶しさを感じ、怒れる美人達に意を決して割って入った。


「ストップストップ! 喧嘩はやめて。ねえ、ヘンゼル、あそこに居る長靴を履いている猫は?」

「……あの人かい? 彼は僕の相談によく乗ってくれる恩人だよ。そっか、あんまり出歩かない人だからミチルは会ったことが無かったんだね」

「……ヘンゼルと違って言いがかりをつけてきたりしない、いい人よ」

「言いがかりをつけてくるのは君の方だろ?」

「だから、ストップー!」


 叫んだ私に、二人は不満そうに口をつぐむ。

 アルは自分を悪い魔法使いと言っていたけれど、それは人の姿の時だけらしい。猫の姿では王子の相談役という。ならば、尚更アリスとヘンゼルの仲裁役として適しているのに、アルは関与してこない。アルはアリスとヘンゼルの仲を取り持とうとしていたんじゃなかったのか。


 私は視線に怒りを込めてアルを見ると、アルはびくりとしてから私に背を向けて逃げるように二本足で去っていった。しっぽを足の間に挟んで去るその姿は、情けなさ過ぎて哀れみそうになった。歩きにくいだろうに、何をやっているんだあの魔法使いは。


「大体、ミチルが何も言わずに居なくなってしまったのは君が関係しているんじゃないのか?」

「それをいうなら、あなたがミチルに意味もなく触れようとするのが悪かったんじゃないの」


 私が止めても、すぐに二人の言い合いがはじまる。……巨大なプリンを作ろう。


 目の前で言い争う二人。しかも、その原因、中心人物は私だ。

 私の事で争う、私の好きな人達。


 今日二度目の既視感に、私は気分の悪さを感じて屈み込んだ。さすがに二人も、私の様子に言い合いを止める。


「ミチル? どうしたの? もしかして、怪我が悪化した? ……ごめん。ごめんね。わたしのせいだね」

「こんなことしている場合じゃなかった。ごめんミチル。医者を呼んでくる」

「ううん。治療はもうされているから大丈夫……ちょっと疲れが出ただけだと思う。少し休みたいかな」


 私は、アリスに掴まって前に使っていた部屋へと連れて行って貰う。具合が悪くなった私に、二人の言い合いが再開することはなかった。




 嫌なことを思い出してしまったのは、ショックなことがあったから。怪我で弱っているからだ。

 手足のじくじくとした痛みは、心に感じた痛みを現したかのようだった。

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