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◆35 物語の続きは

※異世界に来ました。

『____』


 親密になる二人を、相応しくないと引き裂こうとする悪い魔法使いがおりました。地位ある王子とただの市民である少女が結婚することは許されないことなのです。


 悪い魔法使いは、少女に密かに嫉妬する妖精を騙して、特製の毒リンゴを少女に食べさせました。




***




 頭が重い。身体中が痛い。力が抜けそうになるのを我慢して、私はゆっくりと目を開けた。


 どんよりと雲が垂れこめていた筈の夜空は、赤く染まって焼けていた。朝だろうか。

 車に追われて轢かれたのは、全て夢だったのだろうか。路上でうたた寝をしてしまって、そのまま朝になったとか。

 ぼんやりと考えながら、仰向けに寝転がる私の上を、パステルカラ-の小鳥たちが飛び去っていく。


 ならば、あっちが夢ならこちらは現実とでも言うのだろうか。それは絶対に認めたくない。


「……痛っ」


 体を動かそうとすれば、どこが痛いのかわからなくなる位にあちこちが悲鳴を上げた。

 そう、夢じゃないのだ。


 私が車に轢かれたことも、またこのメルヘンな世界に来てしまったことも夢なんかじゃない。私の現実だ。


 色々と衝撃過ぎて、私はしばらく呆然とカラフルな鳥たちが飛んでいくのを眺めているしかなかった。しかも、朝と思ったのは夕焼けで、空が暗くなっていく。

 この世界は星がよく見える。アルに突き落とされたときも、同じ景色を見た。だからか、綺麗な夜空を見ると悲しい瞳を思い出す。そういえば、この世界に落ちたとき、最初に出会ったのはアルだった。魔法使いだというアルならば、傷だらけの私をいとも簡単に救えるんじゃないだろうか。


「おや? ミチル……かい? そんなに傷だらけでどうしたというんじゃ? おお、泣くでない」


 現れたのは、赤いずきんを被った老婆だった。気づかず私は泣いていたらしく、グリムおばあさんは私の頬を拭ってくれる。


「っおばあさん……?」

「こりゃ、泣くのは後にしんしゃい。動けるかえ? 頼りない老体じゃが掴まれ。杖も貸してやるから、一度わしの家に行くぞよ。だから泣くのは後じゃ」


 思いもしなかった人が、私に死んで欲しがっていると知り、悲しくて心細かった。そこへ、差し伸べられた手が嬉しくて、私の涙腺は崩壊した。

 子供のようにだらだらと涙を流す私に、グリムおばあさんはため息をつきながらも手を貸してくれる。経験したことのない痛みに、私はうめきながらも頑張って体を起こして立ち上がった。


 グリムおばあさんを支えにするには、本当に頼りなくて、どつかれまくったけれど、私は何とかおばあさんの家に行くことができた。


 


***




「もう痛みはひいたじゃろう? すまんな、魔女とはいえ傷を治すのは難しい事でな。飲ませたのは痛み止めじゃから、しばらくしたらまた痛み出してしまう」

「いいえ、助けて頂いてありがとうございます。一人じゃ動くこともできませんでしたから……っ」

「そんなに泣くでない! 痛くて泣いているんじゃないのはわかっているぞよ。深くは聞かないが、そう泣かれては困る」

「ごめんなさい」


 グリムおばあさんの家に着くと、寝台を貸して貰い治療を受けた。薬草を磨りつぶした物を塗って、包帯を巻く。現代の医療しかしらない私には驚くばかりだったが、飲んだ薬もあって痛みは無くなり、支え無く動けるくらいに回復した。

 涙はなかなか引かなくて、さっきからグリムおばあさんに怒鳴られている。


「おおかた、この荒れている世界のいざこざに巻き込まれでもしたのじゃろう?」

「……荒れている?」

「知らないのかえ? ああ、魔に通じぬ者にはわかりにくいことかもしれぬな。お主でも分かることと言えば……城も同じ様に荒れていると言うことくらいか」

「……グリムおばあさん、私がアリス達とこの家に泊まったのはどれくらい前になる?」

「そう昔では無かったが、……すまんのぅ、老いぼれの頭じゃ。昨日、一昨日と近い日ではないのう」


 城にはアリスやヘンゼル、リンク達が居る。荒れているの意味はよくわからないが、彼女たちに何か良くないことが起きているらしい。

 私が元の世界に戻ってから、こちらではどれほどの日にちが経ったのだろうか。どうやら、私が帰ったときのように、数時間も経ってないという訳ではないようだ。

 だとしたら、私が居なくなった後アリス達はどうしているのだろう。アリスは、私を捜してくれているんじゃないだろうか。


「お城への行き方を知りませんか!? 私、お城へ行かなくちゃいけないかもしれないんです」

「藪から棒になんじゃい。あのアリスとか言う少女に会いに行きたいのか? 残念じゃが、わしはお城へ行ったことがないからのう。闇雲に行こうとしても無駄じゃぞ? わしが住んでいるこの森は、迷いの森と言われているのは知っておろう」


 前に、リンクが話していた。道案内が居ないと迷ってしまうのだと。

グリムおばあさんが知らなければ、他に私が頼れる人はこの森に居ない。ややこしい名前の悪魔の洞穴に行くにしても、森の様相は大きく変わっていたから、無事にたどり着ける自信がなかった。


「道を知らぬ者がただ通れば迷う森じゃ。……しかし、お主ならあるいは迷わないかも知れぬ」

「……へ? 私なら?」


 グリムおばあさんは、私を穴が開くほど見つめてきた。眼光が鋭すぎて本当に顔に穴が開いてしまいそうだ。


「この森はな、迷うと思うから迷うのじゃ。生い茂った草木に、道のない森。誰もが己の通った道筋を覚えてはおれぬ。じゃが、強く思うことができるなら、お主は迷わないかも知れないぞ」


 リンクに案内されて来た時もそうだったが、この森は普通の森よりも草木の茂り具合が多かった。だから私は一度迷ったのに、そんな私なら大丈夫だとグリムおばあさんは言う。


「例えばのう……ミチルが一番に会いたいと思う人を考えて行けばよい」


 そうして、グリムおばあさんは冗談か分からない笑みを浮かべた。



 一番に思いついた人は元の世界に居る、お爺さんだ。

 私の死を願う人が居たとしても、私はお爺さんに会いに帰らなければいけない。私が帰る場所は、お爺さんの元なのだから。

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