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◇34 殺意

 暗くなっても、どんよりと分厚い雲が空を覆っているのが分かった。

 

 刺すような冷たい風が吹いて、私はマフラーを首にしっかりと巻き付ける。この様子だと、今夜雪が降るのかもしれない。今年の初雪だ。


 同じく下校する学生達と共に、夜道を歩く。

 考えてみたら、事件以来初めて一人での下校だ。いつもなら、夏目と楽しくしゃべりながら帰っていたから、静かに感じる。


 前を行く二人組の学生を見て、私は寂しくなってしまった。着実に、夏目に毒されているようだ。

 怪我をしたと言っていたが、軽傷で良かったと思う。明日お見舞いと称してクッキーでも渡そうか。料理の腕前を試すのも良いかもしれない。今では、家政婦の竹宮さんをうならせるほどに、私の腕前は上がった。

 そうなったら乙姫の分も作ろう。今日は渡せないが、お爺さんの分も。何味が良いか、聞いてみよう。


 お爺さんは何が良いと言うだろうかと考えて、心が弾んだ。今日こそは忘れないように、絵本も持って行かなければ。

気づけば、前を歩いていた二人組もいなくなっていた。




 女性の叫び声のような音と共に、枯れ葉が舞った。


 突然、私の耳に大きなエンジン音が聞こえた。近くで事故でも起きたのかと、私は足を止めるが、その音は私の居る方へ近づいてきていた。

 黒い車が住宅街の角を曲がってきたとき、心臓が一つ跳ね上がったと同時に私は走り出した。


 車は電柱にサイドミラーをぶつけても、スピードを緩める気配がなく、猛然と私に向かってきたのだ。


 寸での所を、横道に身を滑り込ませて避けた。間近を黒い車が通り過ぎていく。車体は傷とへこみだらけ。一瞬見えたナンバープレートは真っ白だった。車は、またもブレーキ音を響かせる。

 私は恐怖に体が冷たくなった。寒さを感じるほどなのに、どっと汗が噴き出してくる。


 私をひき殺そうとした? 何故?


 車のエンジン音が再び聞こえて、私は考えるのを中断すると走り出した。車は私を追ってくる。

 叫び声を上げたいのに、息が尽きて走れなくなる恐怖に、私は声も出せず必死に逃げるしかなかった。

 またも私が避けた寸前をボロ車が通り過ぎていく。そして、私はまた走り出す。


 しかし、奇妙なことに黒い車は私が何とか避けられる速さで追ってくるのだ。おかしいと思ったときには、私はいつの間にか工場らしき場所に誘導されていた。人目もなく、隠れる場所もない広場。


 何度も追いかけられて転んだ私は、車に負けないほどに傷だらけになっていた。手には血が滲み、剥き出しの足は擦り傷だらけ。片足を捻ってしまった。

 障害物のないここでは、もう逃げることはできない。


 車は、闘牛のように私を狙ってくる。車のライトのせいで、運転手は全く見えなかった。


 それでも、乗っているのは私を電車でひき殺そうとした何者かと同一人物で間違いない。明確な殺意を持って、私を殺そうとしている。

 見えない相手からの負の感情と、死の恐怖に、私は猛烈な吐き気を覚えた。


 私はまだ死にたくない。


 今日もお爺さんのお見舞いに行って、どんなクッキーが食べたいか聞きに行きたい。それに、あの絵本を読むのだ。やっとたどり着いた何度目かの最後のページ。

 あの青い魔法使いを彷彿とさせる青い鳥。彼と会ってから、同じ絵本が違う内容を持つように見えた。

 それを、お爺さんに伝えたい。

 お爺さんに、会いに行かなくちゃ……。


 車は無情に、私に向かってきた。多分、私は泣いていたと思う。最後だというのに、叫ぶこともできなかった。


 視界が白に埋め尽くされて、目を閉じた。体に重い衝撃を感じて、痛みに思わず目を開けたとき、私は車内を見た。


 私に、死んで欲しいと願う女性が見えた。



 それは、痛みによるものなのか、ショックによるものなのか。

 私の視界は反転して黒に染まった。

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