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◇33 日常②

 何事もなく過ぎる毎日。


 朝早く起きて、学校へ行って、友達とくだらなくも楽しいおしゃべりをして、お見舞いに行って、お爺さんに今日あった出来事を話す。

 日に日にやせていく枯れ木のようなお爺さんに、私は元気になって欲しくてたくさん話をした。どんなに些細なことでも、お爺さんは眼を細めて笑ってくれた。


 楽しくて、幸せな日々は、下を向けば薄氷の上にあることくらい……心の奥底でわかってた。




 今日は調理実習があった。作る物はアップルパイ。

 それを聞いたとき、私の頭に浮かんだのは赤いずきんを被った老婆だった。事件があった日からかなり経つというのに、よく覚えている物だと自分の記憶力に感心する。これが試験に使えればいいのに。


「時宮さん手慣れていますね。家でもよく作るの? その出来なら、他の料理も上手でしょう」

「えっ? あ、はい。何個も作る機会があったもので」

「一個くらい、あたしにくれれば良かったのに」


 お城で一回、グリムおばあさんの家で三回も作った。材料が微妙に違っても手順は同じなのだから、慣れた物だ。それに、夢の中で連日の如く調理を続けていたのだから、私にとって料理は生活の一部だ。サボっていたお弁当づくりも、再開した。

 先生に褒められた私に、乙姫が不満そうに言う。ちなみに、彼女が作っているアップルパイはお世辞にも美味しそうには見えなかった。パイ生地から中身が飛び出していて目も当てられない惨状だ。


「出雲さんはもうちょっと丁寧にしないと駄目ね」

「あたし食べるの専門なのでー」


 先生に注意され、やけくそ気味な乙姫は、リンゴのバター煮でパイを包んだように見える謎の物体を、私のアップルパイの隣に乗せてオーブンに入れた。見た目が汚くても、食べられない物では無いはずだ。


 長年付き合ってきた私から見て、乙姫ははっきり言って不器用だ。そんな所がアリスに似ている。眼鏡を外せば美人な所も。

 パイが焼ける間、私はぼんやりとそう考えていて、ハッとした。


 あれは夢なのだ。まるで、本当に経験したことがあるような感覚に驚いた。これなら、夢の中で試験勉強すれば効率が良いんじゃないかと思える。反則な気もするが……。


「あ、できた! はい、満はこっち」


 考え事をしていたら、いつの間にか私の目の前に材料はアップルパイの謎の物体が出された。見た目からパイアップルと名付けようか。


「入れ替えても無駄ですよ。見なくてもどれが乙姫さんが作った物か、わかっちゃいますから」

「はーい。あたしは美味しい物が食べられればそれで満足なんです」


 出来を見に来た先生を乙姫は意にも介さず、私が作ったアップルパイにフォークを刺した。私の視線は感じ無いというように、おいしそうに食べている。

 私も乙姫の作ったものを口に入れた。これはこれで、ありじゃないかとも思う。


 その甘い味は、私が現実と夢とを重ねる思考を打ち消してくれた。




***




「ここで、毒リンゴを食べて眠ってしまった主人公に、王子がキスをして目覚める! 愛の力によって、眠りの呪いは解けて、めでたしめでたし。やっぱり王道が一番うけるわっ」


 放課後、またもやわたし達二人だけしかいない部室で、乙姫が声をあげた。小説の終わり方が決まったらしい。どこかで聞いたことのある締めくくりだ。勿論反応する声は私だけ。

冬休みもすぐなので、ここ毎日わたし達だけしか部室に来なかった。地味な部活なだけあって、幽霊部員も多いのだ。


「そういえば、悪い魔法使いはどうなるの? 倒れてその後は?」

「簡単に言えば死亡ね」

「あっさりだなあ」


 悪い魔法使いは、ドラゴンに変化して王子に襲いかかるが、王子の持つ聖なる剣のひと突きで倒れてしまうらしい。主人公を取り合ったりと悶着したというのに、なんとも呆気ない終わり方だ。


「悪役なんだから、やられないと駄目なのよね。読んでてスッキリしないと面白く無いじゃない?」

「確かにそうだよね。悪役も大変だ」

「一番肩張るのって悪役なのかも。どんなに辛い過去があったって、物語にはいらないし。つまらなかったら、売れないからね」

「ちょっと、待った。……売るつもりなの?」

「うん。締め切り明後日。ちなみにもう一本書かなくちゃいけない」


 乙姫、良い笑顔。眼鏡が円マークになっている。締め切りがあったとは、乙姫の目の隈にも、うなずけた。

 まさか自分の経験がネタとして、販売目的に利用されるとは。大きく改変されて、別物になっていたとしても世間に公表されるのは遠慮したい。それに……。


「その終わり方は無いんじゃない? 色々と混ざりすぎ」

「ふふふ、最後力尽きてね。あんたのツッコミを待っていたのよ」


 そうだろうと思った。手抜きも良いところだ。

 乙姫は影を背負って黒く笑った。ここずっと紙と面談していたのを見ていたから、いき詰まっているのがよくわかる。


「せっかく王子と恋に落ちたのに、主人公には現実の世界が待っているんだもの。どう収拾をつけたらいいのか迷ってるの」

「ああ、異世界トリップのよくある問題だよね」

「面倒だし、いっそのこと、主人公殺そうかな……」

「悲恋もの!?」


 現実世界の方でだと乙姫は言うが、その笑いも合わせて話題が殺伐としてきた。この様子だと、主人公はどちらにしても臨死体験は免れないらしい。物語の話とはいえ、不憫だ。


「と、あんた時間大丈夫? あたしはもうちょっと煮詰めるわ。夏目探して帰りなさいよ。っていうか、あいつ今日は珍しく来ないわね」


 話し込んでいたら、外は真っ暗だ。この分だと、面会時間に遅れてしまう。


「うん、そうするよ。小説できあがったら私にも読ませてね」

「お金払ってね」

「友達価格でお願いします!」


 鞄を手に部室を出る私に、後ろからアップルパイ付ねと声が聞こえた。私のアップルパイを気に入ってくれたのだろうか。




 校庭からサッカー部のかけ声が聞こえるから、部活動はしているようだ。部室へ行けば、いつも通る度に見えていた女子軍団がいなかった。夏目は外だろうか。


「夏目? さっき相手チームにエルボー食らわされて保健室行っちゃったよ」


 夏目の先輩らしき人が、部室に顔を覗かせた私に教えてくれた。だから女子達が居なかったのか。私は、先輩にお礼を言って保健室に行った。


 そして、後悔した。保健室の扉の前に、女子軍団が出現していた。その固まりたるや、一個体のモンスターに見える。

 近づいてきた私に、その内の一人が気付いて話しかけてきた。


「確か、あなたは夏目君の友達の時宮さんよね?」

「う、は、はい」


 普段、夏目は女子達と一緒に居ることがないから思わなかったが、かなりもてているようだ。軍団といっても、女子数人なわけだが、それでも威圧感を感じて怖じ気づいてしまう。漫画みたいに女の嫉妬とかあるのかなと、私は構えた。


「今ね、保健室は怪我人以外入室禁止なの。だから、夏目君があなたに伝言をって。文芸部に一人行ったんだけど、すれ違わなかった?」

「い、いいえ……?」

「夏目君、そんなに大けがじゃなかったみたいなんだけどね。今日あなたを家に送れないから、乙姫さんって子と帰るようにって」

「そうだったんですか。教えて頂いてありがとうございます。夏目にお大事にって、よろしくお願いします」

「ええ、わかったわ。気をつけて帰るのよ」


 私の構えは杞憂だった。話しかけてきた女子は、親切に教えてくれた。入室禁止は、多分この人達のせいだろうけど。




 乙姫は締め切り間近の小説で忙しそうだし、夏目は怪我をしてしまったなら仕方ない。大事にして欲しい。今から帰るとなると、病院の面会時間ぎりぎりだ。


 私は一人、下駄箱へ向かった。

メメタァー(゜_゜;)

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