◆27 呪いが解けた王子様
馬車から降りる私たちを、ヘンゼルが笑顔で出迎えてくれた。それも、わたしを見るまでだったけど。
「おかえり二人とも。……ミチル、その髪は?」
暑かったからと言ってもごまかせないだろう。気負いして欲しくなかったけれど、ヘンゼルの潤んだ瞳を見てそれは難しいと私は悟った。
ヘンゼルは私の肩上で揺れる髪に手を添える。自然に触れてきたので、意識する間もなかった。
「ぼくの……ためだね。綺麗な黒髪だったのに、ごめんよ……本当にごめん。どう詫びたらいいだろうか?」
「……髪はまた伸びるから。気にしないで」
淡く笑う私に、ヘンゼルは顔を近づけて来た。今度こそびっくりして硬直する私の頭に口づけを落とすと、ごめんと呟いて、ゆっくりと離れた。触れられた所に意識が集中してしまう。
アリスは固まる私の腕を、対抗するように抱きしめた。
「わたし達、悪魔に会ってきたよ。呪いは解けたと思うけど、どう?」
「そうか、……ありがとう。申し訳ないけど、まだ実感がわかないんだ。夜になったら、分かると思う。お疲れ様、今日はゆっくり休んでほしい」
「うん、そうする」
まだ固まっている私をアリスが部屋まで引きずってくれた。
だんだんとヘンゼルのスキンシップが増長しているのは気のせいだろうか?
その夜、ヘンゼルに呼び出されアリスと二人会いに行けば、そこには明るく笑う王子様が居た。
***
王子の呪いが解けた翌日、城では内々の宴が催された。王子の側近達が集められ、小規模ながらな豪華な宴になっていた。演奏家が呼ばれ、踊る男女もいる。
その宴に、アリスと私、リンクも招待された。ドレスや装飾品も貸して貰い、舞踏会ほどでは無いがそれなりに装って参加した。私の中で舞踏会はもはや黒歴史だ。
「彼女たちがぼくの恩人なんです」
嬉しそうにヘンゼルが、無表情の貴族達に私たちを紹介する。
あらまあと、貴族達は私たちを褒め称えていくのだが、内々とはいえ集められた人々は数えられない位にいる。王子の恩人として延々と紹介され続けていたのもあり、精神的に疲れてきた。
「大丈夫? 具合でも悪くなった?」
「ううん、ぼーっとしちゃって」
桃色のドレスを着たアリスが、心配そうに私を見る。美少女は何を着ても可愛い。結い上げられた銀髪を見て、切る事にならなくて良かったと思った。
「あのねミチル」
「ん?」
「怒ってないから」
手を組んでうつむくアリスは、私の短い髪を言っているようだ。
森からは三人無言で城に帰ってきた。その後も特に話はしていなかったから、ずっと気まずい空気だった。
「怒ってたわけじゃなかったの……わたし、悲しかったの」
「……悲しい?」
「うん。わたしが側にいるのに、ミチルは自分を大事にしてないって思ったから。お願い、もっと自分を大事にして?」
アリスの言葉が胸に深く沈んだ。――後にこの言葉を私は思い出すことになる。
「……わかった」
「うん!」
仲直りねと、アリスは花が咲いたように笑った。
「二人とも、何か食べたらどうだい?」
あいさつが一区切りついたのか、ヘンゼルが飲み物片手に呼びに来た。今夜彼が着ているのは黒に赤い線が入った正装だ。前の白い物と違い妖しげな印象をもたせるが、ヘンゼルが着れば落ち着いたものになっていた。
「二人には言葉に表せないくらい感謝してるんだ。あいさつに付き合わせてしまってごめんよ。主役には楽しんで貰いたいんだけど、なかなか上手くいかないな」
「そんなことないよ。ミチルもわたしもオシャレが出来たり、おいしい物が食べられて楽しいし」
「アリス、あのハンバーグおいしいわよ!」
リンクは一人料理を楽しんでいた。他の人々に珍しがられるのではと思ったけれど、誰もリンクに気が付いていない。無視されてしまうのでアリスに聞けば、妖精だかららしい。己の姿を見せる相手を選べるという。
人混みへと離れていく二人を見て、ヘンゼルは私の隣に来た。
呪いが解けて以来、ヘンゼルはやけに私との距離を近く取るようになった。変に意識するのも恥ずかしくて、平然を装う私に彼は耳打ちしてきた。
「ぼくの大好物、知ってたんだね」
頬に柔らかく、熱い物が触れた。ヘンゼルは音もなく私から離れて片目をつぶる。普通の人ならキザで臭くなってしまうのに、そう感じなかったのは王子様だからか。
「料理作ってくれてありがとう」
真っ赤な私に囁いて、ヘンゼルもアリスの元へ行ってしまった。
料理長に頼んで作らせて貰ったのは、お店で出していたハンバーグ。ヘンゼルの大好物になっていたらしい。
ほっぺたにキス……初めてされた。
日本に暮らしていれば、そんなことをされる機会は無い。そう、ヘンゼルにとってあいさつと同じことだ。きっと、深い意味は無い。そう思ってないと、今にも頭が沸騰しそうだった。
こうして、王子様の呪いは解けて彼らは幸せに暮らしました……とはいかない。私の顔の熱が上手く引かないのと同じ様に。




