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◆26 銀の髪と黒の髪

私は名前を知っていると前に出た。そんな私に、アリスは驚いたようだ。悪魔の名前について、眠かったのもあって、話していなかった。


「どうしてミチルが知っているの?」

「昨日道に迷ったときに、あの悪魔が歌っていたのを聞いたんだ」


悪魔は私の言葉に笑みを止めて、真顔になった。


「あなたの名前は確か……ルンペルシュティルツヒヘン」


 頑張って記憶を掘り起こした結果だ。発音の微妙な違いはあるが、大体当たっていると思う。

 私が言った名前に悪魔は目を見張るも、口角を耳まであげた。次に顔を痙攣させてぷくりと頬をふくらましたかと思うと、風船が破裂したかのように吹き出した。


「ぎゃははは! はずれー。昨夜あそこに居たのはお前だったのか。引っかかるなんて、やってみるもんだなぁ!」


 は、はめられた!? 

爆笑する悪魔に、私は焦った。悪魔はわざと違う名前を言って私を騙したのだ。悔しい。


「……っおもしれーなあ。どうしても呪いを解いて欲しいって言うなら、美しい物をよこせ。珍しい物も良いぞ。そうだな、お前らの髪で許してやろうか?」


 悪魔はそう言って、何に使っているのか分からない錆びたはさみを投げよこした。

 先程からの不自然な視線はこのためだったのか。確かに、アリスの髪の毛は銀糸のように美しい。値打ちがついたとしても納得する。

はさみを拾い、自分の髪をアリスは見た。


「ま、待って! 名前……当てるから」


 咄嗟にアリスからはさみを奪った。衝動的な思いだった。

嫌だ。こんなに綺麗なのに切ってしまうなんて。


 やっぱり寝不足だったのが悪かったのだ。しっかり歌を聞いておけば良かった。名前を当てなければっ。


「えーっと……えーと、じゃあルンペ……」

「悪あがきか? 言えば当たるってもんじゃないぜ?」


 にやにやと黄色い歯を出して笑う悪魔に、焦りを抑えつつも私は考え込んだ。


「ルシュティ……ルなんちゃらかんちゃらまで合ってると思うんだけど」


「……え?」


 ひびの入る音がしたと思えば、悪魔の手にある鏡が音を立てて割れた。


「ああああーーー!」


 悪魔の叫びが岩穴中響く。あまりの大きさに耳を手で塞ぐほどだ。


「なんでわかった! なんでわかった!? 騙せたはずじゃなかったのかっ!」


 狂ったように悪魔は鏡の残骸に頭を打ち付けはじめた。

 ルンペルシュティルナンチャラカンチャラ、なんとそれが悪魔の名前だった。適当に言った言葉がまさか名前だったとは。


「やったわミチル、すごい!」

「う、うん」

「……酷いじゃないか! これでおれさまは力を失ってしまった! 髪をくれたら解いてやると言ったのに!!」

「酷いのはあなたよ。自業自得じゃない!」


 アリスのもっともな意見に、悪魔は頭を振り乱して狂乱する。


「力を失った悪魔の末路を知ってんのか!? おれさまにはこの先地獄しかないんだぞ?! 恨むぞ。恨んでお前らに嫌がらせしてやる!」


どこまでも意地の悪い悪魔だが、涙目で泣き叫ぶ姿は哀れだった。

 悪魔から魔力を取ったら何が残るんだろうか、想像に容易い。はっきり言って無力な小さい鬼だ。物語で負けた悪魔が消えたり、死ぬのはきっとそういう理由があるからだったのだろう。


「じゃあ、私の髪をあげるからもう悪戯をしないと約束して欲しい」

「? ミチル、何を言ってるの!?」


 あの時手鏡に映っていた悪魔は、ヘンゼルにも負けない黒髪の美男子になっていた。好みなのかも知れない。アリスの様に真っ直ぐではないが、私のは黒髪だ。


「……良いのかお前」


 私たちは呪いを解いてもらえれば良かっただけで、悪魔の力を失わせたかったわけじゃなかった。お詫びってわけではなく、これから嫌がらせをしなくなるなら良いかと思っただけだ。いわば保険。髪はまた伸びるし。

 悪魔の返事を是ととって、私は持っていた錆びたはさみを肩上辺りに差し入れた。鈍い音をさせつつ押し切って、取れた房を悪魔に渡す。


「あんな糞王子のために……お前優しいな。その心に免じて、悪さはしないと約束してやる。もう王子の野郎に手は出さない。悪魔の約束は絶対だからな」

「うん。良かった。約束」


 悪魔の目がよほど嬉しかったのかきらきらと輝いていて眩しい。唖然とするアリスを伴い、私は早足に岩穴を出た。悪魔は出口まで、私の髪を抱えて見送ってきた。




「あたし、あんたのこと本当に大っ嫌い」

「リンク!」


 アリスの服の襟から、お団子頭だけを覗かせてリンクは叫んだ。アリスはリンクを諌めるも、俯いてしまう。


 やりすぎてしまったと思う。適当に行った名前がまさか当たるとは思わなくて、動揺していたのかもしれない。

 もっと冷静だったらこんな行動には出なかったのかもしれない。髪に未練はないけれど、自分でも後悔していたりする。

 アリスは短くなった私の髪の毛を見て、不満顔だ。


「ごめんねアリス」


 雰囲気が最悪な中言った私の言葉に、アリスは首を振る。


「違うの」


 アリスはそれだけつぶやいた後、黙ってしまった。

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