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◆24 気難しい赤ずきんの大好物

「葡萄酒貰ってきたよ。って、それは?」

「んー、これも手土産に持って行こうって思って。甘い物をとれば気分がよくなるって言うし。よし、準備は整ったね」


 大きめの篭に、アリスから受け取った葡萄酒を入れる。

善は急げ、話は決まったとばかりに今日はグリムに会いに行く。仮眠は取れた物の、アリス、リンク、私はそろって寝不足だ。


「早くしてよ。あたしのプリンは?」

「はいはい、これね」


 ついでに作った約束のプリンを渡す。リンクは機嫌良くそれを受け取ると、その場で吸い込むように食べてしまった。プリンって飲み物だったっけ……。

 ここ数日、リンクとはろくな会話をしていなかった。元々仲良く話すなんて出来ていないが。

アリスが私ばかり頼ってくるから不機嫌だったらしい。昨夜、夜食のついでに作ったプリンを渡したら教えてくれた。基本的に私が嫌いだっておまけも。

 それが、今はグリムおばあさんのことで頼られてリンクはご機嫌だ。

考えてみれば、アリスの相談相手だった立場を私が奪ったところもあり、気位の高いリンクに嫌われてしまうのは無理もない事かも知れない。


「? あんたが持ってる篭から良い匂いがするんだけど、何?」

「大した物じゃないよ。よかったらおばあさんの所で一緒に食べよう?」

「ふーん、良いわよ。ま、あんたのことは嫌いだけど、お菓子に罪は無い物ね」


 蝶の羽を羽ばたかせて馬車の中に入るリンクに続き、私は篭を手に乗り込んだ。




 馬車では森の中へ入れないので、入り口で待っていて貰うことにして馬車を降りた。その後はリンクの案内で、獣道を通って行った。近道らしいが、はぐれたら迷子確定だ。

 そういえばこの世界に来たとき、私は森に居た。あの森とは別の所なのに、明るくメルヘンな雰囲気は同じ。

パステルカラ-の花々に、水玉模様のキノコ達。色とりどりの鳥の陽気なさえずり。

お菓子の家が現れても私はもう驚かないと思う。


 日が昇り、少し傾くまで歩いていると――リンクは飛んでいる――森があけて建物が現れた。

屋根はチョコレート。壁はクッキー。窓はおそらく飴。はい、お菓子の……家? だ。

疑問形なのは、全く甘い香りがしないからだ。お菓子というより、お菓子をかたどった家に見える。それに家と言うには小屋に近い大きさだ。


「着いたわ。ここがグリムばあさんの家よ」


リンクはふわりとアリスの肩に腰を下ろす。

 すると声が聞こえたのか、ビスケットで出来た小屋の戸が開いて中から杖をついたおばあさんが現れた。腰が曲がっていて、身長はアリスの腰上位と随分小さい。

 赤いずきんを被っているが、顔や手には深いしわが刻まれ、ろくに手入れがされていないであろう針金のような白髪が覗いていた。極め付けは釣り針のように曲がった目立つ鷲鼻。無愛想な表情もあって、悪い魔女に見える。

 アリスと私はぺこりと頭を下げた。


「こんにちは。突然の訪問ですみません」

「ふん、わしに用が有るのはわかっているよ。例の物はあるんだろうね?」


 外見にそぐうしわがれた声で、グリムおばあさんは乱暴に杖を振って言った。

私は篭の中にある葡萄酒をグリムおばあさんに手渡す。赤い液体で満たされた瓶を見て、長い鼻を鳴らした。


「まあいいか。で、何が聞きたいんだい?」


 グリムおばあさんは腰を庇いつつ杖にもたれるように立った。


「ヘンゼルの、……王子の呪いを解く方法を知りたくて。おばあちゃん、何か知らない?」


 見るからに気難しそうな老婆相手に、アリスはよく言えば人なつっこい、悪く言えば馴れ馴れしい態度で聞いた。ぎょっとする私を余所に、グリムおばあさんは気にした風もなく、手の中の瓶を撫でて答える。葡萄酒があれば何でも良いのか。


「ああ、狼王子ね。全く、気の毒なもんだよ。何もしていないって言うのに、勝手に嫉まれてまあ……。あれは悪魔がやったのさ。呪いをかけた悪魔なら解けるだろう。わかったら、用は済んだよの? さっさと帰りな」


 ……それだけ?

億劫そうに戸を開けて小屋へ入ろうとするグリムおばあさんを、アリスが慌てて引き留める。


「待って待って! その悪魔はどこにいるの? どうしたら悪魔に解いてもらえるの?」

「見て分からないのかい? わしゃ腰が痛いんじゃ。年老いた婆を長い間立たせておいて悪いと思わんのか」

「じゃあ、中で話そうよ」

「図々しいのう。何で家にお主らを上げねばならん?」


 グリムおばあさんは帰れとばかりにすり切れた肩掛けを翻す。その風に、篭の中から甘い香りが飛んだ。

そうだ、持ってきてたんだと、私は思い出し、篭の蓋を開けた。


「あの、よければこれ……ご一緒に食べませんか?」


 お城というだけあって、珍しい物が様々有った。その中に、普段は観賞用として置かれていた果物があり、味も私の知っている物だったから、手土産に丁度良いかなと徹夜で作ってきたのだ。寝そうだったからっていう理由もある。

 篭の中から甘酸っぱい香りがその場に漂った。グリムおばあさんにも届いたらしく、振り返る。


「なんじゃいそれは?」

「お菓子です。アップルパイといいます」

「あ、今朝作ってたのね。うわあ、おいしそう」

「悪くないわね」


 バターとリンゴの良い香りがする。味見もしたし、出来は悪くない。篭をのぞき込む三人の内、ごくりと誰かの喉が鳴った。


「……良いだろう。茶の準備をしな」


 入れってことらしく、グリムおばあさんは奥に行ってしまった。


「うわっ、入れてくれるのっ!?」


 相当珍しいことなのか、アリスの肩の上でリンクが焦ったように呟いた。




***




「ふむ、あの赤い実がこのパイの中に入っているのかえ?」

「はいそうです。そのまま食べられますし、食用になるんですよ」

「そうかそうか。毒を仕込むのに最適な実だと思うておったが……ほほほ、食べられるのか」


 パイを崩しながら不気味に笑うおばあさんは冗談じゃと言う物の、目が笑っていない。


「それで、王子に呪いをかけた悪魔はどこにいるの?」


 アリスもパイを頬張りながら話す。リンクにいたっては、すでに自分の分を平らげて残りに手を伸ばしていた。

 小屋の中は外見とは裏腹に普通だった。暖炉や家具、全てお菓子ではなくちゃんとした資材で作られている。大鍋や妖しげな瓶も特になく、ちょっと安心した。


 私たちは普通の木机にケーキと茶器を並べ、お茶をしていた。

 甘い物は食べると気分が良くなるし、頭の回転も速くなると言う。事実、アップルパイを四人で食べているこの場は和やかな雰囲気だ。グリムおばあさんはさっきの態度と打って変わって、おいしそうにパイをつつく。気に入ってもらえたらしい。


「ここから数刻ほど行ったところに岩穴があって、そこに住んでいる。悪魔は真名が弱点らしい。じゃが、奴はいたずら好きでな。いつも誰かに悪さをしているもんで住処に居るとは限らん」


 もう外は暮れ始めている。今から悪魔を探すには遅い。今日は一先ず帰るしかないだろう。


「それにしてもおいしいのう。どうじゃ、他にも何か作らんか? そのかわり、今夜はここに泊まっていくが良かろう」

「良いんですか?」

「うむ、わしはお主が気に入った。赤い実もすぐそこにあるゆえ、このパイも作っておくれ」


 明日は悪魔を探すことになる。住処にずっと居ないというのはちょっと厄介だ。確かに、今夜此処に泊まれば探す時間が十分に取れる。


「そうだね、おばあちゃんの言葉に甘えよう。おばあちゃん、ミチルの料理は全部おいしいから期待して良いよ」

「そうそう、まずくはないわよね。あ、あたしの分のパイも作って」

「ならわたしのもお願い!」


 持ってきたパイはもう無くなってしまった。四人いるとはいえ、よく食べたと思う。それなりに上手く出来て良かった。

次はもうちょっと大きめに作ろうと、私は最後の一かけを口に入れた。




 森の入り口まで戻り、御者の人に明日迎えに来て欲しいと伝えた帰り。


「アリス-、リンク-?」


 日がもうすぐ落ちる。一応進む方向は合っていると思うが、いっこうに二人に会えなかった。……はぐれてしまったのだ。

 馬車を見送ったとき、見たことのある赤い服を着た小人が道を横切っていった。ついそれに気を取られていたら、アリスとリンクは先に行ってしまった後で。


 薄暗い中、不安ばかりが募る。歩調もそれに合わせて重くなっていった。どれくらい歩けば、アリス達に追いつけるだろうか。


(ミチル、こっちよ)


 覚えのある声が聞こえた。グリムおばあさんと違って姿にはそぐわない、甲高い女性のもの。目をこらせば、木立に夢の中と同じ破れたローブドレスが見えた。


「魔女?」

(ええ、わたしよ。ミチルのおかげで、姿を具現化出来るようになってきたのよ。さあ、こちらに進みなさい)


 進む方向に自信がなかったのもあって、私は素直に魔女の後を付いて行った。先程まで歩いていた道からどんどん離れていく。

 具現化と言っても、幽霊のように透けている。長くうねる長髪に、骨の体と完全にお化けだ。


(失礼な子ね)

「……魔女?? どこ……?」


 怒りを含んだ声と共に、その姿はかき消えた。景色は変わっていない。ここで放置!? 

 そうだ、夢の中では声にせず思うことで会話居ていた。夢じゃなくても考えを読まれてしまうのは同じなのだ。つい零してしまったのが悪かったか。後悔しても遅い。

 とりあえず進むしかないと草をかき分けると陽気な歌が聞こえた。


「かーがーみよかーがーみー、世界で一番美しいものは何だい♪」


 ちかちか光っていると思えば、それは腕の長さ程ある大きな手鏡で、それを持っているのはいわゆる小鬼だ。角はないが、とがった耳と鼻を持ち、目はつり上がっている。肌は赤黒く、背丈は私のひざ程も無い。

奇妙なことに、醜い容姿とは違い鏡に映っていたのはつやつやの黒髪と白い歯が眩しい美男子の顔だった。


「かーがーみよかーがーみー、世界で一番格好いいものは何だい♪」


 鏡を自分に向け、くるくる回りながら歌う。


「それはこのおれ、ルンペルシュティルツヒェン!」


 ばっちりポーズまで取って、小鬼は木々の中に消えていった。やけにわざとらしく聞こえたのだけど、気のせいだろう。




 えーっと、何て言ったっけ?

私は欠伸を手で押さえて、今更ながらに昨日徹夜だったのを思い出した。

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