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◆22 料理番の憂鬱と侍女の探究

「昨夜? わたしぐっすり眠っちゃってた」

「あたしが恐いって叫んでも全く起きてくれないんだもん。眠れなくてずっとアリスにしがみついて震えてたのに!」

「だから朝私にくっついてたんだ。うあー、すごい隈ができてるよ?」


 イヤーっと叫んでリンクはアリスの部屋備え付けの洗面所へ飛んでいった。

そういえばアリスはものすごく寝入りが良くて、不眠とは無縁の人だった。毎朝私が早起きして身支度をしている間も全く起きなかった。

 私もリンクみたく、あの遠吠えを恐いとは思わず、安眠した。案外私は神経が太いのかも。心臓に毛が生えていたりして。間違いなくアリスは生えているだろうけど……。


「それにしても良かったねミチル。料理番なんてぴったりじゃん。何でかわたしはヘンゼル付きの侍女になっちゃったけど。そろそろ行くね、お先に」

「うん、頑張ろうね。いってらっしゃい」


 朝起きてすぐに、侍女の人がヘンゼルからの伝言を伝えに来た。アルが言っていたとおり、私は料理番として、アリスは侍女として働かないかと。

当初はアルの怒りを買う前にお城から出て行こうかと考えていたが、アル自身に言われ、断る理由も無くなったので了承した。

 アルは城の要人だから人事の采配もできるのだろうか? でも、アルはお城だけじゃなくこの世界そのものを支配しているような、そんな気が私はしていた。

 確かに、料理番ならヘンゼルと関わることは皆無だ。アリスが侍女なら距離を置ける。

そう、……傍観していれば機嫌を良くしてアルが私を元の世界へ返してくれるかもしれない。


 駅で背中を押された感触や、アリスの悲しそうな顔が頭に浮かんだが、私はそれを振り払うようにして部屋を出た。




 料理番の仕事は中々に忙しく、やりがいがあった。城の人々は町人同様やっぱり無表情で慣れないが、皆親切で優しかった。何より、新しい料理に喜んでくれた。

 新人なのに下ごしらえではなく、調理へ回されたのにはちょっと驚いたが、ヘンゼルに言われたとおり料理長にレシピの詳細を事細かに教えれば、馬鹿にするでもなく真剣に聞いてくれて、かつアレンジされていった。さすが無表情でも料理長、本業の人だ。


 同時に、作られた新しい料理が消えていく事件が頻発した。言うまでもなく犯人は長靴を履いた猫だ。 不思議なことに犯人は私しか目撃しておらず、捕まる気配は一切ない。幸いなのか、材料はたっぷりあるので大きな問題にはならなかった。

作った先から無くなるのは少しばかりイラッとしたが。


 アリスも初日ながら持ち前の明るさで上手くやっているらしく、合間に顔を覗かせる。


「ミチルの料理、やっぱり評判良いね。……ヘンゼルもおいしいって絶賛してたよ」


 王子付きの侍女と言うことで、食事を届けたりしているとか。ヘンゼルとアリスは仲が悪いのか、あるいはアリスが一方的にヘンゼルを嫌っているのか、アリスはちょっとむっつりしながらも教えてくれた。


 そうやって目を離した隙に私が作った料理は消えていたりする。




***




 ハッキリと見える魔女の姿。見るたびに存在感が増している気がする。


 ねえ、魔女は知っているの? あの狼の声について。


「ええ、勿論知っているわよ? なあに? 魔法使いに同情して従うんじゃなかったの?」


くすくすと魔女は私を嘲った。細い体はそれだけで折れそう軋む。骨がこすれる不愉快な音がした。

 アルに同情したつもりなんて無い。何に同情すればいいというの? ただ、気になってしまっただけ。


「ふふ、それもそうね。ミチルは本当に面白いわ。魔法使いもあなたの行動は読めないみたいね。良いわ、教えてあげる。遠吠えをあげているのはこの物語のヒーロ-、王子様よ」


 ――え?


「ふふふ、あはは……ああ面白い。どんどん引っかき回してきて、ミチル。あなたのことだから、何かせずには居られないでしょう?」




 ――チル……


「ミチル」

「ん?」


 ぼんやりとする視界の中、苦しそうに吠える声が聞こえた。昨日より近くに聞こえる。

 アリスが申し訳なさそうに私をのぞき込んでいた。


「夜中にごめんね。さっき仕事からあがってきたところなの。二人が言っていた通り、本当に聞こえるのね。この遠吠え、お城ですごい噂になってて、実は化け物がお城に住んでいるんじゃないかって話なの」


 噂にならないわけがない。私も夜中にはあまり部屋から出ないようにって言われた。けっこう前から定期的に聞こえてくる物らしく、一体何なのか誰も知らないらしい。なのに、王や地位のある人々は放置しているとかで、どうもきな臭かった。

 そこまで聞いて、深入りしないと自分に言い聞かせていたのだ。


「私もその噂聞いたよ」


 私の方が仕事が終わるのが早かったようだ。部屋に戻ってベットにダイブしてから魔女と話した記憶しかないから、少し眠ってしまったらしい。


「そっか。リンクがものすごく怖がっちゃっててさ、なだめても聞いてくれないの。今わたしの部屋で毛布にくるまってるわ。わたし気になっちゃって、化け物の正体を突き止めたいの。付き合って欲しくてミチルを起こしに来たんだ。本当に何なのだろう?」


 ふと魔女の言葉が頭を過ぎる。舞踏会の夜、突然去った時は様子が可笑しかったけれど、まさか関係があるのだろうか?


「……アリスは怖くないの?」

「うん、怖くはないよ。だって苦しそうなんだもの」

「やっぱり、苦しそうだよね」


 突然、くうんと悲しそうな声が聞こえた。続く咳。

 それも、私の部屋の前から。


 私とアリスは顔を見合わせて、アリスが忍び足で扉に向かう。手に花瓶を持って。私は音を立てないようにそっとベットから降りた。

 

 ぱっとアリスは扉を開けた。


「――ぎゃんっ」

「待って!!」


 アリス越しに大きな狼が飛び上がったのが見えた。月明かりでかすかに見えた毛色は金。狼はその獣の速さで走りだす。


「ミチル、追いかける! これお願い」

「っうわ。アリス、王子のっ、ヘンゼルの部屋に行って!」

「わかったっ?」


 アリスが投げよこす花瓶を危うくキャッチする。部屋を出れば、狼に負けない速さでアリスが走っていくところだった。体鍛えてたんですかアリスさん……


 咄嗟にヘンゼルの部屋と言ってしまったが、魔女のことだ。情報に誤りはないだろう。

ヘンゼルの部屋は、城の上階。王子付きの侍女であるアリスなら場所を知っている。


「追いかけるの?」


 後ろからの声に振り向けば、壁にもたれて腕を組む猫がいた。心臓に悪い。


「どうせアリスが君を呼びに来るから同じ事だけどね。彼女を追いかけても良いよ。仕方ないと思うことにしたから。ある程度ならね」


 ところで、とアルの青い瞳が薄暗い廊下で光った。


「なんでヘンゼルが狼だって知ってるの?」

「……知らない。けど、教えて貰ったの」

「誰に?」


 嘘をついても、鋭いアルにはばれてしまうだろう。私だって魔女については分からないことだらけで信じられない。異世界トリップだからとか、無理矢理自分を納得させている。


「信じて貰えないかもしれないけど、魔女に教えて貰った。私の夢の中に出てくる……」

「魔女? 夢?? おかしなことを言うんだね」


 魔女はアルのことを知っていて、敵対視していたというのにアルはわからないみたいだ。


「嘘をつくならこっちにも手があるけど?」

「嘘じゃない。私もよく分かってないけど、嘘はついてない。魔女は、この世界に来てから私の夢に現れて色々教えてくれた。アルのことも――」


 すっと眼を細めて、アルが私の背後を見やる。つられて私も見れば、アリスが帰ってくるところで。


 視線を戻せば、案の定アルは居なくなっていた。

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