◆21 お姫さまか侍女か料理番か
お城に入ると、賓客扱い……いや、お姫さま扱いと言っても過言じゃないほどもてなされた。さすがにお風呂や着替えは一人でさせてもらったけれど。
夕ご飯は豪華……というには料理の品数が少なかったものの、以前ヘンゼルに教えたとおりの物が出てきた。口伝だったのもあって微妙に違ったりして、改めて料理長に細かく教えて欲しいと頼まれた。
「はあー」
宿屋とは比べられないほど柔らかい布団に顔から突っ込んで、ため息をつく。夕食を済ませ、アリスと別れて後は寝るだけだ。
そのまま寝返りを打って仰向けになった。見えるのは総レースの天蓋。両手を伸ばしてもベットの端には届かない。与えられた部屋は広く、置かれた家具は細工があり、職人が丹精込めて作ったものだとわかった。
あーあー、来てしまった。
お城。しかも賓客として無期限に滞在しても良いときた。侍女がついて、必要な物も用意してくれるという。
正直助かった。王子だからって何でもして良い訳じゃないだろうに、ヘンゼルはいい人だと思う。
さて、衣食住を保証されて一安心と言ったところだが、落ち着かない。アルのこともあるが、このお姫さま扱いには慣れそうもなかった。
お姫さまには憧れるけれど、なりたい訳じゃない。つくづく向いてないと思う。お姫さまなら他人に体を洗われることも日常で、嫌がらないだろうから。
「このままじゃ腐っちゃうよなあ……、何か仕事見つけないと」
ヘンゼルにおんぶにだっこ状態。今すぐは難しいけど、お城を出ることも考えなければ。未だにアルの顔が頭にちらついて内心真っ青だったりする。
「それに、アルに何されるかわかったものじゃないし」
「僕がなんだって?」
驚いて起き上がれば、ベットの脇にいつもの灰色猫が居た。明かりはつけていなかったが、窓からの月明かりで姿は確認できる。ただ、月光に猫の目が反射して迫力があった。らんらんと輝いている。
「常々思っていたんだけど、君に耳って付いているのかな?」
「ね、猫の耳ほどには聞こえないけど一応ある……よ?」
「じゃあ、君に目って付いているのかな?」
「えーっと、猫の目みたいには夜目は効かないけど、アルが怒ってるって分かるくらいにはあるかな?」
腕を組み私を見る青い瞳の瞳孔は、夜のためにまん丸で可愛いかもと現実逃避する私。あ、鼻の上に皺が寄ってる。いつもより顔が近いからかよく見えた。
「言っておくけど、アリスはともかくヘンゼルとは関わらないようにしたのに、向こうから来たんだからね」
甘かった。ヘンゼルの王子様マスクに私が弱いって言うのもあったけれど、ヘンゼルは私の思っていた以上に強引だった。お城への道中や食事時に、それとなく長居はしないと言っても笑顔で流され、ずっと居ても良いよと甘言というか、甘やかされる。助かるけれど、ぬるま湯につけられるようだ。
アリスはアリスで、ヘンゼルの言葉にいちいち眉をしかめつつ賛同した。リンクは私なんて居ないかのように無視だ。火事が起こる前よりいっそう嫌われた気がして悲しい。
「……認めたくはないけどそうみたいだね」
思い出してため息をつく私と、アルのため息が被る。怒っていたのではとアルを見れば、呆れたように頭を掻いていた。猫の姿なのに仕草は人間くさい。
「怒ってないの?」
「怒ってるよ。同時にこうも上手くいかないと、ため息しか出ない。アリスから君を離せないとかね。ま、今回は君が自ら動いた訳じゃないし、微々たる努力もしたとか。僕が怒ってるって思うくらいに分かっていたなら、ちょっとは進歩したって事かな?」
そう言ってアルは急に四つん這いになったかと思うとぐっと背を丸めて伸びをした。そこは猫なのか。月明かりにアルの毛が銀に反射する。普通にして話さなければ綺麗な猫なのに。
その時、細い獣の声が聞こえた。城中に響くほどだ。
「? 狼? お城に??」
「……」
城の外からではなくて、中から聞こえた。
「アル、今のは何? アルなら知っているのでしょう?」
「まあね。君には関係ないよ。深入りするなら容赦しないから。じゃ」
「あ、ちょっと!」
「あー、そうだ。君、明日から料理番として働いて貰うから。アリスは侍女。わかったね」
四つ足のまま――後ろ足二本には赤い長靴を履いている――器用にも戸を開けて音もなくアルは部屋から出て行った。
いつの間に部屋に来たのだろう? 魔法使い相手に無駄とは思いつつも改めてちゃんと施錠しておく。
ベットに腰掛ければまた遠吠えが聞こえた。苦しそうに途切れる声に、恐怖よりも疑問ばかり浮かぶ。ごろりと横になった。
この声は何だろう? 何故苦しそうに吠えるのか? アリスは不安がってないかな? アルは何故色々知っているのか? アルは一体……?
けれど、深入りしてはいけないとアルは言う。
……料理番として私がここにいるのは良いのか? とまた一つ疑問が浮かんで、私の意識は沈んだ。




