◆02 物語の異世界
進行と共に、ちまちま改稿しています。ご了承ください<(_ _;)>
体の感覚もない。
方向もわからない。ただ、ゆるゆると、漂う。
「――こんにちはミチル」
だれ?
懐かしい……艶のある高い声。
「わたしは魔女。あなたの助けになる者よ。今は訳あって、こういう形でしかあなたに会えないけれど」
わたしを助けてくれる?
何のことかさっぱり分からず、疑問だけが溢れた。眼前に誰かいるのが見えるのだけれど、水の中の様に形が定まらない。
黒い服を着た女性……だろうか。
「あなたに、警告があるの。……青い鳥には気をつけなさい」
青い、鳥……?
魔女の言葉を耳に残し、私は目覚めた。
***
私は時宮満、十六歳。
長い黒髪と黒目を持つ極々平凡の日本人で、世間で言うピチピチの女子高校生である。……十人並みな顔は置いておいて、胸が平均より無いのが玉に瑕だけど。
さて整理しよう。
私は冬間近の寒い中、入院中のお爺さんのお見舞いへ行くために電車に乗ろうとしていた。証拠に、今私の手に、お爺さんに見せようと持ってきた思い出の絵本がある。
題名は「青い鳥」。お爺さんと会わせてくれた大事な物語であり、私の唯一の宝物だ。その他、それを入れた鞄に財布やら諸々。
だけど、誰かに背中を押されて線路へダイブ。落ちたときに打った腕にはアザができた。線路の形にくっきりと。
……で、気が付いて今に至る。
ここは何ですか? 死後ですか? そうですか。
「こんなメルヘンな死後の世界があってたまるかっ!」
私の怒鳴り声に、目の前を横切ろうとした七人目の小人が、驚いてすっころんだ。他の小人と同様に、抱えていた大量の紙束をまき散らす。
実は先程から、どうしたらその小さい体でと思うほどの猛スピードで、私の目の前を小人が横切っていたのだ。
赤いとんがり帽子にビール腹を包む赤い服、髭もじゃの顔と見た目はサンタだが、抱えているのはA4サイズの紙束。小人達は私の膝にも届かない小ささだ。
こんな生き物、見たことが無い。絵本以外に。
「あ。ご、ごめんなさい。拾うの手伝います」
驚かすつもりはなかった。許容量を超えた感情を吐き出したくてつい叫んでしまった。
私は、申し訳なさに散らばる紙を拾うために近づくと、七人目の小人は目を剥き、顔を真っ赤にして、ものすごい速さで紙束を拾い集めて茂みへと消えてしまった。……ちなみに八人目は来ないようだ。
怒ったのだろうか。八つ当たりしたようなものだったので罪悪感を覚える。苦い思いに、私は肩を落とした。
「……なんなんだか、………はあ」
目覚めたのは、森の中だった。
見回せば、赤に白水玉の毒茸がはえていたり、パステルカラー一色の小鳥たちが口笛を吹くように音楽を奏でていたり、仕舞いには忙しそうに小人達が走っていたり。他にも色々とメルヘンな物ばかり。
まるで絵本の中の世界みたいだ。 飛行機や、道路、現代の文明は欠片も見あたらない。そもそも電車はどこ行った。
あまりにも現実離れした光景に、私はため息をつくしかなかった。ほのぼのとした青い空と豊かな森は、私を癒してくれることは無い。
とりあえず此処は異世界に違いない。夢ではないことは、すでに頬をつねって確認済みだ。
私は電車に轢かれて、死んだかどうかして、この世界に来てしまったのだろう。
安易な考えだとは自覚している。……でも、私のあってないような想像力では、そうとしか考えられなかった。
唯一の趣味が読書という私は、ぬかりなく異世界トリップものというジャンルを抑えていたので混乱することは無い。
お約束の夢みたいな謎な会話もあったし。
流行のトリップ物小説では、そこで神様、あるいはそれに準ずる者に出会って、最強の力とか便利な物を手に入れるわけだけど。
私が手に入れたのは、警告だった。その内容は、こんがらがる私の頭からすでに抜けている。
うん、トリップなんてよくあることだ……多分。
仕方なしに、人がいないか辺りを散策すると、急に森が開けて花畑が現れた。普通じゃない、パステルカラ-オンリーの花々だ。
けれどそれよりも、そこに立つ花畑に似つかわしくない人物に、私は目がいった。
立っていた人物は、一言で言うなら魔法使いだ。
杖はないが真っ青な、大きすぎるローブを着ている。
陽射しを受ける髪は、雨雲の色とでも表現するのか微妙な色合いで、肩につきそうな長さだ。体の線は服のせいか細く見えて、ここからでは男性か女性か判断できない。
遠くを眺める横顔がどこか寂しげで気になってしまった。
私の視線を感じたのか魔法使いはこちらを振り向く。――目が合った。
じっと見つめてくるので、居心地が悪い思いで私は愛想笑いをしつつ、その人に近づいた。そんな私の行動に、魔法使いは眉を寄せ、変わらず見つめてくる。
人一人分の距離を開けた所で止まり、改めて相手の顔を見た私は失礼ながらもじっくりと見つめてしまった。
近づいて分かったのだが、魔法使いは北欧風の超美男子だった。
薄く形の良い唇、鼻筋はすっと通っていて、長い睫に囲まれた瞳は服の青よりも深く透明な“青”。
涼しげな目元と整った顔立ちは、冷たい印象を与えてきて、幸せを運ぶ象徴とはかけ離れているのに、その色を見たとき何故か青い鳥を連想した。青い鳥の絵本を持っているから、そう思ったのだろうけど。
常人離れしていた姿に、魔法使いと同じ位相手を観察していた私は、我に返る。相変わらず眉を寄せて、不審の色を隠そうとしない魔法使いに、弁解のため口を開こうとしたら。
「君、……誰?」
先を越されました。