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◆19 王子の探し人は

女の子同士抱きしめ合う描写がありますが、あくまでも友情によるものです<(_ _)>

『____』



 翌日、ハンカチを持つ者を探して、兵士達が家々を訪ね回っていました。王子の探し人だと噂が広がれば、街は偽物のハンカチで溢れかえりました。


 少女の家にも兵士が来ます。

 継母と義姉は卑しくも家中のハンカチを兵士に見せますが、勿論違うと断られました。そこへ、洗濯を終えた少女が現れます。その手には洗い立ての白いハンカチがありました。


ハンカチを見せて欲しいという兵士に、届けなければならない人が居ると少女は断りました。けれど兵士はその人に会わせてくれると言うのです。 


 噂は少女の耳にも入っていました。まさかと思い、兵士に連れられて城へ行けば、そこには昨日の男性が居ました。

少女と踊った男性は王子様だったのです。


再会に喜ぶ二人。少女の境遇を知っている王子は、少女に城で働かないかと誘いました。少女は王子の提案に喜び、城で暮らすことになりました。




 お城に部屋を貰い、少女は以前より自由で楽しい生活をおくるようになりました。一緒に働く人達は皆親切で、元々明るい性格の少女はすぐに打ち解けました。


 幸せな毎日でしたが、お城には化け物が出るという噂がありました。化け物を見たという人も居て、少しだけ少女は不安でした。




***




 轟音に家が揺れた。天井から聞こえた音に、何事かと顔を上げる。


「雷、この家に落ちた?」


不安そうにアリスが台所へ入ってくる。アルの居た場所を見れば、最初から居なかったかのように消えていた。猫の足でも今の一瞬で去るには早すぎるから、魔法を使ったのかもしれない。


「あんなに天気が良かったのに、急に嵐になるなんてびっくりしたよ。リンクなんか雷が嫌いだからって、暖炉の奥に隠れちゃった」


急いで窓を閉めてきたと言うアリス。急な嵐と雷……自然現象にしては早すぎる。アルが関与しているのは間違いない。

 一体どうして? と思えば、不快な臭いに血の気が引いた。これって――!?


「……アリス、何か焦げ臭くない?」


「きゃああ! 火事よ! 母様早く行ってよ!!」

「押さないで頂戴!」


台所から出れば、どたどたと淑女らしからぬ走りで、二階から義姉と継母が降りて来るところだった。義姉の髪や頬に煤がついている。

 その後から黒い煙が出てきて天井を覆い始めた。すぐに火の粉が混じり始め、赤い炎がちらつく。二階はもう火の海だ。雷で着火したに違いない。

 いくらなんでも火の回りが早すぎる!! ありえない!


「アリス! リンクを!」

「う、うん!」


リンクを呼びに広間へ行くアリスに続く。上から何かが倒れる音がした。

 暖炉の奥にいたリンクを拾い、速やかに外へ出て、家から距離を取る。安全なところまで離れて振り返れば、もう家は炎に包まれていた。激しい雨にも関わらず、炎が衰える気配はない。

 何事かと近所の住人達が雨の中現れる。


「看板が……」


 アリスの声が遠くに聞こえる。

まだ汚れても居なかった看板は、無残にも崩れ落ちた。私もアリスも、リンク、継母達でさえ突然の不幸に立ちすくむ。

 ただ、ただ、店だった家が燃え尽きるのを眺めるしかなかった。




***




「貴方たちに払うお金は無いわ。自分たちで何とかするのね」

「あんた達ならネズミと一緒でも寝られるでしょ? これで顔を見なくてすむと思えば、ちょっとは胸がすっきりするわ」


 そう言って、意地悪な継母と義姉は無情にも私たちから去っていった。




 夜になった頃には、火は全てを燃やし尽くして消え、雨は小降りになっていた。私を含めた五人――リンクはアリスの服の中に居た――は雨と煤で酷い姿だ。

 家を失った私たちは、今夜は宿に泊まる事になった。

 継母達はお金を理由にアリスとは縁を切ると言い出した。元々アリスの財産が狙いだったのだろう。火事で全て消えたとなれば、もうアリスと共にいる必要が無いのだと暗に語っていた。

 継母達は、逃げる際に自分たちの財産を持って逃げられたらしい……。私たちはと言うと。


「二名様ですね? この金額ですと一泊分になります。よろしいですか?」

「はい、それでお願いします」


 鍵を受け取り、部屋への階段を上る。一階は食事処みたいだ。


「この前の売り上げ分、家計簿つけているときに居眠りしちゃってたから……持ってて良かった」

「……」


 寝台を買った残りだった。これで無一文も同然だけれど。明日は何とかして職を探さないといけない。

部屋に入ると、アリスがぎゅっと抱きついてきた。私の方が背が高いから、小柄なアリスは私の胸上に顔を埋める。


「ミチルぅ……」


家が燃え尽きてからずっと無言だったアリスの声は、涙で掠れていた。ここに来るまでずっと我慢してたのだろうか。


「わたしね、滅多な事じゃ泣かないって決めてたの。お父様が亡くなったときも、お義姉様に虐められていたときも泣かなかった。お城に行くことは一生無いかもって考えたときはちょっと辛かったけど」

「うん」


 アリスの銀髪を指で解かす。珍しくもつれていた。


「お店は無くなっちゃったけど、また二人で頑張らない? ミチルの料理、たくさんの人に食べて貰いたいなぁ……」

「うん……」


 私の返事に、堰を切った様に泣くアリスを私もぎゅっと抱き返した。

 

 積み上げてきた物がこんなにも容易く無くなってしまった。昨日舞踏会に行くときに、こんな事になるなんて考えもしなかった。

 アリスにとっては父の遺産であり、長年暮らしてきた家だ。その悲しみは私には計り知れない。私にとってはとりあえずの収入源で、短い間しか開けなかったお店だが、やっぱり悲しい物は悲しかった。


 アルにとって、お店を潰す事は赤子の手を捻るように容易いことだったのだろう。現に、炎は止める間もなく家を焼き尽くした。結果、アリスも私も住む場所を無くしてしまった。

もしかしなくても、私を消すことだって容易いはずだ。


「ごめんねアリス」

「? どうしてミチルが謝るの? ミチルのせいじゃないのだから」

「……」


 違うよ、アリス。家を失うことになったのは私のせいだ。舞踏会に行かなければ、アルの言うことを聞いていたらこんな事にはならなかったんじゃないか?

 自責の念にかられる。アリスにちゃんと説明したい。

 だけど、何て言えばいい? アリスのことだから、アルに食ってかかる。アルはアリスをどうする?

 私に怒っているのなら、直接私に仕掛けてくればいいのに。アリスは巻き込まないで欲しいのに。


それが無理なのも、何となく分かっていた。私はずっとアリスと一緒だったから。

 一人、訳も分からない異世界で発狂しないですんでいるのは、いつも明るくて、私を好きだと言ってくれるこの子に支えられているからだ。私は卑怯者だ。

 ありがとうと、ごめんの気持ちを込めてぎゅっとアリスを抱きしめ返した。


「……ねえミチル、家は無くしちゃったけど一つ嬉しいことがあったよ」

「うん?」

「ミチルにこうやって抱きしめて貰ったこと!」


アリスは泣き笑いで、また私に抱きついた。




こうやって、……気づけば支えて貰ってるんだ。

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