◆18 嵐になった原因
昨日は本当に酷い目にあった。
舞踏会から翌日、疲れていても長年の習慣で朝早く目が醒める。このおかげで、食事を作り忘れることはないけど、疲れが残る今日はちょっと辛かった。幸いなのは、風邪を引かなかったことか。
濡れたドレスは脱ぐと萎れた薔薇に変化した。……本当に上着を用意して良かったと思う。
隣の寝台にはアリスがぐっすりと眠っている。浮いたお金で、新しい寝台を買うことが出来た。結果はどうあれ、リンクのおかげで今日、私は平和に一日を始められる。ちょっとはどきっとしちゃうのだけれど。
アリスが起きないようにそっと身支度をして、朝ご飯の準備に取りかかった。
窓から差し込む夕日のまぶしさに目を覚ました。広間の机から顔を上げる。
居眠りをしてしまったらしい。いつもなら継母か義姉が嫌みの一つでも言ってきたりするのだが、今日は二人とも私とアリスに腫れ物にでも触るように接してくる。義姉が悔しそうに見てくるのは勘違いではないだろう。あんなにアリスが綺麗だったのだから嫉妬してるのかも。
気持ちは分かるけど、私は嫉妬する気もとうに無くなって、愛でる方に移った。
今日はお店は休業だ。舞踏会後の後始末などで、営業している所は少ない。この店も、今日くらいは休もうと二人で決めていた。
「どうしたら良いの? あの人の顔が忘れられない……」
「どんな人だったの?」
アリスは暖炉の傍に椅子を置いて、暖炉上に座るリンクと話していた。いわゆるガールズトークだ。
何故リンクがお城に来ていたかというと、アリスのことが心配だったらしい。けれど、魔法を使ったことで、体力が保たなくて倒れてしまったのだとか。アリスが見つけて良かった。
「真っ青な服を着ていて、アリスより濃い色の銀髪だった。夢みたいに格好良かったの」
「それで?」
「あの氷みたいな瞳を見たら、体がしびれちゃって」
「恋……?」
「そうなの!? あたしどうなっちゃうんだろう?」
痺れるって何かの病気じゃないのかな? 心の中でツッコミを入れておく。リンクの好感度をマイナスにはしたくない。もうなってるかもだけど。
「リンクが見たその人、お城の魔法使いだよ」
「あたしと同じ魔法を使える人! 素敵、運命だわ!」
頬を染めて、うっとりするリンク。その相手というのはアルのことだ。確かに、見た目だけは美形だと思う。口を開かなければ、超然とした麗人なのだ。
中身が残念すぎるだけで。……未だに鞄を返して貰っていない。
ふと昨日のことが頭を過ぎった。
来るなと念を押されていた舞踏会。アルの言ったとおり、私はアリスの幸せを邪魔してるのかもしれない。
でも、どうすれば良いんだろう? 彼女に嫌われない限り、こんなにも私に好意を持ってくれるアリスを拒絶できない。
思い出していると、怒りが湧いてきた。人を痴女みたく言うし、わざとじゃなかったけど私が噴水に落ちたのはアルのせいもあった。二度目の臨死体験だ。……助けてくれたけど。
見られたよね。考えない様にしていたけど、一度そう思えば落ち着かなくなる。
まだまだ続くアリスとリンクの恋話を背に、頭を切り換えようと夕食の仕込みに取りかかることにした。
***
切り替えようとしたのに、当の本人が台所にいた。なんてこった。
灰色の猫は物欲しそうに台の上を見ていたが、私に気が付いて何事もなかったようにこちらに向き直った。そして意味もなく毛繕いをする。二本足立ちながらな分、変だ。
お店を休んだのもあって、いつも用意しているオムライスは作っていない。リンクのプリンは約束してるから毎日作っているけど、アルのオムライスは盗難予防の一つ。わざわざ余分に作っていた物だ。
「……何の用?」
先程までしていた考え事で、変に意識してしまう。気取られないようにしたら、ぶっきらぼうな態度になった。
「今日はやってないのか」
「うん。以前からこの日は休もうってアリスと話してたの」
そうかと髭が下がった。落胆してるのだろうか?
「……」
オムライスを食べに来ただけならすぐに帰ればいいのに、アルは俯いて黙ってしまった。猫の表情は人と違って読みにくい。
静かになったのと同時に、雨音が響いてきた。先程まで陽射しかあったのに。
アルは考え込んでいるように見える。言いかけて、口を閉じてと、迷って居るみたいだ。何も言わない。
私は、沈黙に余計なことを考えてしまって辛かった。
「昨日は助けてくれてありがとね」
耐えられなくて、つい言葉が出た。すると一拍おいて、アルが顔を上げる。
「君が言ったことだけど」
唐突に、決意をふくんだアルの低すぎず、高すぎない落ち着いた声。強くなる雨音でもよく聞こえた。
「君に傍観する気が無いと言うのなら、僕にも考えがある」
激しくなる雨音に、風もふいてきたのが分かった。
「ミチル-、天気がすごく悪くなってきたね」
アリスがやってくる。なのにアルは動かない。髭や耳一つ動かさずに、真っ直ぐに私を見る。私は射貫かれたように動けなかった。
「これに懲りたなら、アリスから距離を置いてくれ。それが無理ならヘンゼルとは関わるな」
有無を言わさない、脅し。打ち付けるような雨に、雷鳴が混じる。
「次は無いよ」
稲光に反射した瞳が悲しみに揺らいだ気がした。




