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◆15 物語の舞台は

規則的な揺れが止まり、しばらくして馬車のドアが開いた。


「お嬢様方、城に到着致しました。今宵はごゆっくりお楽しみください」


無表情の御者にお礼を言って、馬車から降りる。

帰りの運賃を前払いする時、御者は私の胸元を見て、慌てて顔を背けた。表情は変わらないけど、仕草でわかる。ホント、申し訳ない。私だってこんな服を着ている人を見たら同じ反応をするだろう。

 ちょっと暑いけど、上着は脱げないな……。


「ここがお城かあ」


 子どものように目を輝かせるアリス。見上げれば、満月に照らされたお城があった。尖った形と、見事な白壁はネズミの遊園地のお城に似ている。

アリスの家から見えていたけれど、実際に来てみれば迫力満点だ。すでに舞踏会は始まっているらしく、優雅な音楽が聞こえてきた。

 周囲にそれほど人は居ない。どうやら私たちは遅めに来てしまったらしい。


「ミチル」


 微笑む美しいお姫さまの――アリスの小さな手が差し出される。私が王子様だったら良かったのにと思いながら、その手を取った。




***




 冷たい汗が、背中を降りていくのがわかった。上着のおかげでバレないとは思う。

流れていた音楽も止まり、場内に沈黙が降りる。


 アリスと手をつないで、静かに中へ入ったはずだった。

 一人が私たちを見て固まり、それにつられて一人がこちらを見て息をのみ、またつられて一人が動きを止めてと連続して、とうとう会場内全員の注目を集めてしまった。その中には継母も義姉もいる。


 覚悟しておけば良かった。あの話にもこんな描写があったはずだ。アリスは良い意味で目立つし、……私も悪い意味で目立つのかも。


 すると、戸惑う私たちの前で人が波のように割れていった。その先にある上席から独りの男性が降りてくる。

 白を基調に赤い刺繍があしらわれている騎士服。金髪碧眼のその姿は、身分に劣らず堂々としていた。動作に品があるのだ。


「……前にお店に来た人……王子様だったんだ」


 隣のアリスが、ミチルに会いたいと言った人だよと呟いた。

わかっていましたとも。そうだよね、こういう展開だよね。


イケメンさん、もとい王子は一直線にこちらに向かってくる。

焦るアリスを余所に、私は上席の奥から出てきた人物に釘付けになった。


 青いローブ、灰色の髪。目が合えば、不機嫌そうに眉を歪めた。

 アル……だよね?

いつも会っていた猫とは違う、魔法使いの姿。初めに見た時とも違う。雰囲気が……、冷酷なものに変わっていた。


「ようこそ舞踏会へ」

「……ミチル」


つないだ手を握られて、気が付く。王子が目前にいた。


「あの時はご馳走様。すごくおいしい料理だった」

「あ、ありがとうございます。王子様とは知らず、失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした」

「良いんだよ。王子としてじゃなくて、一人の客として食べに行ったんだ。暇を見つけたらまた客として食べに行きたいのだけれど、良いかい?」

「光栄です」


アリスは淑女の礼を取る。小さい頃、父に教わったと言っていた。私もアリスにならう。簡単な作法だけは予め教えて貰ったのだ。


「そちらの方は……? もしかして、料理を作られている方ですか?」

「……はい、そうです」


 穏やかな笑みを向けられ、緊張で鼓動が早まった。

近くで見る王子は、見るからに優しく誠実そうだ。絶対に白馬が似合う。小さい頃の私が思い描いた王子様そのものだった。まさしく白馬に乗った王子様。


「今日は運が良い。会えて良かった。あの素晴らしい料理は、君みたいな美しい女性が作ったものだと思っていたんだ。ぜひ、ぼくと一曲踊って頂けませんか?」


 流れるような動作で、王子は膝をつく。 


 私は心の中で叫び声を上げた。声に出さなかったのは褒めてほしい。

どんな羞恥プレイだ。ただでさえ涼しいドレスで恥ずかしいのに。美しいって隣のアリスにこそ言ってほしい。というか、美しい人にそう言われても恐縮してしまう。その前に私は踊れない。


 ぞくりとよく分からない悪寒がした。

突き刺さすような冷たい視線を感じれば、それはアルからだった。遠目からでも怒っているのがわかる。


「せっかくで申し訳ないのですが! 私踊りは得意ではないんです。もしよろしければ、彼女と踊ってくださいませんかっ」

「えっ、ミチル?」


 すこし乱暴にアリスの手を引いて、私は隠れるように彼女の背を押した。


「あはは、それは残念です。レディ、振られてしまったぼくですが、一曲どうですか?」

「……ええ」


失礼な私の態度を笑って流してくれた。見た目通り懐の深い人だ。私が踊れないことを知っているアリスは、王子の誘いに快く応じ、二人は中央へ行ってゆったりと踊り始めた。

 しばらくその様子を見ていた人々も気が付いたように動き始め、優雅な演奏が再開された。


 ずっと注目を集めたままだったのかと知り、顔がほてる。配っていた飲み物を受け取り、私は早足で壁際に避難した。

振り返って確認した上席に、アルの姿は無くなっていた。

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