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◆12 物語の変わり目は

『____』


 嘆く少女を哀れに思った妖精は力を振り絞り、魔法でドレスと馬車を用意してくれました。着飾った少女は、見違えるほどに美しく、綺麗になっていました。少女はたくさん妖精にお礼を言って、舞踏会へと出かけていきました。


 少女がお城に着くと、すでに中から穏やかな音楽が聞こえてきます。緊張しながらも中へ入ると、華やかに着飾った人たちがくるくると踊っていました。

 けれど皆少女を見ると、踊りを止めてしまいます。ついには、会場はしんと静まりかえってしまいました。

 そんな中、一人の男性が少女に歩み寄ってきました。そして、男性は少女の前に跪き、ダンスの申し込みをしてきたのです。

男性の優しい微笑みに、思わず少女はうなずいてしまいました。

 手を取り踊り始めれば、男性の優雅な身のこなしに少女は圧倒されるばかりです。端整な顔立ちに、星のような金髪、少女を映す青い瞳の素敵な男性に、少女は顔が赤くなるのを止められません。それは、そっと少女を見守っていた妖精も同じでした。


 何曲か踊った後、広間から抜け出して少女と男性は庭で二人きり、様々な事を話しました。

 少女は町での暮らしを話すと、男性は興味深げに聞いてきます。少女が男性について聞けば、男性は何故かお城の日常に詳しく、侍女達の噂などを話してくれました。


 甘い一時を過ごす二人。けれど、それも0時の鐘が鳴るまででした。



 鐘の音に、突然慌てた様子で立ち上がる男性。そして、一言少女に謝罪すると足早に去ってしまいました。


 後に呆然とする少女と、白いハンカチを残して。




***




 後日。アルが言ったとおり、私にとっては厄介事でアリスにとっては朗報が届いた。


 ――舞踏会への招待状。


 招待状を手にしたときのアリスの笑顔は、生涯忘れられないだろう。それほどまでにアリスは感激していた。げっそりした私も、その笑顔に救われたのだけれど。

 私が舞踏会には行くつもりが無いと知ると、アリスは笑顔からふくれっ面になった。リスみたいだ。


 先の展開が何となく読めてきてしまった。

アルを傍観しているだけの嫌な奴かと思っていたけど、違うのかもしれない。だけど、何故直接アリスに対して動かないのだろう? まるで、アリスに自分の存在を知られたくないようだ。


「でも、着ていく服がないわ……」


 新調したワンピースを見て、アリスの顔は曇る。アリスが着るだけで初めから彼女のために作られた物に見えるが、あくまでも普段着用だ。

ちなみに、アリスの提案で私もおそろいの物を着ている。うん、至って普通である。

二着ともお店の初売り上げで買った物だ。

 大繁盛しているとはいえ、利益はそんなに出ていない。改善点は多々あるのだろうけど、初めての商売かつ全て手探り状態では大儲けなどあり得ない。業界人から見ればオママゴトと言われるレベルだ。

 とりあえず、一人分のドレスその他一式を用意できるだけの貯金はあると思う。


 問題はもう一つある。

 果たして、あの意地悪な継母と姉はアリスの舞踏会行きを許してくれるだろうか。




「構いませんよ。ただし、全部貴方たちでやって頂戴ね。お金は出しませんから」


菓子折……ではなく、試作品のティラミスを手に継母に尋ねればこの返事。何とも素っ気ないというか、容易いというか。


「他に用がないなら、さっさとわたくしの部屋から出て行って。……ああ、そうだ。夕食のデザートは前作った、何だったかしら? ほろ苦くて甘い……ケーキ? というのだっけ? あれを作るように」


 多分ブラウニーの事だ。厳密に言えば、私が作った料理全て“もどき”なのだけど。原材料に詳し区内私が何故再現出来るのかというと、ひとえに魔女のおかげだった。

 ぺろりとティラミスを平らげた継母は押しつけるように容器を渡してくる。アリスが言っていたとおり、この意地悪な継母が黙っているという事はティラミスも気に入られたようだ。プリンといい、懐柔するにはお菓子があれば良いのかもしれないと、黒い考えが浮かぶ。


 継母に一礼して部屋を出れば、これまた義姉とぶつかった。盗み聞きしていたのを隠そうともせず、義姉は鼻で笑う。


「ふん、王子様に見初められるのはこのわたしなんだから。特にあんたは笑いものにならないように気をつける事ね」

「……あいにく、私は舞踏会へ行くつもり無いのですが」

「そう。賢明な判断だわ。あの見窄らしい子にも忠告しておくことね」


こちらは相も変わらない態度だ。アリスに対する虐めは殆ど無くなったみたいだけれど、時々嫌がらせをしている。それも、私が目を離した隙にだ。私自身には石バケツの件以来何もしてこない。

 人目がある舞踏会では流石に何もしないだろうと思いたい。思いたいんだけど……


 目線を下げれば、義姉の手は灰で汚れていた。夜中こっそりと自室を掃除しているのは知っているが、今は夕方。私の視線に、義姉は慌てて手を払う。


「ちょっとね。ゴミを片付けていただけよ。あんたには関係ないでしょ」


そう言って逃げるように自室へ戻っていった。何てわかりやすい人なんだ。




 一階に降りれば、暖炉の前でアリスがしゃがみ込んでいた。先程店じまいをしたので、店内である広間には誰もいない。


「ミチル~」


やられた~と半べそで指さす暖炉の中を見れば、そこにアリスの服。新調したばかりの物だ。ご丁寧に灰に埋められている。

お店を始める前に広間の暖炉は掃除したはずだから、この灰は余所から――義姉部屋しか考えられない――運ばれた物だろう。

 

「ミチルとお揃いのだったのに。悔しい!」


 ぎゅっと私に抱きつくアリス。夕日と同じ色の瞳から一粒涙が落ちた。私だったら見るに堪えない顔になるだろうけど、泣き顔も可愛い。……着々とそっち方面に目覚めようとしている……。

 また買いに行こうと誘えば、頷いた拍子に一粒こぼれる。落ち着くまで時間がかかりそうだ。

軽くアリスの頭を撫でながら、不安になった。この様子だと舞踏会でも義姉は何かして来るのだろう。

前言撤回。


「アリス、私も一緒に舞踏会行こうかな」

「えっ……ほんと!?」


 涙は引いたみたいだ。花が咲いたようにアリスが笑う。

私は今日の売り上げを計算するために帳簿を取りに行った。私も舞踏会に行けば、義姉は何もしてこないはずだ。……アルにうるさく言われるんだろうなと憂鬱になる。


だから、私は聞いていないし、見ていない。

灰まみれの服を見て、“お義姉様、許さないから”と低く呟き笑ったアリスを。


別の意味で不安になってきたかも。

2013/7/2 5~9の一部変更

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