◆11 忍んできたのは王子様
注文された三品を作り終え、新しく作ったカウンターへ運ぶと、何やら大広間である店内が騒然としていた。
店内からは影になっているこちらから、こっそり覗くと客は全員一人の男性へと視線を注いでいる。
ふわりとした、柔らかそうな金髪に遠目でも分かる碧眼、端整な顔立ち。町人と同じ服装をしていながらも、醸し出す雰囲気が普通の人とは一線を画していた。動きからして品がある。
側に、従者の如くもう一人の男性が付き従っていた。
これは……まさか……。
すっかり身についたらしい営業スマイルで接客するアリス。並ぶとアリスの頭が男性の肩口に届くぐらいで、背が高い。
男性は優雅な物腰で、長い足を折り席に着く。男性の座った、素朴な木材の椅子が高級家具に見える。それに従者らしき男が続く。すぐに注文したところを見ると、当初から頼むメニューは決まっていたらしい。
「ミチル、ハンバーグ二つ」
向こうから食べに来るとは驚きだ。
イケメンさんの注文に、私は苦笑しつつ気合いを入れて作業を始めた。
***
「はあ……疲れた……」
一番忙しいお昼時がすぎて、少しだけ空いた店内。アリスと私は小休憩を取っていた。
「アリスがそんなに疲れているの珍しい。何かあった?」
賄いの炒飯をつつくアリスの顔に、影が差していた。いつも見ている人でなければ分からない位ではあるけれど。
「さっきハンバーグ注文してきた金髪の人がさ、ミチルに会わせてほしいって」
アリスが言うには、イケメンさんはハンバーグを作ったシェフに会いたいと言ってきたそうだ。けれど、忙しいお昼時。慣れたとはいえ、話す暇もない忙しさの私を気遣い、アリスは断ったという。
「なのに、どうしてもって食い下がってきたの。今会えないかって。無理だって言い合いになった後、連れの人が時間がないって事で、渋々帰って行ったんだ」
そんなことがあったとは。アリスとイケメンさんが言い合いしてた頃、私はオムライスとハンバーグ五皿を必死で作っていたので、知らなかった。
「そんなことがあったんだ。お疲れ様アリス、ありがとね」
炒飯を食べ終え、食後のお茶を飲む。まだお客さんが居るのだから、ゆっくりはしていられない。
「……忙しいのも理由だけど、どちらかというとミチルに会わせたくなかったんだ」
食器を重ね、立ち上がろうとした私にアリスはつぶやいた。
「だってあの人、恋する乙女みたいに頬を染めて食べてたんだもん」
いやいやいや、それってどんな状況だ。想像するとあのイケメンさんだからまだ見られる気がするが、おかしい。
そんなわけ無いでしょと笑えば、本当なんだからと恨みがましく睨まれてしまった。
アリスはイケメンさんの正体には全く気が付いていないようだ。恐らくイケメンさんを注視していた町の人達は気づいていただろう。
ミチルを取られたくないんだもんと頬をふくらましたアリスが可愛くて、食後のデザートと称して二人でゼリーを食べたから、言い損ねてしまった。
イケメンさんは、王子様だろうって。
***
「随分上達したね。最初食べたときよりおいしくなったよ。はいこれ」
食器を洗っていると、いつものように長靴を履いた猫が皿を手にやってきた。オムライスが乗っていた皿はケチャップまで綺麗に舐め取られて真っ白だ。
あきらめのため息をついて私は皿を受け取った。
開店してすぐに、作ったオムライスが消えるという事件が起きた。言うまでもなく犯人は変人魔法使いだった。猫に変身して、その身体能力をいらないところで活かしている。
毎度盗まれていては困るので、犯人が判明してからは毎日アルの分を作ることにした。供え物のように台所に置いておけば、いつの間にか皿ごと消えて、閉店する頃に皿を返しに来る。鞄は返しに来ない。
どんだけオムライスが好きなんだ! ともかく鞄返せ!
何度となく思うも、行動に出れば避けられるのは承知しているので、心にとどめる毎日だ。鞄については毎回言うが、濁されたりして返してもらえずじまい。魔法使いじゃなくて、泥棒じゃないか。
「そうそう、今日は言っておくことがあるんだ」
いつもならさっさと帰って行くのに、今日は壁に手をついてポーズを取っている。人間くさい身振りだが、二本足で立つ猫がやると変だ。
「まず! アリスの邪魔だけはするなよ!」
「してないし、するつもりも無いよ……」
「いいから、わかったね? あと、王子とはあまり会わないこと」
「やっぱり今日来たのは王子様だったんだ」
アルの言葉に、これで確証を得た。といってもあの雰囲気、物腰でただ者じゃないのは明らかだった。
「そうさ。なるべく彼のことは避けてくれ」
避けろと言われても、私自身あまり関わりたいとは思わなかった。
国の重鎮かつ、イケメンさんが私に会いたがった理由が私には考えつかない。それに、一般人の私は、偉いと言われる人には引いちゃうのだ。
頷く私に、アルはびしりと前足をつきつける。指さそうとしているみたいだが、猫の足では出来ていない。
「良いかい? 覚えておいてくれ。これからアリスに招待状が届くけど、君は一緒に来てはいけないからね。意地でもアリスについて行かないでくれよ」
こちらをじっと見る青い瞳。王子様の碧より、青く見える。
私の知っている童話とそっくりなこの世界。何度もアルに此処について聞いてはいるけれど、いつもはぐらかされる。命令はしてくるくせに。
このむかつく変人――今は猫だけど――が、私が元の世界に帰れる鍵なのは間違いないだろう。
何の力も情報も得ていない今の私は、アルに従うしかない。
私の許せる範囲でだけど!
自分で魔法使いと名乗るぐらいだし、不本意だけどこの猫の姿を下変人が私にとって希望でもある。
へそを曲げられたら困るので、私はとことん付き合う覚悟をこの数日で決めていた。
さて、不幸な少女、意地悪な継母と姉、王子様にそして招待状。その内容は?
「それって……もしかして王子の――」
「ミチル-! お店の掃除が終わったから洗い物手伝うよ!」
店の掃除を終わらしたアリスが、台所に入ってきた。慌ててアリスに制止の声をかける。
「あ、アリス! ちょっと待――」
――ってと、言いかけてアルがやってきた裏口の方向を見ると、作り置きしたゼリーを片手に二本足の猫が出て行ったところだった。
「ん? どうかしたのミチル?」
アルは私が一人きりでないと姿を現さなかった。途中で誰か来れば、すぐさま居なくなってしまうのだ。
不思議そうに私を見るアリスに、何でもないと首を振る。
招待状について予想はつく物の、新たに厄介事が来ると言われては心穏やかでは居られない。
アルが出て行った裏口を睨み付ける。
いつもの如く鞄を返してもらえず、加えて今日はゼリーを盗まれた。悔しい思いで皿洗いを続けるしかない私。
何枚か皿ににひびを入れてしまい、アリスに叱られました。




