◆10 七日間の来訪者は
「魔法使いっているのかな」
開店の準備が着々と進み、最後に看板を掲げるのみとなった今日。ふと、アリスに私は訪ねた。
「魔法使い? お城仕えに一人いるけど、突然どうしたの?」
「えっと、居るなら会いたいって思って。何て名前か知ってる?」
「名前は知らないけど、噂はあんまり良い物じゃなかったなぁ。それに、会いに行くのは難しいよ」
アルはオムライス窃盗事件からちょくちょくやってきては、私の作った試作品を盗んでいった。しかも、どうしてかリンクの分ばかりで、昨日ついに腹を立ててリンクは帰ってしまった。あの様子だとしばらく此処には来ないかもしれない。私がやった事じゃないのに……。
皿を返しに来るたびに怒って追いかけるが、さすがに猫の足には勝てず、居所を突き止められない。そして鞄も返してもらえず。
だから、こちらから出向いてやろうと思ったのだけれど。
アルはお城に使える魔法使い……なのだろうか? 悪い噂はありそうだと納得するが、名前が分からなければ本人だとは確定できない。会ってみなければわからないのだ。
やりきれない怒りをため息に乗せて吐くと、アリスもため息をついた。見れば、何処か遠い目をして切なげだ。
「……お城はね、偉い人しか行けないから」
「偉い人?」
「貴族とか、他の国の王様達とか。だから魔法使いに会うのは難しいの」
「そうなんだ。どうにかならないかなあ」
「……あ、でもレストランの名前が有名になったら料理人としてお城へ呼ばれるかも。そしたら魔法使いに会えるかもしれないね! 尚更がんばらなきゃ!」
そっか、アリスはお城へ行きたいんだ。
私も小さい頃はお姫さまを夢見てた。白馬の王子様まではいかなかったけど、綺麗に着飾ったりして、踊ってみたいなんて。現代を生きてきて、物語だと区別したけれど、この世界では現実だ。
注文した看板の出来を見に行こうと張り切るアリスに、私は頷いた。
***
この世界に来て、驚いたことは多々あった。絵本みたいな世界。覚えのある物語と近似する状況。どれも馴染みがあったから、まだついて来られた。
でも、さすがにきつくなってきた。
「アリスちゃん! 前に頼まれたエプロン、できたよ」
「服屋のおばさんありがとう!」
「アリス! 今日は良い野菜が入ってるぜ、見ていってくれよ」
「わかった、後で見に来るね八百屋のおじさん」
店の準備をするのに必要な物は、町に繰り出して専門店に頼んだ。
お金の出所は継母からだ。試作スイーツと共に利益の半分を払うという条件付きで、快く出して貰った。
元々買い出しもしていたアリスは色々なお店の顔なじみだ。いつも一緒に行動していたので、私の顔も覚えて貰ったのだが、一人で町を歩き回る勇気はまだ無い。
「こんな感じにできあがりましたが、いかがでしょう?」
「うん! すごく良い!」
できあがった看板はぴかぴかに磨かれた木の板に、“アリスとミチルのレストラン”とまるっとした字体で掘られており、暖かみがあった。アリスと相談したとおりの出来だ。ネーミングのセンスは二人して皆無だとわかる。
「それは良かったです。では設置に人手を向かわせますので」
「じゃあ、お願いね大工のお兄さん」
「ええ、またのご贔屓を」
丁寧にお辞儀をされて、見送られる。後から仮面のような顔をした若い男性達が看板を担いで、お店から出て行った。
慣れない光景を目で追う私に、アリスは機嫌良く話しかけてくる。
「これで準備は万端だね」
「う、うん」
「よーし! ついでだから宣伝していこう」
丁度、広場に出たところで、アリスは中心にある噴水の台に走り乗って声を張り上げた。
「明日から“アリスとミチルのレストラン”が開店します! 今までにない料理をご提供しまーす!」
銀髪の美少女の声に人々の注目が集まる。何を映しているのか分からない瞳、何を思っているのか読めない表情を噴水に向ける人達。
「場所はここから東の端にある大きな建物です。来てくださいねー」
わかったよアリスちゃんと、眉一つ動かさずに手を振る人々。
町の人達は皆人形のようだった。話す言葉や仕草は人間そのものだけど、表情は仮面のように無表情。視線さえ動かない。
名前も、固有名詞が無かった。~のおじさんおばさんならまだしも、町人+番号の名を町の人達が呼び合っているのを聞いたときには耳を疑った。
名前の適当さが、町の人=その他大勢というくくりにしか思えない。意図していい加減につけたような共通部分。品番みたいな物だ。あるいは、モブキャラとでもいうのか。
私以外は、アリスも含めてこれが当然というばかりなのだから、余計に不気味だった。全く気にならないらしい。
異世界と認識しているけど、元の世界と比べずには要られない。何て奇妙な所だろう。
宣伝を終えたアリスが長い銀髪をさらりと揺らしながら、こちらへ戻ってくる。
不気味でも表情と名前以外は普通の人達で、むしろ町の人はいい人達ばかりだ。明日から料理を振る舞う相手になるのだから、気味悪がってはいられない。
「ミチル! 頑張ろうね!」
「うん」
大輪の華のごとく笑うアリスに私は、同意の返事をした。
きっと、慣れると…帰れると自分を励ましながら……。
***
開店から七日目。結果、……慣れませんでした。私の担当が調理だからまだ良かったけれど。
レストランは初日から大繁盛だった。最初は恐る恐る未知のメニューを注文していた客も、一口食べると、追加注文してきた。魔女が言っていたとおり、町ですぐさま評判になり、特にオムライスは人気メニューになった。
初日は慣れないことばかりでまごついた私も、桁違いの注文に手早く調理できるようになった。
給仕はアリスがやっている。愛想が良く、可憐なアリスは店の看板娘だ。
売り上げも上々。
継母の機嫌も良い。義姉は、私が来てからと言うものアリスにちょっかいを出すことは殆ど無く、この家で肩身の狭い思いをしているようだ。
そして、私の料理で継母と義姉は丸々と太ってしまった。あの頬が痩けていた継母は、今はふっくらとした顔だ。色っぽい泣きぼくろが特徴の義姉に至ってはポッチャリを通り越す勢いで、この前ダイエットに家事をすることを提案しておいた。いらない世話と睨まれたけれど、昨夜自室を掃除をする姿を見たのは内緒だ。
レストランで稼いだお金で、アリスと私の新しい服も買った。まともな服を着たアリスは、元が良いだけに、どこぞの令嬢と紹介されてもおかしくないほど見違えた。
ベッドを買うお金は、今貯めているところ。迷惑をかけているアリスにはその必要はないと言われていたりする。いやいや、狭いって!
精神的に私がきついので、耳に入らないふりをした。朝起きてまず見るのが、銀色の長い睫と整った顔立ち。美しすぎて恨めしく思う意味もないという。
あっという間に過ぎた日々に、新しいレシピも着々と増え、レストランの経営はこのまま上手くいくかに見えた。
きっかけは今日。開店七日目の昼間だ。




