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1942シチリア海峡海戦6

 ルティーニ中佐は、敵哨戒機との接触を告げる通信に、思わず顔を歪めながら、ボンディーノ大佐の顔を見つめた。通信を送ってきたのは、緊急発進したアストーレだった。


 ボルツァーノに装備された長距離対空捜索レーダーが大型機の接近を探知した直後に、ボンディーノ大佐はためらう様子もなく、ここまで温存していたアストーレの射出を命じていた。

 シチリア島の東端から、地中海の南下を開始した直後から、カタパルトに載せられていたアストーレは断続的な暖気を行っていた。最初に発進する機として指定されていたのは、最も状態の良い機体だった。

 これまでの飛行で支障が生じたことはないし、エンジンも初期故障が発生する期間は終わっているが、機体からエンジンを取り外して、部品単位で分解整備をこなわなければならない重整備までには、まだ間があった。

 そのような程度の良い機体を重点的に整備点検した機体だったから、飛行性能には問題が無いはずだった。

 搭乗員もローテーションで待機させていたから、対空捜索レーダーによる発見から、カタパルト射出までは極めて短時間だった。


 だが、射出から接敵までは思ったよりも時間がかかっていた。敵捜索機は、こちらが想定していた以上の高度を飛行していた上に、迎撃に出たアストーレよりも優速だったからだ。接敵したアストーレからの報告によれば、敵哨戒機の機種は、日本軍の二式飛行艇であるようだった。

 機種を告げる伝令からの報告を聞きながら、ルティーニ中佐は思わずため息をついていた。ここまで敵に発見されずに、一隻も欠けること無く航行してきたが、その幸運もここで尽きたのではないのか、そんな気がしていた。



 日本海軍が地中海戦線に投入した二式飛行艇は、最新鋭の大型哨戒機だった。英国空軍の哨戒飛行艇であるサンダーランドと比べても一回り大きく、上昇限界高度も高いらしい。

 最大速度も百キロ近くは差があるようだから、アストーレでは後方からでは追尾することも難しいはずだ。それに防御機銃も充実しているから、兵装の貧弱なイタリア軍機では、身軽な戦闘機でも安易な交戦は危険だった。

 ボンディーノ大佐は、接敵したアストーレの搭乗員に無理は避けるように命令していた。ルティーニ中佐は、今度は安堵の溜息をついていた。巨大なフロートを抱えたアストーレで二式飛行艇に立ち向かうのは無理があった。

 一応は戦闘機ということになっているが、すでにアストーレの性能は現在の戦場では陳腐化しているから、相手が大型の水上艇であっても、あっさりと返り討ちにあうだけだろう。


 ため息が聞こえたのか、ボンディーノ大佐が振り返ると、意外なことに、にやりと笑みを浮かべるといった。

「ルティーニ、そう嘆いていても始まらんぞ、これまでが順調過ぎたんだ」

 硬い顔でルティーニ中佐は、頷いていた。確かに、ボンディーノ大佐の言うとおり、これまでの航海は、シチリア島沖で予想よりも早く敵潜に探知されたことを除けば、概ね順調だったと言えた。



 シチリア島西端の沖合で針路を変更した輸送船団は、当初の航海計画どおりにパンテッレリーア島をかすめるようにトリポリへと向かう航路から離れていた。国際連盟軍がマルタ島に展開する兵力による厳重な哨戒網が予想されたからだ。

 だが、その程度のことは、国際連盟軍も想定しているはずだった。目的地がトリポリである以上は、取りうる航路はそれほど多くはないからだ。


 もしも十分な護衛艦隊が随伴しているのであれば、当初計画通りにトリポリへと直行していたはずだ。あるいは、一度チェニスに向かってから、航空援護の得られるであろう北アフリカ沿岸を航行することも考えられた。

 無線封止を行っている輸送船団には、最新の情報は伝わっていないが、今頃北アフリカ沿岸のチェニジアに駐留するヴィシーフランス軍と、マルタ島の国際連盟軍の航空戦力との間で衝突が起こっているはずだ。

 おそらく、チェニジアとマルタ島の中間地点であるランペトゥーザ島上空あたりで激しい航空戦が起こっているのではないのか、そして、その航空戦の隙間をぬうようにして、国際連盟軍の哨戒機が厳重な警戒を行っているはずだ。

 もちろん、マルタ島を出港した敵潜水艦も、多数が航路を遮断する海域に潜んでいるはずだ。その中には、北アフリカ沿岸近くまで接近して、沿岸航路を射程に収めている艦も少なくないはずだ。


 だが、ボンディーノ大佐は、当初からチェニジア駐留のヴィシーフランス軍も、その先のリビア領に駐留するドイツ軍の航空戦力にも大して期待はしていなかった。

 フランス降伏後の航空機開発の遅れから、軍備増強を再開した今でも、ヴィシーフランス軍の航空戦力は数でも質でも劣っていたから、長距離の洋上飛行が可能な戦闘機がそれほど多いとは思えなかった。

 マルタ島に駐留する国際連盟軍の戦力も、それほど多いとは思えないが、ヴィシーフランス軍のチェニジア駐留軍も精々同等の戦力しか無いのではないのか。

 これでは北アフリカ沿岸を航行したとしても、十分な援護は受けられなかったはずだ。


 リビア領西部に駐留するドイツ軍に期待するのも難しかった。北アフリカ戦線では、陸上だけではなく、航空戦でも激戦が続いていた。有力な部隊は前線へと送られているから、後方であるトリポリに駐留する兵力は二線級のものでしか無いはずだ。

 それに、ボンディーノ大佐も、ルティーニ中佐も、独伊の空軍には不信感を抱いていた。開戦からこれまでの間に生じたいくつかの海戦において、イタリア海軍は空軍の航空援護なしに、有力な敵航空戦力を相手にすることが多かったからだ。

 使用する通信機材が全く異なり、組織上でも海軍と空軍の現地部隊をつなぐ連絡手段が存在しなかった上に、元々独伊空軍は共に艦隊の援護に熱心とはいえなかった。

 それどころか、北アフリカ戦線では、海軍戦力の識別に不慣れな空軍機によって、何度と無く海軍艦艇が誤爆されていたから、下手に空軍機の出動を要請しても逆効果となるかもしれなかったのだ。



 ボンディーノ大佐が選択した航路は、ルティーニ中佐にとって意外なものだった。

 シチリア島の南西岸にあるジェーラに入港して、北アフリカに送られるはずだった陸軍部隊を船団旗艦である客船から下船させると同時に、輸送船団のタンカーから搭載残燃料が乏しくなっていた小型艦への給油を行わせていた。


 だが、これはかなり強引なやり方だった。ジェーラはシチリア島でも有数の人口を誇るコームネだったが、産業に乏しいシチリア島らしく、大規模な輸出品などがないものだから、港湾設備は貧弱だった。

 だから、船団旗艦から一個連隊分もの将兵を短時間で下船させるのは容易なことではなかった。さすがにボンディーノ大佐が言ったとおりに、客船から泳いで上陸させられた兵こそいなかったが、ジェーラ港に在泊していた作業船を、無理矢理に総動員した大混乱のなかで、海中に放棄された装備も少なくなかったようだ。

 これでは上陸した指揮官が部隊を把握するのも時間がかかるのではないのか。とにかく素早く下船させたものだから、所属隊もお構いなしに手近な作業船に次々と将兵を乗り移らせて、適当な桟橋に降ろしただけだったからだ。


 タンカーからの給油も同じようなものだった。元々は陸上施設への輸送のためにだけに仕立てあげられたタンカーだったから、短時間で多数の小艦艇に給油するのは、搭載されている移送ポンプの能力や、乗員の練度からして難しかったのだ。

 燃料移送用のホース接続に戸惑って、タンカーの舷側から漏れだした燃料油のいくらかは、港内に垂れ流されて、ジェーラの真っ青な美しい海を黒く染め上げて汚染していた。

 輸送船団の出港時に、ジェーラ港の関係者達が、恨めしそうな顔で、油が浮いている上に不格好な軍用装備が海底に沈められた湾内と船団を見つめていたのも無理はなかった。



 輸送船団の入港に前後して、ボルツァーノに乗艦しているカステッラーノ准将の要請で、シチリア島に展開する空軍部隊によってマルタ島への航空攻撃が実施されていたが、これはジェーラに入港していた輸送船団から国際連盟軍の目をそらすための陽動に過ぎなかった。

 おそらく、海軍の将官どころか、正規の戦隊司令官ですらなく、先任艦長として代将旗を挙げているに過ぎないボンディーノ大佐が依頼したのでは、空軍部隊も動かなかったはずだ。


 だが、さすがに参謀本部勤務、しかも参謀総長アンブロ―ジオ大将の副官という重職に就いているカステッラーノ准将からの要請を無視することは出来なかったようだった。

 それに、カステッラーノ准将は、アンブロージオ大将の名前を出して、事後承諾とはなるが、陸軍参謀本部から空軍への正式な依頼となることをほのめかしていたから、空軍の現地部隊としても行動を起こさざるをえなかったようだ。

 イタリア空軍は、先の欧州大戦以後に陸軍航空部隊を中核に創設されており、独立した参謀本部を持つ軍だったが、固定翼機の配備を空軍のみに限るという空軍法が廃案となって以来、独自の航空隊を保有するようになった海軍との関係は悪化していた。

 その一方で独立時の経緯から、空軍の高級将校には元陸軍軍人も少なくなく、陸空軍間は比較的良好な関係を保っていた。

 カステッラーノ准将からの要請には、空軍の重鎮からの口添えもあったらしいが、直接の通信内容を聞いたわけではないルティーニ中佐には詳細は分からなかった。カステッラーノ准将はシチリア島出身だというから、現地の部隊に親族でもいたのかもしれなかった。



 通信室を使用したのはカステッラーノ准将だけでは無かった。入れ替わり立ち代りに、ボンディーノ大佐やシュタウフェンベルク少佐も通信室を占拠していたようだ。

 ボンディーノ大佐に押し付けられた、新たな航路計画の詳細策定や、輸送船団の各船、護衛戦隊各艦への連絡などの業務の為に、ルティーニ中佐は艦橋を離れられなかったから、ボルツァーノの通信室からどのような連絡が何処に送られたのかは分からなかった。

 だが、相当に高位の人間を動かしたのは間違いないようで、輸送船団がジェーラを出港する頃には、一体どのような方法をとったのかは分からないが、船団旗艦の分離などの命令は撤回されて、ボンディーノ大佐の行動が、ほぼそのままの内容による追加の発令という形で承認されていた。



 シチリア島に展開するイタリア空軍は、有力な部隊を投入して、マルタ島への攻勢を開始していたが、最近ではマルタ島に駐留する国際連盟軍の防空部隊も強化されていたから、実質的な戦果を上げることは出来そうも無かった。

 だが、マルタ島の哨戒部隊から、シチリア島周辺を航行する輸送船団の姿をくらます事は出来たようだ。あるいは、国際連盟軍はマルタ島西方海域のトリポリへの航路上を重点的に捜索しているだけかもしれなかった。


 いずれにせよ、ジェーラを出港後もシチリア島南西岸を東進する輸送船団が発見された気配はなかった。

 そして輸送船団は、シチリア島南端からイオニア海に突入して、しばらくは距離をとるために東進を続けたのち、マルタ島との再接近時が夜半となるように時間を調整してから、地中海を縦断して新たな目的地であるエル・アゲイラに直行するため南下する航路にのっていた。


 ここは、現在のイタリア海軍にとって未知の海域だった。北アフリカ戦線が優位に進んでいた頃には、同じ航路を辿ってイタリア本土からベンガジやエル・アゲイラに向かう輸送船が何隻も航行していたが、先のマルタ島攻防戦が枢軸軍側の敗北で終わった後は、輸送船団はすべてトリポリを目的地としたものになっていた。

 前線近くのベンガジやエル・アゲイラまで海上輸送したほうが、遥か彼方のトリポリで荷揚げするよりも輸送コストも日程も有利であることは誰にもわかっていたが、マルタ島の航空戦力が、攻防戦の後に急速に回復していたため、この海域の航行が危険極まりないものになっていたからだ。

 幸いなことに、陽動作戦と航路の欺瞞によって、国際連盟軍の哨戒機部隊は主力をマルタ島西方海域に向けているようだが、この海域にたとえ哨戒機が一機も在空していなかったとしても、国際連盟軍側の補給船団と遭遇する可能性も否定できなかった。

 推測されたマルタ島の航空戦力の補充状態からして、定期的に大量の燃料や補充部品を輸送する必要があるから、アレクサンドリアからマルタ島に向かう補給艦は頻繁に航行しているようだった。



 実は、クレタ島に駐留するドイツ空軍部隊によって、何度かマルタ島に向かうであろう輸送艦隊が目撃されていた。

 ただし、ボルツァーノが現在護衛しているような輸送船団とは違って、マルタ島への補給物資を搭載しているであろう艦は、一見する限りでは軍艦にしか見えないものだったらしい。

 目撃した搭乗員達も前線へと向かう戦闘艦隊と誤認していたらしく、クレタ島に帰還して現像された偵察写真を分析して初めて輸送艦であることが判明したらしい。しかも輸送艦隊を構成していた輸送艦は一種類だけではなく、複数の形状の異なる艦が含まれていたようだ。


 国際連盟軍の輸送艦は、駆逐艦や巡洋艦クラスの艦体を原形として、貨物搭載用のスペースを設けた高速輸送艦であるようだった。一隻あたりの輸送力は、通常形式の貨物船に比べると貧弱極まりないが、その分はピストン輸送する船団の数と、航行速度で補おうというのではないのか。

 それに偵察写真によればそのような高速輸送船の多くは、揚陸艇方式の大型搭載艇を艦尾に搭載しているらしいから、輸送先の港の荷役能力が限られていたとしても、海岸線さえあれば迅速な荷降ろしを行うことも可能だった。


 もちろん、国際連盟軍が日本本土や東南アジア諸国からの物資輸送にそのような高速輸送艦を使用しているとは思えなかった。それでは長距離輸送には効率が悪すぎるからだ。

 おそらくは通常形式の鈍足な輸送船では航行が危険なために、彼我の航空戦力が拮抗する前線近くに限って、そのような高速輸送艦ばかりが運用されているのだろう。

 逆に言えば、そのような前線への輸送にさえ、民間から徴用した輸送船を運用せざるを得ない枢軸軍に比べて、国際連盟軍には専門の高速輸送艦を用意するだけの余裕があるということでもあった。


 偵察写真によれば、いずれの艦も5インチ程度の高角砲らしき砲塔が確認されていたから、対空自衛戦闘も可能なのだろう。5インチ級の砲であれば、駆逐艦主砲にも匹敵するから、対水上戦闘でもある程度は自衛戦闘は可能なはずだ。

 つまりマルタ島とアレクサンドリアを往復するこの輸送艦部隊は、ボルツァーノが護衛する輸送船団とは性格が異なり、実質上は輸送船団というよりも艦隊に付随するような機動力と相応の自衛火力を兼ね備えた補給艦隊だと言えた。

 このようなマルタ島とアレクサンドリアを頻繁に往復しているらしい高速補給艦隊と遭遇した場合、ボルツァーノ以下の護衛戦隊が随伴していたとしても、鈍足の輸送船団にとって危険極まりなかった。

 もちろん輸送艦だけではなく、戦闘に特化した戦闘艦も護衛に随伴しているはずだから、最悪の場合は護衛戦隊も含めて輸送船団の全滅も考えられた。



 だが、ボルツァーノ以下の輸送船団は、晴れ間が続く鏡面の様に穏やかな地中海を、何者にも遮られること無く、北アフリカ沿岸近くまで航行することができていた。

 目的地であるエル・アゲイラまで後一日も無い所まで来ていたのだが、あと一歩だという輸送船団全体に蔓延していた油断をあざ笑うかのように、唐突に国際連盟軍の哨戒機が発見されたのだった。


 護衛戦隊を指揮するボンディーノ大佐は、輸送船団を含む全艦船に警戒配置を命じてから、ぼそりと呟いていた。大佐にしては珍しいほどの小声だったから、艦橋内で聞いたのは、近くに控えていたルティーニ中佐だけだったはずだ。

「さて、次に来るのは敵かな、味方かな……」

 ルティーニ中佐は不安そうな顔で、振り返ったが、ボンディーノ大佐は達観したような顔を上空に向けていただけだった。


 ボルツァーノの長距離対空捜索レーダーが新たな、多数の小型機らしき反応を探知したのは、それから数時間後の事だった。

ボルツァーノ級航空重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cabolzano.html

レッジアーネ Re2000、Re2000Pの設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/re2000.html

一等輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html

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