1953決戦、ハワイ沖海戦10
陸軍航空隊時代に採用された四三式貨物輸送機は、主翼構造を海軍の二式飛行艇から流用した結果、初期生産型の同機は原型機同様に三菱製の火星エンジンを搭載していた。
火星エンジンは、元々重爆撃機などの大型機向けに開発されていた大口径のピストンエンジンだった。単発機であれば空気抵抗に直結するエンジン直径を絞るのだろうが、そうした制限がなかった火星エンジンは排気量の増大で大出力化の実現を目指していた。
火星エンジンの大出力を活かすために、四三式輸送機でもエンジンの回転を高効率で推進力に転換する大口径のプロペラが設けられていたのだが、高翼式の主翼に配置されたエンジンナセルは駐機姿勢でも地上高に余裕を持っていた。
垣花飛曹長達の四四式艦上攻撃機を先導する四三式貨物輸送機改もその基本的な形態は変わっていなかったのだが、細部の変更点は少なくなかった。昨今の空軍機らしく電子兵装用の空中線覆いなどもいくつか確認出来ていたのだが、機体各部の形状にも変化があった。
第二次欧州大戦で得られた知見を活かして空気抵抗を削減するように機体構造を改良したというが、最大の変更点は主翼から飛び出したエンジンにあるはずだった。ある意味ではその変化は見慣れたものとも言えた。海軍の母艦航空隊に配備された四四式艦上戦闘機に生じたそれに近いものだったからだ。
四三式貨物輸送機改のエンジンは、レシプロエンジンから四四式艦戦二型同様にターボプロップエンジンに換装されていた。垣花飛曹長も最初は丸みを帯びたエンジンナセルの形状に違和感を覚えたのだが、考えてみれば四四式艦戦の改造ほどには無理は生じなかったのかもしれない。
機首に装備されたレシプロエンジンを無理やり噴進機関の亜種にすげ替えたことで、四四式艦戦二型では排気管の取り回しなどや冷却問題などで苦労したらしいと戦闘機隊のものから又聞きしていたが、エンジンナセルごと交換してしまえば最適な形状を取ることも出来たのではないか。
厚木航空基地で航空隊の地上要員を収容した四三式貨物輸送機は四四式艦攻を先導して飛び立っていたが、その飛行姿勢は安定していた。
操縦員の技量も優れているようだが、後ろから見る限りではエンジンに不安は感じなかった。実質的には噴進機関に無理やり減速機を詰め込んでプロペラを回すようなものだと四四式艦戦の操縦員が言っていたのだが、そのような問題は四四式艦戦特有の問題だったのかもしれない。
しかも、大柄な輸送機であるにも関わらず四三式貨物輸送機の巡航速度は四四式艦攻と大差なかった。むしろ実戦では胴体や翼下に兵装を懸架することで速度が低下する四四式艦攻よりも優速といえるのではないか。
エンジン出力の増大に伴って安定性を強めようとしたのか、四三式輸送機の垂直尾翼は前方に拡大されていたのだが、そのように面積を拡大しないと機体が振り回されるほどのエンジンだということが言えるのではないか。
―――四三式輸送機が進化したというよりも、四四式艦攻だけが取り残されていると考えたほうが良いのかもしれないな……
先導機の尾翼や固く閉じられた後部貨物扉を見つめながら垣花飛曹長はそう考えていた。
制式化されてから改良されているのは四三式輸送機だけでは無かった。海軍母艦航空隊の主力艦上戦闘機である四六式艦戦も制式化されてから年月が経っていたが、最近では電子兵装やエンジンの換装などが行われていると聞いていた。
米海軍でも新鋭ジェット戦闘機が投入されたという噂もあったから、それに対抗する必要があったのだろう。ジェットエンジンはまだ実用化されて間もなかったから、日進月歩で進化する余地があったのだ。
それに比べると、性能の限界に達したレシプロエンジンを搭載し続けるしか無い四四式艦攻は時代に取り残されつつあるのではないか。電子兵装や搭載兵装の追加はあったものの、セントーラスエンジンの出力増強には限度があるのか、エンジンには変化がなかったからだ。
四四式艦戦二型の様にターボプロップエンジンに換装するのも難しいから、流麗なジェット戦闘機が増えてくる空母の飛行甲板に並べられると第二次欧州大戦の形態を引きずった四四式艦攻の旧式さが目立つ気がしていたのだった。
後席から独り言のような声が聞こえてきたのはそんな時だった。
「そろそろ目的地かな」
井手大尉の声に垣花飛曹長は首を傾げていた。彼方に見える北海道の海岸線からすると、まだ根室沖あたりの筈だった。この辺りで北西に変針しないと美幌には辿り着かないのでは無いか。
だが、垣花飛曹長が何かを言う前に四三式輸送機の前方に点が見えていた。最初は操縦席風防の汚れと見間違えるほどちっぽけだった黒点は、短時間の間に2つの点となり、そしてジェット戦闘機の姿になると高速で四四式艦攻編隊と真正面から轟音を残してすれ違っていた。
呆気にとられて垣花飛曹長は振り返っていたが、後席の井手大尉は予め予想していたのか、興味深そうな顔に双眼鏡を構えてはるか後方でゆっくりと旋回する2機のジェット戦闘機を眺めていた。
実際には恐ろしく高速である為に旋回半径が大きくなっていただけだった。小回りよりも速度を重視するジェット戦闘機らしい機体のようだった。
それに先程大きく機体を揺さぶられた様子からすると音速近くまで速度が出ているのでは無いか。
旋回中に速度を落としていたのか、四四式艦攻編隊を今度は後方から追尾する様な形をとったその戦闘機編隊は、機体を傾けて大きな主翼とそこに描かれた国籍標識の日の丸を見せつけるように飛行していた。
四四式艦攻は巡航速度を保っていたのだが、その機体は低速飛行が難しいのか艦攻編隊を追い抜かしながらも機首を不自然な程に上げたまま飛行していた。
その機首には先尾翼が存在していた。翼面全てが稼働する全遊動式なのか、先尾翼は機体首尾線から斜めに角度をつけて機体の向きを制御していた。
そこだけ見れば四六式艦戦と似ていたのだが、水平尾翼は四六式の様にジェットエンジンが収まった胴体上部ではなく、広大な左右主翼の中央部分にそれぞれ設けられていた。
何よりも、目前の機体は四六式と違って胴体形状からすると胴体後部左右にエンジンを設けた双発機である上に、四六式艦戦よりも前方に配置された風防が前後に長い複座機でもあったのだ。
哨戒飛行中にこちらの姿を目視して安心したのか、左右に主翼を振ると双発複座のジェット戦闘機は機首を下げて水平に戻すと、北方へと去っていった。その後ろ姿を唖然として見つめていた垣花飛曹長の耳に、関心したような井手大尉の声が聞こえていた。
「あれが噂の五一式艦戦だな。もしかすると九州純正ではなく吸収合併した中島製の機体かもしれないぞ」
五一式艦上戦闘機の名前は、垣花飛曹長も報道で見ていた。最近になって中島飛行機が買収した九州飛行機製の双発ジェット艦上戦闘機であるというよりも、開戦以後盛んに報道されていた航空戦艦尾張の艦載機として有名だったのだ。
緒戦で損傷しながらも帰還した尾張と陸奥の2戦艦は、日本軍反撃の象徴として報道されていた。おそらくは国内外向けの宣伝だったのだろうが、後部砲塔の代わりに空母の艦尾を切り落として搭載したような復旧工事後の航空戦艦尾張の姿は素人目には強力そうに見えるだろう。
垣花飛曹長ならそんな妙な母艦への配属は願い下げにしたいところだったが、艦隊側としては搭載機の少ない尾張に数が少なくとも有力な戦力となる五一式戦闘機の搭載を決断していた、らしい。
「あの機体がここにいるということは、尾張と陸奥も近くまで来ているんですか」
垣花飛曹長の疑問に、井手大尉は僅かに後席で身動いでいた。少しばかりの沈黙に、垣花飛曹長は軍機に触れてしまったのかと身構えていたが、井手大尉は覚悟を決めたように言った。
「いや、すぐに分かるが、戦艦尾張はここにはいない。おそらく、先程の五一式艦戦は尾張専用の艦載機としてとりあえず製造された後に増加生産された機体だろう。
飛曹長も聞いているかもしれないが、最初は航空本部の方は九州飛行機に戦闘機の生産をさせるつもりはなかったらしい。ところが実機を見てみると迎撃戦闘にしか使い道のない四九式艦戦よりも双発複座のジェット戦闘機は何かと使い勝手が良いと艦隊側では判断したようだ。
幸いな事に中島が吸収したことで生産体制の貧弱さという懸念は失せた、という方向で連合艦隊の方が航空本部を説き伏せていたようだ。
五一式艦戦の搭載量は多いし、空軍の五〇式戦同様に複座だから、この機体で俺がやっているような作業も行える。おそらくは艦隊航空隊では純粋な戦闘機というよりも、攻撃機を兼用する機体としても考えているのではないかな」
「そういう、ことですか……空母の搭載機をあんな双発複座の艦戦で固めてしまおうということですか」
垣花飛曹長は複雑な思いで五一式が去っていった方を見つめていた。この複座の四四式艦攻自体が3座の艦攻と複座の艦爆を統合する機体として開発されたものだったのだが、ジェットエンジンの実用化が等々単座の戦闘機と複座の艦攻すら統合しようとしているようだった。
―――つまり将来は複座の戦闘機兼攻撃機の他は少数の哨戒機で空母の飛行甲板は埋め尽くされるというわけか……
四四式艦攻から始まった艦載機機種の絞り込みによる効率化という艦隊航空の長年の懸念がようやく解決するという事になるのだろうが、垣花飛曹長は一抹の虚しさも感じていた。
そんな垣花飛曹長のやるせなさを察したわけでもないのだろうが、前方の四三式輸送機がゆっくりと機首を下げて降下する姿勢をとり始めていた。
予想外の動きに、一瞬で感傷など吹き飛んでいた垣花飛曹長は慌てて井手大尉に振り返っていた。根室沖を通過した編隊は歯舞群島の上を通過していたが、まだ一度も変針していなかった。
どう考えても巡航高度から目的地である美幌への着陸に備えた降下には見えなかったのだ。
だが、井手大尉は力強く頷きながら無線機を操作していた。
「各機に達する。目的地を変更する。最初に輸送機が着陸するからよく滑走路の周囲を確認しておけ」
慌てて垣花飛曹長が四四式艦攻を続いて降下させると、断雲越しに細長い島の姿が見えていた。位置からして択捉島の筈だったが、この高度でも視界内に収まらないほどの巨島の中央部にある湾内に垣花飛曹長の視線が止まっていた。
目的地は択捉島中央のその湾だった。降下するに連れて湾内の点が次第に艦隊の姿になってきたからだ。艦隊を構成する艦の数は多かった。しかも湾内に停泊する各艦の周囲には水すましの様に忙しなく動く内火艇らしき姿が見えていた。
その慌ただしい様子からすると、艦隊が到着直後なのか、あるいは出撃前の物資搬入などを行っているのかのどちらかだった。
おそらくは後者だろう。湾内の中央部に並んでいる空母の姿を数えながら垣花飛曹長はそう考えていた。艦影からすると大鳳型、改大鳳型に加えて飛龍や天城の姿もあった。
大鳳型に艦橋構造物周りが似ているが一回り小さいのは、おそらく予備艦から現役に復帰してから船団護衛に就いていたはずの隼鷹型なのだろう。
―――あいつらのような中型空母に載せるには、確かに新鋭ジェット戦闘機ではなく四四式がお似合いか……
視線を湾口近くに築かれた長大な滑走路に向けながら、そう垣花飛曹長は考えていた。
滑走路脇にはすでに数多くの母艦航空隊らしい姿が見えていた。どの空母に載せられるかは分からないが、いつの間にか自分達も予備航空隊ではなくなっていたようだった。
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