表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
834/838

1953決戦、ハワイ沖海戦1

 ―――あまり練度の高い兵ではないな……

 自分達の事を棚に上げてそう考えながら、マレル中尉は離れた位置で待機している襲撃班に向けて目立たないように信号を送っていた。

 鬱蒼とした森林の中でマレル中尉達が待機していたのは、マニラ東部の山岳地帯を通過する道路を望む場所だった。河川にしがみつくように構築された街道は、地形に沿って蛇行する川筋のせいで屈曲して後続部隊からの視界を遮っていた。

 うまくいけば襲撃は短時間で終了するはずだった。むしろ、襲撃に時間がかかるようならば迷わず撤退すべきだった。森林地帯でも目立たないように道しるべを構築してあったから、撤退は難しくない、はずだった。



 カガヤン・バレー地方から、極東米軍主力が立てこもる要塞地帯を構成するマニラ市街地の南東に位置するバイ湖までの広大な地域には原生林が残されていた。険しい地形が連続するからスペイン統治時代から開拓が進まなかったのだろう。

 この山岳地帯を日本軍が突破することができれば、マニラ要塞地帯の外縁部をなすマニラ湾から山岳地までの50キロ程の前線を横合いから突かれてしまうと極東米軍司令部では判断していた。

 幾重にも構築された永久防御陣地からなる前線地帯を抜くのは重装備の日本軍でも至難の業であるから、迂回挟撃を試みる可能性があるというのだ。


 その一方で、前線を構築する部隊に戦力を派出する余裕はなかった。機械化された強大な日本軍と相対しているのだからそれも当然だった。

 未だに米軍が前線を維持し続けられているのは、開戦の遥か前に現マッカーサー大統領が極東米軍司令官だった頃から予算と時間を掛けて構築されたマニラ要塞地帯のおかげと極東米軍司令部は判断していた。


 日本軍のリンガエン湾上陸から200キロを遅延戦闘に従事していた間に戦力をすり減らせていた第24連隊の残余がこの地域に投入されたのは、黒人部隊である連隊の再編成がもはや不可能だとでも考えられたからではないか。

 一応マニラ要塞地帯に据えられた重砲の支援も得られるとされていたが、実際には地形故か中隊本部付きの通信兵が背負っている無線機では大隊や連隊本部と連絡を取るのも難しかった。

 第一、前線を支えているマニラ要塞地帯の火力が第24連隊に振り分けられるとしても、よほどのことがないと却下されるのではないか。

 連隊本部には火砲中隊に配備された105ミリ榴弾砲もあったが、前線に配属された師団主力を支援する師団砲兵の火力を補強するために引き抜かれて定数には程遠い状況だったし、山岳地帯では馬匹牽引の榴弾砲は扱いづらく、砲弾の備蓄も進んでいなかった。



 だが、マレル中尉は目前を移動する敵部隊の姿を隠れて監視しながら、実際にはこの方面から日本軍が大規模な侵攻を試みる可能性は低いと考えていた。敵部隊が日本軍の精鋭とは思えなかったからだ。

 街道を伝ってくる敵部隊は、マレル中尉達が潜む箇所を警戒しながらゆっくりと移動していた。この箇所で待ち伏せを行うとすれば、確かにこの場所が最適だと判断していたからだろう。

 ところが、敵部隊は恐る恐るこちらに顔を向けて行軍しているものの、反対側を警戒しているものは居なかった。アジア人は皆黄色い顔と黒い髪をしているものだから、ヘルメット越しでも直ぐにどちらを向いているか分かるのだ。


 襲撃班は街道を挟んでマレル中尉達の反対側にも潜んでいたのだが、そちらが主力と言っても良かった。襲撃班の指揮官にはマレル中尉がこの中隊で一番信頼する下士官であるドラゴ伍長を充てていたからだ。

 襲撃班の人数は少ないがいずれも手練れの兵ばかりだったし、鹵獲したサブマシンガンを与えていた。遠距離火力では劣るが、短距離での瞬間的な火力は人数に比例しない強力なものであるはずだった。

 むしろ、マレル中尉が直卒する兵達の方が緊張のあまり命令前に発砲しかねないと危惧していた程だった。


 普通ならば誤射の可能性があるから街道の左右に展開することなど有りえないのだが、地形を確認したドラゴ伍長が襲撃班の分派を上申していた。街道と周辺の高低差を利用すれば、安全に挟み撃ち出来るというのだ。

 ドラゴ伍長の判断は正しかった。マレル中尉は自ら襲撃開始の合図となる小銃の引き金を引きながらそう考えていた。



 鬱蒼とした森林に幾分か吸収されたような気がしていたが、マレル中尉の発砲直後から中隊主力による街道への射撃が開始されていた。

 開戦から禄に補充もなく戦い続けていた第24歩兵連隊では、中隊と言っても開戦時の小隊規模程度でしかなかったのだが、相次ぐ実戦参加で中隊の下士官兵達の経験は平時ではありえない密度で蓄積されていた。

 重い小銃の槓桿を操作する手も慣れたもので、兵たちの発射速度は高かった。貴重な重火器は中隊に欠けていたが、機関銃並の密度で射弾が街道を襲っていたのだ。


 見晴らしの良い街道に棒立ちとなっていた敵兵は次々と倒れていったが、士官か下士官らしい指揮官が号令を出すと、次第に組織的な動きを始めていた。相互に支援を行いながら背後の傾斜地に逃れようとしているのだ。

 敵部隊が脱出しようとしている方向は、マレル中尉が名前も知らない支流の合流地点となっていた。洗掘によって川岸は一段低くなっていたから、傾斜を盾にして戦闘の継続を試みようとしているのだ。

 こちらの銃撃密度は高いはずだが、機関銃などの支援がないことに早くも気が付かれていたのかもしれない。部隊規模はそう変わらないほどだったから、防御体制さえ構築出来れば、戦闘の継続は不可能では無いと判断したのだろう。


 だが、実際には街道からの離脱は容易ではなかった。街道と川岸を隔てる法面は角度が急だったからだ。フィリピンの河川は暴れ川が多いのか、洗掘が激しく川岸も水面との境目が曖昧な上に高度差も激しかった。

 予めその方向も監視していれば詳細な地形を把握出来ただろうが、彼らは待ち伏せに適したこちら側ばかりに注目して、河川の方には目を向けていなかったのだ。


 上流から流されてくる腐葉土のせいか、激流で磨かれた石ころだらけに見える川岸にも幾らかの植生が生じていた。慌てて川岸に飛び降りた敵兵に向かって、その僅かな植生の影に潜んでいた襲撃班からの銃撃が浴びせられていた。

 予想外の方向からの銃撃に、敵兵は短時間のうちに士気を崩壊させていた。逃げ出そうにも石ころだらけの河原で足を取られた敵兵は次々と背後から狙い済まされた銃撃で撃ち倒されていった、



 襲撃班からの合図で、敵兵の死体だらけの街道に降り立ったマレル中尉は、まだ息のある敵兵に止めを指している兵達を無視して下士官に可能な限りの情報収集と敵兵の死体数を数える様に命じて更に河原に降りていた。

 すでに襲撃班を指揮するドラゴ伍長は、指揮官らしき敵兵の懐から書類などを漁っていた。マレル中尉に小さく折りたたまれていた紙片を差し出しながらドラゴ伍長は言った。

「やはり日本軍ではなかったようです」


 マレル中尉は首を傾げながら紙片を覗き込んでいた。もう2年以上見てきたせいか、角ばったこの漢字という文字にも慣れてきたが、簡単なもの以外意味は分からなかった。

 どうも軍事行動に関わるものではないように思える紙片の文字を流しながら、マレル中尉は日本軍の文章ならあるはずのものがない事にようやく気がついていた。

 漢字よりも簡単な、蛇がのたくったようなカナという文字が無かったが、これまでの経験から漢字だけの文章ならば日本人ではない可能性が高かった。


「漢字だけの文章と言うことは、こいつらは中国人、いや満州軍か」

 マニラ島に赴任してから、というよりも開戦以後につけた知識からマレル中尉はそう独り言のように呟いたのだが、敵兵の軍衣を示しながらドラゴ伍長は返していた。

「よく分かりませんが、これまで見た満州の軍衣とは微妙にデザインが違いますね。中国は今は3つもあるそうですが、その満州の方じゃない連中が出てきたのかもしれません。

 それに満州の連中なら、もう少し手練の筈だ」

 厳しい視線のドラゴ伍長にマレル中尉も頷いていた。



 開戦からずっと、第24連隊は日本人か満州人の相手ばかりをしてきていた。そして彼らが米本土で言われていたような猿真似しか出来ない2流民族どころか、豊富な装備を有する手練の兵達ばかりである事を戦友達の血でもって思い知らされていた。

 地道に砲兵の火力で道を作る日本軍の侵攻速度が遅かったことだけが救いだったのだが、ゆっくりと、着実に押し上げられる前線の前では何者も生き延びられなかった。


 連隊の兵達が息をつけたのは、マニラ要塞地帯の前面で日本軍主力が侵攻ルートを捻じ曲げたときだけだった。上陸地点からマニラ平原を南東に向けて進撃していた日本軍は、マニラ要塞地帯に撤退した米軍への押さえを残すと、唐突に主力をバターン半島に向けていたのだ。

 バターン半島を横断して海岸線に向かって進んでいた日本軍の目的は、アジア艦隊の根拠地であるスービック基地の占拠にある事が途中で判明していたが、撤退した主力部隊をマニラ要塞地帯に集結させていた米軍にはそれを遮る部隊も意思も無かった。

 残存する海軍部隊の散発的な抵抗を粉砕した日本軍はスービック基地を占拠した上で徹底的に破壊していたらしいが、マレル中尉はその後の日本軍から積極性が失われていたような気がしていた。


 極東米軍司令部が特にそのような判断をしている形跡は無かった。日本軍は相変わらず強力な火力で攻め立ててきていたからだ。

 火砲の性能が特に米日で大きな差異があるわけではないのだが、日本軍は射程の長いカノン砲寄りの榴弾砲が多いのか、火力を集中させると共に、対砲兵戦で火力潰しに出る傾向が強かった。

 日本軍には前線の砲兵隊を一括管理する司令部機能があるらしいとはマレル中尉も聞いていた。だから、そのような砲兵を束ねる組織はそのまま残された一方で、近接戦闘部隊の主力が下がったのではないかと考えていたのだ。

 極東米軍司令部では、マニラ要塞地帯で日本軍が足止めされているのは、要塞地帯に構築された火力は天蓋部などに装甲を施されて砲塔化されていたから、これまでと違って対砲兵戦で容易に撃破されなくなったのが日本軍停滞の主因と考えているようだった。

 マレル中尉は、原因としてはそれが正しいとしても、日本軍が本気であればその程度で音を上げるとは思えなかったのだ。この中国軍のような2線級の部隊に前線を押し付けた日本軍がどこに移動したのかは、マレル中尉には想像もつかなかった。



 ふと気がつくと散発的に聞こえていた銃声が河原だけでは無く上の街道でも途絶えていた。おそらくは南中国軍だろう敵兵は、既に全員死んでいた。

 今のマレル中尉達に負傷した捕虜を取る余裕はなかった。何人かの敵兵は逃げ去っていたから、彼らが増援を連れてくる前に急いで森林地帯を撤退しなければならなかったからだ。

 下士官から敵兵の戦死者数を聞きながら、マレル中尉は敵兵の遺体を漁る兵達を眺めていた。補給が乏しく常に飢えているような彼らは、食料品などを探していたのだ。


 第24歩兵連隊自体の補給状況が悪化していた。前線が後退したことで全ての物資集積地となっているマニラ要塞地帯から進出距離があるものだから、連隊本部の兵たちが背で全ての物資を輸送しなければならないからだ。だから兵達は食料品だけでは無く、積極的に銃、弾薬の鹵獲も行っていた。

 だが、視線を周囲に向けていたマレル中尉は目を見張っていた。敵指揮官の傍らで、ドラゴ伍長は彼の目を閉じていたからだ。迫りくる自らの死が信じられないとばかりに虚空を睨みつけていた敵兵の顔は、目を閉じさせると奇妙なほどに安らかなものに変わっていた。


 マレル中尉は、この終わりの見えない戦闘の中でも戦士の矜持を保っているように見えるドラゴ伍長の横顔を見つめるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ