1952激闘、バルト海海戦27
戦艦ヴァンガードから放たれた40センチ砲弾が標的とするアルハンゲリスクの周辺に落着する寸前に、同艦もまた射撃を開始していた。その頃にはヴァンガードに後続する形になった信濃型2隻も射撃を開始していたから、敵味方合わせて6隻の戦艦がお互いに主砲を放っていた。
射撃指揮用に開発された高精度レーダーがなければ照準が難しいほどの遠距離だった。発射から着弾までの間に再装填作業が終わる程には砲弾の飛翔時間は長かったのだ。
ヴァンガードに搭載された各種レーダーは全力で周囲を探っていた。アルハンゲリスク周辺に発生した着弾による水柱も、即座に四七式射撃指揮装置と一体化した射撃指揮用レーダーに捉えられていた。
艦橋内のスピーカーに着弾観測結果を読み上げる砲術長の声が響いていた。射撃指揮装置内には射撃指揮用レーダーに繋がるスコープがあるから砲術長自ら着弾を観測していたのだろう。
四七式射撃指揮装置のちっぽけな筐体に収められた計算機は、従来の巨大な射撃盤と比べても格段に高速での演算が可能だというが、流石に180度もの回頭を行った後に再開した射撃は照準をやり直さなければならなかったようだ。
だから今回の主砲射撃でも命中弾は無かったのだが、航海科士官であるラルストン中尉の目には、初弾だとすれば着弾観測の結果は満足行くものではないかと見えていた。
挟叉こそ得られなかったが、着弾位置はアルハンゲリスクの前方すぐ近くに固まっていたからだ。
初弾から修正を行ったヴァンガードの第2斉射は、アルハンゲリスクから行われた射撃が着弾するよりも早く行われていた。まだ砲戦距離が長く、初弾の発砲から着弾まで時間があったから、装填作業は着弾観測時には既に終わっていたからだ。
レーダー観測による着弾点の確認と照準の修正も、熟練の砲術士官である砲術長の手で迅速に行われていた。電気化された日本製の四七式射撃指揮装置は最新鋭の機材だったが、既に砲術長は訓練期間の間に使いこなしていたようだった。
初弾の観測と修正に余程の自信があったのか、砲術長は連装砲塔の左右砲共に射撃を命じていた。初弾発射から一分少々の時間をかけた第2斉射は、初弾発射時に勝る轟音と閃光を残しながら各1トンの徹甲弾8発を3万メートルもの彼方へと再び送り込んでいた。
だが、第2斉射の砲弾が取り残していった硝煙の匂いと衝撃に浸っていられたヴァンガードの乗員は少なかった。4基の主砲塔内部では発砲したばかりの主砲機関部の開放と砲身内部の点検、そして巨大な徹甲弾と大遠距離の射程に合わせた薬嚢の装填作業が行われていたからだ。
それにヴァンガードから主砲弾が飛び去った直後に、今度は敵弾が迫っていたのだが、最初に敵弾を観測していたのは対空レーダーだった。
北方艦隊には軽空母並の航空機運用能力を持つ航空巡洋艦が随伴しているはずだが、デンマーク軍団を支援する国際連盟軍航空部隊との消耗戦を恐れたのか姿は見えなかった。おそらくは後方で待機して国際連盟軍機が確認された際にのみ集中搭載した戦闘機隊を出撃させる腹積もりなのではないか。
しかし、上空に向けられた対空レーダーには、航空機が居なくとも別の仕事があった。高精度のレーダーであれば飛来する敵砲弾の観測が可能だったのだ。特にこの距離なら一分近くも砲弾は弾道軌道を飛翔しているから観測は難しくなかったのかもしれない。
北方艦隊戦艦群単縦陣の先頭を行くアルハンゲリスクから放たれた砲弾は、セオリー通りに1番艦、つまり信濃型2隻を先導する体制になっているヴァンガードに向けられているのが砲弾の飛翔中に対空レーダーによって確認されていた。
実際に着弾が生じたのは、ヴァンガードの第2斉射が行われてから10数秒後の事だった。ラルストン中尉は、着弾予想時間になると緊張を耐えきれずに海図盤から顔を上げていた。
そんなラルストン中尉をあざ笑うように、海中に飛び込んだ砲弾の衝撃によってほぼ同時にいくつもの水柱が立ち上がっていた。砲弾炸裂の影響を受けて薄汚れた灰色に見える水柱は巨大なものだったが、轟音は僅かに遅れてヴァンガードの艦橋を襲っていた。
―――音が遅れて伝わるということは、着弾点は意外とずれているのか……
ラルストン中尉の予想を裏付けるように、見張り員からの報告でも着弾点は距離があるようだった。散布界は意外と狭い範囲に収まっていたようだが、当然挟叉も起こしていなかった
思わず安堵のため息を付きかけた乗員達を引き締めるように艦長であるサイラス大佐が言った。
「油断はするな。ソ連海軍も無能ではない。次は修正してくるぞ」
ラルストン中尉も慌てて作図に集中していたが、しばらくすると歓声が上がっていた。再びスピーカーから砲術長の声が聞こえたが、こちらも喜色を隠しきれない様子だった。
ヴァンガードは早くも第2斉射で夾叉を得ていた。交戦距離を考えれば、卓越した結果と言ってよかったのではないか。練度不足を疑われていたヴァンガードの乗員達が歓声を上げるのも無理はなかった。
浮かれた様子の乗員に交じることなく、サイラス大佐は双眼鏡を手にしたまま艦橋から周囲の海域を鋭い目で見ていた。ラルストン中尉は、サイラス大佐の目が一瞬光ったような気がしていたのだが、それは唐突に生じた水柱のせいだった。アルハンゲリスクから放たれた砲弾が着弾していたのだ。
サイラス大佐の言った通りだった。夾叉こそ得られていなかったものの、アルハンゲリスクから放たれた主砲弾の着弾点は、確実にヴァンガードに近づいていたのだ。
喜色に満ちていたヴァンガードの艦橋内も、それで一挙に温度が下がった気がしていた。ラルストン中尉も士官としての威厳を保ちつつも背に冷や汗が生じるのを感じていたのだが、サイラス大佐は浮ついた雰囲気を一蹴するように、達観した静かな声で言った。
「本艦は夾叉を得た。あとは運次第だが、一喜一憂したところで何かが得られるわけではない。全乗員は訓練通りに自らの職務を全うせよ」
ラルストン中尉は思わず顔を赤くして海図に視線を落としたが、そんな艦橋内の状況などお構いなしに砲術長は第3斉射の引き金を引いていた。
照準の修正が最小限で済んでいたからか、夾叉を得られた後の本射速度も上がるはずだった。これ以降は着弾点の観測を行って照準を修正する必要はないから、着弾が生じる前に次弾を発射してしまえるからだ。
着弾修正を行っていた第2斉射までは、照準を修正するまで次弾の射撃は行えなかったのだが、挟叉によって主砲照準が正しいことを確認した後は状況が変わらない限りは装填作業終了次第射撃を行ってしまうのだ。
だが、それはソ連側も同様だった。それから2度の着弾修正でアルハンゲリスクもヴァンガードに夾叉弾を得ていたからだ。後続の周防と信濃の援護は得られなかった。彼らも既にソビエツキーソユーズ級2隻とお互いに夾叉弾を生じさせていたからだ。
既にボーンホルム島の北端を回り込んだ戦場の様子は、狭い檻の中に猛獣を閉じ込めて戦わせるようなものだった。問題はどちらが先に致命傷を与えられるかだった。
状況は戦艦群以外で国際連盟軍に不利と言えた。崩れ落ちる水柱によって生じる硝煙の匂いのする飛沫を被りながら双眼鏡を見つめている見張り員からの報告によれば、信濃型2隻は舷側に並べられた片舷2基の副砲による射撃を開始していたからだ。
日本海軍は射程距離にあれば副砲でも敵戦艦を射撃すると定めているとラルストン中尉は聞いていたが、信濃型の副砲は軽巡洋艦主砲相当の15センチ級砲でしかないから、ソビエツキーソユーズ級もアルハンゲリスクも有効射程内とは言えない筈だった。
2隻の信濃型が副砲射撃の標的としていたのは、戦艦から放たれる巨弾が飛び交う下で突撃を開始した北方艦隊の軽快艦艇群だった。
北方艦隊の軽快艦艇は、キーロフ級と思われる巡洋艦を先頭に戦艦群に向けて接近していた。これを阻止する為に国際連盟軍の軽快艦艇群も動き出していたが、その動きは鈍かった。彼我の軽快艦艇群は戦力差が大きかったから積極的な行動が難しかったのだ。
3番艦の位置についた信濃の更に後方では、損傷したインコンスタントを除く英海軍水雷戦隊が艦隊主力を追随していたが、寄せ集めの水雷戦隊は未だに艦隊主力に合流できていなかった。
日本海軍の松型駆逐艦部隊も軽巡洋艦ウガンダ率いる英海軍水雷戦隊に合流していると連絡があったが、最新鋭の太刀風型で構成された部隊とは連絡がつかなかった。
いずれにせよ、当初から劣勢だった英日混成艦隊の軽快艦艇部隊は、防戦一方だった。時間が経てばウガンダ以下の英水雷戦隊等も戦闘に加入できる筈だが、その頃には艦隊主力の直衛についている部隊が戦力差から一方的に敗退しているかもしれなかった。
その軽快部隊を支援する為に信濃型の副砲は火を吹いているようだったが、信濃型が片舷側に指向できる副砲火力は三連装15センチ砲が2基だから、2隻分を集中させても大型軽巡洋艦1隻分というところだった。
その火力は無視出来ないが、ソ連独自の18センチという列強の重巡洋艦に準ずる火力を持つキーロフ級軽巡洋艦を先頭に突撃してくる北方艦隊軽快艦艇部隊を制圧するのは難しいのではないか。
第二次欧州大戦の戦訓は、レーダーによって遠距離から発見された軽快艦艇群は戦艦の長距離砲撃で容易に制圧出来るというものだったが、実際には同程度の戦艦群に拘束された今の混成艦隊戦艦群には主砲火力を突撃を開始した敵軽快艦艇群に向ける余裕は無かった。
信濃型に続いてヴァンガードが友軍軽快艦艇を支援する事も出来なかった。ヴァンガードの副砲は実質的に対空砲である10センチ両用砲でしかないからだった。
日本製の10センチ砲は、高初速を狙った長砲身故の砲身命数の短さといった欠点はあるものの、優秀な性能を持っている事はこれまでの訓練期間でヴァンガード乗員達の間にも広まっていた。
ただし、それは対空砲として見た場合の事だった。発射速度の高い高初速砲だから駆逐艦同士の戦闘であればより大口径の備砲よりも有効打となる可能性は否定出来ないが、大型艦の副砲としては射程が不足していた。
駆逐艦等よりも遥かに安定した戦艦の船体に据え付けられている為に実質的な有効射程は伸びているはずだが、同型砲を備えた信濃型も発砲は控えているようだった。
10センチ両用砲が発砲するとすれば友軍軽快艦艇による警戒幕を突破されたときになるだろう。
海図を記載しながらラルストン中尉はサイラス大佐の表情を伺っていた。サイラス大佐は艦隊司令部の命令どおりに彼我戦艦群の間隔を保つ様に操艦していた。
ノルウェーの海岸線に乗り上げるのを避ける為なのか北方艦隊が左回頭していた事でやや距離は縮まっていたが、未だに主砲戦距離での戦闘は続いていた。
―――このままボーンホルム島を背にして主砲戦距離で交戦して、キールまで戦闘が続くのか……
今後の戦闘推移を想像したラルストン中尉の耳に、見張り員とレーダーからの報告がほぼ同時に聞こえていた。
夾叉を続けていたヴァンガードは、ようやくアルハンゲリスクに命中弾を得ていた。見張り員はアルハンゲリスクから黒煙が上がっているのを確認していたし、それに先んじてレーダー室はヴァンガードから放たれた主砲弾が作り上げた水柱の数が少ない事を報じていた。
先程の夾叉弾が得られた時よりもラルストン中尉は興奮していた。これでアルハンゲリスクが無力化されてくれないかと思ったのだが、その期待はあまりに早すぎた。
水柱が消え去るよりも早く、アルハンゲリスクは射撃を行っていたからだった。重装甲の戦艦は1発や2発の命中弾では無力化出来ない。その事を今更ながらにラルストン中尉は実感していた。
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