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1952激闘、バルト海海戦25

 遣欧艦隊主力の各艦には、ボーンホルム島を回り込んでハーネ湾内に踊り込んだことで次々と情報が流れ込んでいた。麾下の水雷戦隊を集合させつつある英軽巡洋艦ウガンダから送られてくるものだけでは無く、自身の見張り員による目視情報も急速に増大していたのだ。



 意外な事に、最初に北方艦隊と接触したインコンスタントはまだ沈んではいないようだった。北方艦隊から逃げ出そうとする同艦らしき反応を電探が捉えていたのだ。

 電探の反応は時たま顕著に強弱が変わるというから、沈んだのでなければ盛んに転舵を行って回避を続けているのだろう。それで電探波の反射が変化していると思われるのだが、それに加えて周囲にも突発的に反応が生じているというから、海面に落着した砲弾の水柱を観測しているようだった。

 何よりも、未だにインコンスタントがいるはずの海域からは、発砲の閃光と海面に反響するおどろおどろしい砲声が途絶えることなく続いていたのだ。


 北方艦隊に追われている駆逐艦インコンスタントが圧倒的に不利な状況で反撃を行っているのか、一方的に射撃を受けているだけなのかは分からなかった。

 I級駆逐艦は4基の単装砲を前後に振り分けて装備していたから、敵に背を向けていたとしても艦尾方向に向けての射撃は可能なはずだが、大兵力の北方艦隊相手では牽制にもならないだろう。


 それに遣欧艦隊はインコンスタントを視界に入れた直後から敵味方識別装置を使用していたのだが、自動的に反応するはずの識別装置からの応答は無かった。

 第二次欧州大戦において、多国籍の海軍で艦隊行動をとった際に様々な軋轢が生じたことから、国際連盟軍に参加する諸国軍艦艇に導入されていた敵味方識別装置だったが、そもそも無線連絡が途絶えていた事からすると、インコンスタントは通信装置全般、空中線が集中したマストが破壊されているのではないか。

 あるいは、未だに操艦には支障がなさそうなところからするとマストに隣接している艦橋の指揮機能は失われていないだろうから、通信室が破壊されているのかもしれなかった。



 遣欧艦隊主力は、インコンスタントからの報告ではなく、その存在を証明し続けている閃光と砲声が発せられている方向に向けて各種電探を作動させていた。

 電波管制は既に解除されていた。インコンスタントに向けられた砲声は激しいものだったが、ハーネ湾内には目に見えない電波が砲声に負けないほど充満するように放たれていたのだ。


 煙突構造物と一体化したマストの頂部に備え付けられていた周防の捜索電探も敵艦の反応を捉えていた。水上捜索電探の反応からすれば、やはり既に北方艦隊も水上戦闘を前提とした複数の単縦陣からなる陣形を構築してこの海域に侵入していたようだった。

 それに対してボーンホルム島を回り込んだ遣欧艦隊主力は、同島を背にするように斜行しながら北方艦隊主力との砲撃戦を意図していた。この針路ならば北方艦隊からの電探観測を背後の島影で多少は欺瞞できる筈だった。

 それに北方艦隊の指揮官に早期の転舵を促して主砲戦距離での砲撃戦を強要する意図もあったのではないか。


 いずれにせよ、逃走するインコンスタントや、その周辺に生じている水柱などの障害物に阻害されながらも電探で北方艦隊主力を観測し続けていた遣欧艦隊主力の3隻は、信濃型戦艦で想定されている主砲戦距離に入り込んだ直後に射撃を開始していた。

 旗艦信濃の発砲は、周防の中央指揮所内には直接の影響をもたらさなかった。中央指揮所には外部を視認できる窓がないから閃光は見えなかったし、砲声が伝わるより艦橋見張り員からの報告の方が早かったからだ。



 艦橋構造物頂部の主砲射撃指揮所に配置されている周防の砲術長は、既に事前の作戦計画通りに敵戦艦2番艦らしき目標に対して、方位盤と一体化された射撃管制電探を用いて射撃値を求めていた。

 浅田大佐も砲術長には旗艦発砲を確認次第射撃を許可していたから、艦橋見張員からの報告が終わる前に周防も主砲射撃を開始していた。


 隔壁で覆われた中央指揮所内でも、流石に本艦による主砲射撃の影響は大きかった。英本土で行われた工事がいい加減だったのか、隔壁越しに伝わる轟音と共に、電路か何かの隙間から入り込んだ硝煙の匂いがする気流も生じていたのだ。

 それまで冷静に中央指揮所内で各種電子機材に取り付いていた通信科員達も、主砲発射の衝撃で壁が振動した瞬間は興奮や不安が入り混じった顔になっていた。


 態勢表示盤を確認していた浅田大佐も僅かに頬を緩めていた。

 第二次欧州大戦開戦からしばらくの間に浅田大佐が乗り込んでいた初期建造の松型駆逐艦には中央指揮所など無かった。当時は硝煙の匂いどころか荒天時には容赦なく飛沫を浴びるような艦橋で指揮を取っていたのだ。

 情報源に限らずあらゆる情報を集約したあの頃の中央指揮所は、空間に余裕のある貨客船を原型とした特設巡洋艦など特殊な艦艇に試験的に設けられたものでしかなかったのだ。


 その頃の浅田大佐は、爆雷が作り上げるどす黒い水柱や、対潜弾や浮上する潜水艦に射弾を放つ主砲の砲煙を間近で直接浴びていたのだが、その後に乗り込んだ島風は、哨戒艦による改造を受けた事で駆逐艦ながら狭苦しい中央指揮所を無理やり増設していた。

 そして今では、特異な艦ではなくとも今の周防のように大型艦であれば中央指揮所が増設されるようになっていた。


 ところが、幾多の実戦で実用性が証明されたにも関わらず、特に軽快艦艇の艦長や隊司令などの中には、自らの視野や乗員達との距離感を重視したのか、艦内奥深くに設けられる中央指揮所を忌み嫌う層もあると聞いていた。

 自らも硝煙の匂いのする海水を被り続けていた浅田大佐は彼らの意見に同調は出来なかった。極端なことを言えば、集中した訓練を施された見張り員ではなく、彼らからの情報を元に判断しなければならない艦長は、艦橋内でも自らの視野になど頼るべきではないのではないか。

 複雑化する状況を正確に把握するには、中央指揮所で最後まで指揮を取るほうが艦の生存に寄与すると浅田大佐は考えていたのだ。



 ―――それに、中央指揮所にいても、結局硝煙の匂いは消えないのだ。

 一瞬そんな埒もない事を考えた浅田大佐は、状況の把握に集中していた。


 尤も、主砲射撃が始まった今では、周防の艦長として浅田大佐がやるべき事は無くなっていた。

 事前の計画通りに、信濃を先頭とする遣欧艦隊戦艦群の単縦陣は、それぞれの目標に向けて射撃を開始していた。周防は先導する信濃の航跡を忠実に追い掛けつつ敵2番艦に向けて主砲射撃を行うだけだったのだ。

 浅田大佐が新たに付け加えるべき命令や指示は、今の所は無かった。ソビエツキーソユーズ級と思われる敵2番艦を脱落させるか、逆に旗艦である信濃に座乗する艦隊司令部が機能不全とならない限りは、傍観者となるほか無かったのだ。

 もしかすると、そうした一歩引いた目線であったからこそ、浅田大佐が状況の変化に真っ先に気がついたのかもしれなかった。



 ―――敵艦の針路がねじ曲がっているのではないか……

 対水上捜索電探とつながる表示面を操作員の肩越しに後ろから覗き込んだ浅田大佐は、敵艦を示す光跡からふとそう気がついていた。


 遣欧艦隊主隊が主砲射撃を開始した直後、北方艦隊はインコンスタントへの追撃を停止していたように見えていたが、その時点で北方艦隊は南下していた。ポーランド沖を目指す針路にも見えたが、実際には旗艦である軽巡洋艦ウガンダと合流すべく南下するインコンスタントを追尾していただけなのだろう。

 そこから北方艦隊は概ね西よりに針路を変更していた。一見すると、新たに戦場に姿を表した遣欧艦隊主力に対応するために見えた。インコンスタントがそれで辛うじて難を逃れる形だったが、北方艦隊の砲火が止むことは無かった。

 今度は遣欧艦隊に砲口を向けていたのだが、何処かその反応は腰が引けているように見えていた。ところが、砲火を交えつつも北方艦隊は変針を続けていたのだ。


 浅田大佐は眉をしかめていた。ハーネ湾の東端から侵入して、哨区を遊弋していたインコンスタントを追いかけていたはずの北方艦隊は、大角度の変針を行って今度は北方に針路をとっていた。

 南東に舳先を向けていた遣欧艦隊は、本来距離をとった同航戦を強要する作戦計画を立てていた。

 地中海での戦闘の推移から推測してソ連海軍が遠距離砲戦を厭わないのであれば、ポーランド沖に到達するまで遣欧艦隊が西側に遷移して砲撃戦を挑めば、ボーンホルム島より西側への侵入を阻止出来ると考えていたのだ。


 だが、信濃の主砲戦距離最大で放たれた主砲弾は、一分程経ってから北方艦隊の付近に水柱を盛大に上げていたものの、命中弾は無かった。

 いくら射撃管制用電探による精密な測定結果を反映していたとはいえ、初弾から命中弾が出るとは浅田大佐も考えてはいなかったが、一分前の観測結果はそもそも無効化されていた。

 射撃管制用電探が高精度に敵艦位置を測定しており、照準が正確だったとしても、それは一分前の敵艦の軌道を正確に延長した一点への照準でしかないからだ。


 ところが、既に北方艦隊は変針を行っていた。彼らも射撃を行っていたが、大角度の舵を切っている間にその補正を可能とする射撃完成機構など存在していなかったから、遣欧艦隊の脅威とはならなかった。

 戦艦の様な大型艦の操舵性能はそれ程高くないから、一分程度では大きく位置は動いていなかった。だから北方艦隊の各艦に対しては至近弾も生じていたものの、現在の照準は的速を観測出来るまでやり直しになるだろう。

 至近弾の炸裂によって生じた水中衝撃波によって敵艦が損傷する可能性もあったが、浸水によって速度が大きく低下でもしない限り影響は無視しても良いだろう。



 そして、北方艦隊の機動によって、遣欧艦隊の針路をどう取るべきかが問題となっていた。

 戦艦群は大遠距離で射撃を開始していたものの、両軍の軽快艦艇群は整然とした単縦陣を保ったままだった。インコンスタントを追撃していた北方艦隊の前衛部隊と思われる何隻かはむしろ艦隊主力に向けて引き返している様子だった。

 地中海方面ではソ連海軍は積極的に交戦を挑んでいたようだが、バルト海では交戦を避けようとしているようだった。軽快艦艇に突撃をさせるにはまだ早いと考えていたのだろう。

 むしろ遣欧艦隊の方が状況を混乱させるために軽快艦艇群を積極的に運用すべきなのだろうが、哨戒線を構築していた前衛部隊どころかその増援に回していた第52駆逐隊ですら艦隊主力との合流を果たしていなかったから、下手に突撃などを命じれば戦力差から短時間のうちに無力化されてしまうだろう。


 地中海方面の黒海艦隊が大西洋に進出することが出来なかった時点で、バルト海に進出した北方艦隊の最終的な目的はキールへの到着、現地のソ連地上軍の支援になっているのではないか。

 その為に北方艦隊は、積極的な遣欧艦隊との交戦を意味するポーランド沖への南下ではなく、牽制射撃を行いつつボーンホルム島北側に向かう為に転舵したのだろう。

 これに対して、遣欧艦隊は単縦陣を保ったまま回頭する北方艦隊に取り残されるように、南東に針路を向けたままだった。



 ―――司令長官は左右どちらに舵を切るつもりだろうか……

 海図と対水上捜索電探表示面に交互に視線を向けながら浅田大佐はそう考えていた。

 左舷に転舵した場合、北方艦隊を大回りで後ろから追撃する態勢となるだろうが、下手をするとスウェーデン領海まで侵入してしまうかもしれなかった。ソ連側はスウェーデンの中立など無視してかかっているだろうが、国際連盟軍は同国の中立を表向き尊重しなければならない立場にあった。

 それに明らかとなっている彼我艦艇の速度には大差無いから北方艦隊に艦隊主力が追いつけない可能性もあったのだ。

 右舷に転舵しても追いつけない可能性はもちろんあった。空間としては余裕はあるはずだが、下手をすると艦隊はボーンホルム島を避けるために同島の南側を回り込む羽目になるかもしれなかった。そうなると一時的に北方艦隊との接触を絶たれてしまうだろう。


 だが、直後に中央指揮所に伝わってきた艦隊司令部からの命令は、浅田大佐の予想とは違ったものだった。

信濃型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbsinano.html

松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html

島風型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddsimakaze.html

ソビエツキーソユーズ級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbsovyetskiysoyuz.html

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