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1952激闘、バルト海海戦24

 敵艦隊発見の報からまもなく、英駆逐艦インコンスタントからの報告が途絶えていた。戦艦周防の中央指揮所で同艦に関する情報が記載された書類を手に取ろうとしていた浅田大佐は、状況の急速な変化に眉をしかめていた。

 周防を含む遣欧艦隊主力は、真っ先に北方艦隊と接触したインコンスタントの哨区に向かう最中だったが、複数の戦艦を含む北方艦隊と遭遇した同艦は短時間のうちに撃沈されていたのだろう。

 戦隊を組む僚艦からもインコンスタントの哨区から砲撃らしき閃光を確認したという報告があったからまず間違い無さそうだった。



 敵艦隊発見の報告を聞いても浅田大佐が咄嗟に思い出せなかった英駆逐艦インコンスタントは、やはり第二次欧州大戦前に建造されていたI級駆逐艦の系譜だった。

 ただし、純粋な英海軍の駆逐艦ではなく、元々はトルコ海軍が近代化のために英国に発注していた準同型艦であったらしい。純正のI級駆逐艦とは建造時から兵装の仕様が異なっていたらしいが、A級駆逐艦に連なる艦隊型駆逐艦であるのは間違いなかった。


 原型となったA級駆逐艦は、実質的に第一次欧州大戦後に英海軍で初めて建造された駆逐艦だった。旧式駆逐艦を代替すべく建造された中型駆逐艦だったから、同じ英海軍の駆逐艦でもトライバル級やバトル級等の大型駆逐艦と比べると抗堪性には疑問がついていた。

 建造当時のトライバル級は英海軍部内では船型が過大であるとさえ考えられていたのだが、水雷戦闘のみならず対空、対潜兵装の充実が求められた第二次欧州大戦世代の駆逐艦としては、A級駆逐艦系列は既に時代に取り残されていたと得るのではないか。

 第51駆逐隊に配属された太刀風型駆逐艦は基準排水量で三千トンとかつての軽巡洋艦並みに大型化していたから、基準排水量で言えばインコンスタントは半分程度の小兵でしかなかった。



 資料によれば、中立を宣言したトルコへの売却を取りやめて英海軍に編入されたインコンスタントは、原型艦では2基あった5連装魚雷発射管を4連装1基に留める代わりに、その装備位置を対空機銃や爆雷兵装に割り当てていた。

 散布爆雷、というよりもその原型となったヘッジホッグ爆雷も備えていたから、トルコ向けとして建造されていたために計画外にあった本艦は対潜艦艇として運用されていたようだった。

 そして対潜戦闘に特化していたことで、もはや大規模水雷戦闘の発生が考えづらい為に中途半端な扱いとなって次々と除籍解体されていたA級駆逐艦と違って、皮肉なことに継子扱いだった派生型の方が残されていたのだろう。

 ただし、電測兵装などは刷新された跡が無かった。英海軍が取得した経緯からしても、おそらく元からさほど有力な電探などは装備されていなかったはずだ。戦後も予算不足で改装工事などは主力艦に限られていたから、インコンスタントは貧弱な装備のままだったのではないか。


 軽巡洋艦ウガンダに乗艦していた英海軍水雷戦隊の司令官も、インコンスタントの戦闘能力に期待はしていなかったはずだ。

 だからこそ日英混成で構築された哨戒線の中でも会敵の可能性が低い哨区を割り当てられていたのだろうが、予想外なことに北海艦隊はスウェーデン領をかすめる様にバルト海の中央付近を南下していたのだった。



 中央指揮所の床が傾斜し始めたのは、浅田大佐がもう用が無くなったインコンスタントの諸元などが記載されていた書類を手放した時だった。海図と対水上電探の表示面に視線をやった浅田大佐は素早く状況を読み取っていた。

 これまで待機していた海域を急速に遣欧艦隊主力は離れつつあった。前方に配置していた警戒隊を除く軽快艦艇部隊もその直掩について同行していた。主隊と護衛隊で複数の単縦陣を構成した艦隊は、ボーンホルム島とスウェーデン領の間に広がる海峡を通過しようとしていた。


 前衛部隊である英海軍の水雷戦隊もインコンスタント以外の哨戒についていた駆逐艦を軽巡洋艦ウガンダの周辺に集合させようとしているようだが、北方艦隊との会敵前に戦隊集合が間に合うかどうかは分からなかった。

 英海軍の水雷戦隊は、通常編成の場合は巡洋艦ではなく同型艦の中でもやや大型化して最低限の司令部区画を設けた嚮導駆逐艦が旗艦に充てられていたのだが、急遽かき集めた雑多な部隊だけに指揮統率のためにわざわざ軽巡洋艦が持ち出されてきたと聞いていた。

 だが、旗艦の機能が充実していたところで敵前で性能が異なる駆逐艦が集合を行うのは困難なのではないか。


 対潜制圧の増援として南下していた第52駆逐隊は、予定を変更してボーンホルム島南端を回り込んで、混乱している様子の英水雷戦隊との合流を目指していた。

 北方艦隊が予想に反してハーネ湾方向からスウェーデン領とボーンホルム島間を突破するつもりならば、ポーランド沿岸をうろついているソ連潜水艦は大した脅威にはならないと判断して取り敢えずは無視していたのだろう。


 その一方で、ボーンホルム島が障害となっているのか、遣欧艦隊にとってより戦力価値が高いはずの第51駆逐隊の方は詳細は分からなかった。

 増援に向かっていたところを予定変更されていた第52駆逐隊と違って、太刀風型で構成された第51駆逐隊はポーランド沖合に設定された広い哨区で既に敵潜水艦の制圧に掛かっていた筈だった。

 駆逐隊の集合にも時間がかかる筈だったし、接敵している敵潜水艦を無視も出来ないのではないか。ソ連潜水艦の性能が劣るとはいえ、速度を上げて聴音が不可能な状態になれば背後から雷撃を受ける可能性は否定できなかった。



 ―――当分は、第51駆逐隊の戦力はあてにしないほうがいいのかもしれないな……

 浅田大佐はボーンホルム島の影に隠れている駆逐隊のことをそう考えて、視線を島影の北東方面を図示している辺りに向けていた。

 信濃を先頭とする艦隊主隊は、周防、ヴァンガードの順で戦艦3隻からなる単縦陣を構成していた。これで同じくソビエツキーソユーズ級戦艦2隻とアルハンゲリスクの計3隻で構成されている北方艦隊主力に当たるという作戦計画だった。


 地中海からの速報によれば、ソ連海軍黒海艦隊はたった1隻のソビエツキーソユーズ級戦艦を軽快艦艇部隊と切り分けて運用していたらしい。

 しかも、遠距離から同航戦を行われたものだから、高初速ながらより小口径の主砲をもつヴィットリオ・ヴェネト級戦艦3隻からなるイタリア艦隊の戦艦は数の有利を活かせずに、最終的には勝利を収めたものの序盤は苦戦していたようだった。


 この情報を確認した後、遣欧艦隊司令部は当初立案されていた作戦計画に変更を加えて、今の陣形に再構築していた。戦艦群から重巡洋艦以下の軽快艦艇を切り離した上に、狭いバルト海においても主砲戦距離での戦闘を決断していたのだ。

 戦艦の数では地中海の戦闘と比べてもバルト海の遣欧艦隊の方が一見すると不利だった。

 中途半端な口径の主砲を備えるクロンシュタット級重巡洋艦を戦艦に数えたとしても、地中海ではイタリア戦艦3隻、ソ連海軍戦艦2隻であったのに対して、同数の戦艦3隻を何とか掻き集めた遣欧艦隊に接近してくる北方艦隊は、42センチ砲戦艦のみ3隻を投入していたからだ。


 ―――だが、主砲威力ならば我が方が優位にある筈だ……

 浅田大佐は、この戦艦周防の艦長に着任してしばらくしてから知らされた信濃型主砲の諸元を思い出しながらそう考えていた。



 第二次欧州大戦の最中に計画建造されていた信濃型戦艦だったが、実際に計画されていた通りに遣欧艦隊に配属されたのは大戦終結後の事だった。その諸元は、就役後に慣熟訓練も程々にして早々と欧州戦線に送り込まれた大和型戦艦に類似したものだった。

 大和型を始点としてみると、信濃型は主機関をディーゼル、蒸気タービン混合からディーゼルのみに切り替えたものであり、その後に建造されていた紀伊型は三連装主砲塔をより大口径の連装砲塔に切り替えたものと言えたのではないか。


 第二次欧州大戦中は欧州戦線の最前線で駆逐艦を乗り継いでいた浅田大佐は、大和型戦艦ならば当時何度もその目で見ていたのだが、その主砲は長門型から常陸型に至るまでの戦艦が装備していた40センチ砲を長砲身化したものと聞いていた。

 大佐に進級して周防に乗り込んだ頃も主砲に関しては大和型と信濃型はほぼ同型のものとだけ聞かされていたのだが、実際には大和型の主砲は40センチ砲ではなかった。


 大和型の主砲は、40センチではなく46センチというより大口径の砲だった。砲身長を従来の40センチ砲と同じ45口径とする代わりに大口径化されていたのだ。

 そして更にそれよりも一回り大きく、46センチ砲ではないかと思われていた紀伊型の主砲は、実際には51センチ砲だった。


 常識的には、大威力を求めるのであれば徒に砲身長を伸ばすよりも、相対的な砲身長を変えることなく大口径化した方が効率は良かった。

 砲弾の直径だけ見れば40センチ砲と46センチ砲では僅か6センチしか違わないように見えるが、砲弾重量で言えば1トン級から1.4トンに達していたし、詳細は敢えて浅田大佐も聞かなかったが、紀伊型の主砲弾は2トン級の重量があるらしい。

 そして今の日本海軍が有する技術力ならば、こうした大口径砲でも機動する敵艦に命中させられる筈だった。



 電探や計算機など昨今は弱電部品の進化が急速に進んでいた。浅田大佐が兵学校に入校した頃は、艦橋周りのマストには通信機の空中線くらいしか掛かっていなかったような気がするのだが、今では煙突と一体化した周防の艦橋構造物には各種電子機材が所狭しと並べられていた。

 高性能化する電子機材の充実は艦内電力の逼迫をもたらしており、信濃型も初期計画から発電機の増強が相次いで行われていたほどだった。

 こうした電子機材の充実は戦艦主砲の大口径化と一見無関係に見えるが、実際にはそうではなかった。射撃指揮関係機材の高精度化は、主砲戦距離における命中率を高めていたからだ。


 尤も、日本海軍が戦艦主砲の大口径化に手を付けていたのは、こうした電子機材の高性能化という裏付けが出来上がる前だった。大口径砲の搭載は、単に第二次欧州大戦で中立を宣言しながらも戦艦の建造を止めなかった米海軍の新鋭戦艦群に対抗する為だった。

 そうした経緯で建造されていた大和型の系譜である信濃型が、米戦艦ではなく欧州で独自に進化した筈の42センチ砲艦と対峙しているものだから皮肉なものだった。


 第二次欧州大戦後も対米戦を睨んで戦艦主砲などの諸元は軍機とされたままだった。勘の良いものは気がついているだろうし、英国軍の高級将校の一部にも情報は開示されているようだが、公的には大和型も信濃型も40センチ砲弾戦艦であったし、紀伊型の主砲口径は秘匿されていた。

 あるいは、惰性で軍機が解除されないままというだけだったのかもしれないが、長く続いた軍縮条約の規定という常識が、米海軍新鋭戦艦群のように長砲身ながら40センチ砲のままという大和型戦艦主砲の虚偽に一定の根拠を与えていたのだろう。



 尤も、周防がこれから交戦する北方艦隊、というよりもソ連海軍が大和型や信濃型の主砲口径に関する欺瞞情報を信じているとは限らなかった。彼らは既に8年も前にこのバルト海で大和型戦艦と交戦した経験があったからだ。


 ―――だが、今回の相手は型落ちも良いところのガングート級戦艦や格下のクロンシュタット級重巡洋艦などではない……

 本物の戦艦に対して、遣欧艦隊は主砲戦距離での砲撃戦を挑むつもりなのだった。信濃型がその真価を発揮出来るかどうか、それもあともう少しで証明される筈だった

信濃型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbsinano.html

太刀風型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddtatikaze.html

ヴァンガード級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbvanguard.html

ソビエツキーソユーズ級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbsovyetskiysoyuz.html

アルハンゲリスク級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbarkhangelsk.html

クロンシュタット級重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cakronstadt.html

磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html

常陸型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbhitati.html

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

紀伊型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbkii.html

イタリア級戦艦(改ヴィットリオヴェネト級)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbitaliana.html

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