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1952激闘、バルト海海戦17

 戦艦イタリアがセヴァストーポリに放った最後の射撃は、斜め後方に向けられた第3主砲塔から放たれたものだった。

 それまで豪雨のように続いていた両用砲群による射撃は途絶えていたが、セヴァストーポリは積極的な動きは見せていなかった。艦橋基部に命中した38センチ砲弾は司令塔の装甲を貫いて起爆していたから同艦の指揮系統に壊滅的な被害を与えていたのだ。

 それに加えて、船首に命中した1発が第1砲塔基部まで達して信管を作動させていたことで第1砲塔を実質的に無力化した上に、船首部分に水中抵抗を激増させるほどの破断を生じさせていたのだ。



 勢いは激しかったが、戦艦イタリアから放たれた両用砲はそれほどの損害をセヴァストーポリには与えられていなかった。そもそも対空砲として開発されていた砲だったから弾種も榴弾ばかりだった。

 相手が駆逐艦のようにろくな装甲もない軽快艦艇であれば貫通能力が期待できない榴弾であっても大きな被害を耐えられたのだろうが、戦艦に準ずる設計方針で建造されたクロンシュタット級の装甲を食い破れる力は無かった。

 ただし、次々とセヴァストーポリの甲板上で炸裂する両用砲の砲弾は、分厚い装甲帯で守られた防御区画には何ら影響を与えられなかったものの、高角砲などの脆弱な艤装品には損害を与えていた。


 クロンシュタット級の乗員達は、両用砲弾の雨が晴れた事にようやく安堵していたのかもしれないが、それを嘲笑うかのように戦艦イタリアから放たれた最後の主砲弾が襲っていた。

 その時点で、既に戦艦イタリアの主目的は次第に遠ざかる実質的に無力化されたセヴァストーポリではなく、次第に接近するソビエツカヤウクライナに移行していた。

 イタリアにとっても余裕があるわけではなかった。ソビエツカヤウクライナに全ての主砲が向けられなかったのは、単に射界の問題で第3主砲塔が向けられない艦首方向に同艦が捉えられていたというだけの話だった。

 未だに戦艦ローマは距離の関係から有効打を与えられなかったから、ソビエツカヤウクライナがいつ接近するイタリアに主砲射撃の照準を切り替えるかは分からなかったし、ローマが無力化される前に同艦に致命的な損害を耐えられない限りイタリア艦隊の崩壊は時間の問題だった。


 ソビエツカヤウクライナには2隻のヴィットリオ・ヴェネト級から放たれた38センチ砲弾が何発か命中していたものの、非防御区画に多少の損害を与えた程度で主砲射撃能力には何ら支障が出ている様子はなかった。

 大遠距離での砲撃戦には、近距離戦闘を前提として設計されたヴィットリオ・ヴェネト級の高初速砲が向いておらず、垂直装甲に着弾した場合は低下した存速で貫通距離が低下していたし、水平装甲に低い落角で着弾してもそれは同様だったのだ。

 今はまだローマがソビエツカヤウクライナの射撃を一身に受けていたのだが、イタリアとローマの戦艦2隻が無力化されてしまえば、残りのイタリア艦隊軽快艦艇が敵う相手では無かった。この海域では、ソビエツカヤウクライナと他の艦艇にはそれほど歴然とした火力の差があったのだ。



 いずれにせよ同時発射数が少なくなったことでセヴァストーポリへの命中弾は途絶えていたと思われたのだが、最後に放たれた戦艦イタリアの主砲弾は前方に2つの水柱を上げてセヴァストーポリの甲板に薄汚れた海水を浴びせかけると共に、1発の命中弾を発生させていた。

 命中したのは、基部を破壊された第1主砲塔と艦橋構造物に挟まれた第2主砲塔だった。艦橋基部への命中弾が発生した後は発砲が途絶えていた砲塔だったが、これまで被弾した形跡はなかった。単に指揮系統の混乱が発砲を中断していた理由だったのだろう。


 その無傷の第2主砲塔に命中した38センチ砲弾が、砲塔天蓋に突き刺さっていた。高初速砲故に水平装甲への貫通距離に劣る戦艦イタリアの主砲だったが、100ミリは越えているはずのクロンシュタット級の砲塔天蓋を貫通していた。

 空気抵抗を削減する為の風帽と被帽を装甲板に接触したのと同時に衝撃で自壊させた38センチ砲弾の弾体は、その衝撃か船体の動揺などで比較的正撃に近い角度となっていたのかもしれなかった。この距離でも38センチ砲弾は垂直装甲に対しては高い貫通距離を有していたのだ。


 分厚い砲塔天蓋装甲を貫いた38センチ砲弾は、砲塔内部で信管を作動させていた。一トン弱の鉄塊が自らを守る装甲に覆われて逃げ場のない砲塔内部で高速で散乱していたのだろう。

 砲弾が命中した直後、一瞬第2砲塔が浮き上がって見えたような気がしていたが、至近弾によって巻き起こった水柱によってその姿は隠されていた。そして戦艦イタリアから次にセヴァストーポリが目視確認されたときにはその艦容は一変していた。



 クロンシュタット級重巡洋艦は、中央に水上機用カタパルトを配置した米国系の巡洋艦配置を踏襲しつつも、戦艦に準ずる重厚さを感じさせる有力な戦闘艦だった。

 確かに戦艦を相手にするには力不足であるし、巡洋艦以下を相手にするには主砲である30センチ砲は過剰な火力であったが、単艦の戦闘能力は無視できないものがあった。

 セヴァストーポリを放置することで、軽快艦艇の戦闘が一方的な展開となるのを阻止するためには、こちらも戦艦イタリアを当てるしかないという艦隊司令部の判断は、やむを得ないものだったとラザリ大佐も認めざるを得なかった。


 ところが、相次ぐ被弾によってセヴァストーポリの前半部分は既に残骸と化していた。戦艦イタリアがセヴァストーポリの頭を抑えるように機動していた為に、被弾箇所が前方に偏っていたのだろう。

 背負式に配置されていた主砲塔のうち第1砲塔は煙を燻らせているだけだったが、実際には基部を破壊されていた。それ以上の損害だったのは天蓋を撃ち抜かれた第2砲塔だった。


 第2砲塔から突き出された砲身はあらぬ方向を向いていると思われたのだが、実際には砲塔に対して水平に近い装填角度を保ったままだった。傾いているのは砲塔の方だったのだ。

 30センチ砲の三連装砲塔は千トン近い重量がある筈だったが、爆発の衝撃でその砲塔が一度基部から持ち上げられていたのだろう。砲塔という千トンの蓋が外れたことで大部分の爆圧は空中に逃げたのだろうが、その過程で砲塔基部等にも損壊を与えていた。

 既にセヴァストーポリは死に体だった。後部の第3主砲塔には大きな損傷はないようだが、物理的に発砲が可能でもあの状態ではまともな射撃指揮は不可能だろう。

 接近する駆逐隊の仕事は、とどめというよりも残敵掃討になるのではないか。



 艦長であるピオキーノ大佐が艦内放送でセヴァストーポリを葬った事を流した事で、歓声が上がった戦艦イタリア艦内の士気は上がっていた。

 既に戦艦イタリアの目標はローマと砲撃戦を続けるソビエツカヤウクライナに移っていた。視線をセヴァストーポリから前方に戻したラザリ大佐は、同艦の迷いを察することができた。射撃目標をローマから接近するイタリアに変更すべきか、そのような逡巡を何故か感じ取っていたのだ。

 前方2基の主砲塔から次々と38センチ砲弾を放ちながら、戦艦イタリアはソビエツカヤウクライナに突進を続けていた。着弾の修正は順調に進んで、セヴァストーポリを撃破した頃には夾叉も得ていたのだ。


 射撃管制に面倒があるとすれば、同型の砲を同一の目標に打ち込んでいるローマからの射弾と区別をつける事だった。

 発射から着弾までの経過時間を計時することで自艦とローマの着弾を区別しなければならないのだが、発射から着弾までの経過時間が違いすぎるものだから、ときたま着弾が重なってしまうのだ。

 戦闘開始からソビエツカヤウクライナに接近していたイタリアと、ヴィットリオ・ヴェネトと共に距離を保って同航戦を行っていたローマでは、砲戦距離に著しい差が生じていたのが原因だった。

 ローマとソビエツカヤウクライナの射弾はお互いに一分程度の飛翔時間を費やした後に着弾していたが、イタリアの主砲は着弾まで30秒程しかかかっていなかったし、さらなる接近で着弾までの時間は斉射の度に短縮されていたのだ。


 ただし、夾叉弾はソビエツカヤウクライナも得ていた。ローマを取り囲むようにして42センチ砲弾が作り上げた一回り大きな水柱が立っていたのだ。イタリア、ローマ、ソビエツカヤウクライナの3隻の戦艦が全て目標を夾叉していたから、命中弾の発生は時間の問題だった。

 ヴィットリオ・ヴェネトとセヴァストーポリの2隻が撃破された事で、状況は再びイタリア戦艦2隻とソビエツカヤウクライナからなる一対ニの戦闘に戻ったような感があったが、今度は戦艦イタリアの接近機動によってソビエツカヤウクライナの重装甲も万全では無くなっている筈だった。



 だが、それを証明するのは難しそうだった。すでに兆候は出ていたのかもしれないが、ボンディーノ少将が唸り声を上げながら言った。

「おい、散布界が広がっとりはせんか」

 ラザリ大佐も眉をしかめてその様子を確認していた。言われてみれば確かに砲弾の弾着が作り上げる散布界が広がっているような気がしていた。


 以前からヴィットリオ・ヴェネト級の主砲は、近距離での大威力を指向して高初速を実現させた一方で、砲身内部の摩耗が激しく砲身命数が著しく低いという声が高かった。

 しかも、戦艦イタリアは就役後の猛訓練で主砲を発砲する機会も多かった。書類上は砲身命数には余裕がある筈だったが、連続発砲で消耗が予想以上に進んでいるのかもしれなかった。


 ただし、散布界の悪化は、ソビエツカヤウクライナから放たれる42センチ砲弾の散布会広さが砲弾の形状によるものと思われる様に、いくつもの条件が左右して発生するものだった。

 それに正確に散布界を確認するのも難しかった。仮に砲身の摩耗が砲弾の軌道に悪影響を及ぼしていたとしても補正できるようなものではないから、今は照準が正しいことを信じて戦況を見守るしかなかった。



 ラザリ大佐達は固唾を飲みながらソビエツカヤウクライナの周囲にそびえ立つ水柱を見守るしかなかったが、先にローマが被弾していた。報告と同時にひやりとした感覚がラザリ大佐を襲っていた。見張り員によれば、遥か彼方のローマに水柱とは明らかに異なる火柱が立っていたらしい。

 被弾によるものなのは明らかだったが、ローマとの距離が出てきたものだから詳細は分からなかった。被弾箇所は後部の第3砲塔付近らしいという未確認の情報があっただけだった。


 戦艦イタリアにとっては危険な予兆だった。ここでローマが無力化されれば、逡巡にとらわれることなくソビエツカヤウクライナは目標をイタリアに切り替えるはずだった。

 厄介なのは、ローマの損傷が中途半端なものだったとしても、戦力が低下したと判断すれば敵艦の指揮官が目標変更を行うかもしれない事だった。

 遠距離から無力な射撃を繰り返すローマよりも、近距離に踏み込んだ戦艦イタリアのほうが大きな脅威であるからだが、この距離では致命的な損害を被るであろう事は本艦も同様だった。命中弾があればヴィットリオ・ヴェネトよりもひどいことになるのは確実だった。



 状況が変化したのは、戦艦イタリアがそれから二度目の斉射を行うのと同時だった。ソビエツカヤウクライナとローマから放たれた砲弾も全て外れていた。ローマが大規模な変針を行った事で照準が再び無力化されていたのだ。

 見張り員からそう聞いたラザリ大佐はローマが早くも無力化されたのかと思ったが、それは早合点だった。


 ローマはソビエツカヤウクライナから距離を取る為に西方に向けて面舵をとったわけではなかった。反対に左舷に向けて急角度で回頭して接近する針路をとっていたのだ。

 同時にローマから戦艦イタリアに向けて通信が送られていた。

「戦艦ローマはこれより第2戦艦戦隊と合流する為に転舵する、か」

 通信を聞いたラザリ大佐は困惑していた。タイミングからして被弾がきっかけとは思えない。だが、なかなか命中弾が出ない上に貫通距離に達しない遠距離砲戦に業を煮やしたローマの艦長は、艦隊司令部の命令に反して接近戦を選択していたのだ。


 ―――これで本艦が撃破されたとしても、接近したローマが代わりとなる、か……

 ラザリ大佐は状況をそう判断していた。戦艦イタリアによる命中弾が発生したのはその直後だった。

ソビエツキーソユーズ級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbsovyetskiysoyuz.html

イタリア級戦艦(改ヴィットリオヴェネト級)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbitaliana.html

クロンシュタット級重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cakronstadt.html


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