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1952激闘、バルト海海戦13

 マルタ島沖の海面にほぼ真上から降り注ぐ太陽光は、黒海の中央に位置するセヴァストーポリを出港して一週間近くを費やしてたどり着いていた黒海艦隊の各艦をまばゆく照らし出していた。

 だが、ソビエツカヤウクライナから放たれた42センチ砲の発砲炎は地中海の陽光をも圧倒していた。

 戦艦イタリアの司令塔を覆う装甲板に設けられた狭いスリットからでは遥か彼方の同艦の詳細は伺えなかったが、どす黒い砲煙とそこに赤く広がる発砲炎の激しさは明らかだった。

 ラザリ大佐はその赤い光に魅せられたように、ソビエツカヤウクライナの砲口から視線をそらすことが出来なかった。



 ゴゾ島北西から回り込むことで地中海を横断するように西進する黒海艦隊の頭を抑えるというヴィットリオ・ヴェネトに座乗する艦隊司令部の思惑は、ソビエツカヤウクライナの機動によって阻害されていたと言ってよかった。

 艦隊司令部としては、黒海艦隊旗艦であるソビエツカヤウクライナが有する主砲の全力火力発揮を阻止するために、そのような戦法が取られていたはずだった。

 ヴィットリオ・ヴェネト級の38センチ砲ではソビエツキー・ソユーズ級戦艦の42センチ主砲の威力に劣るものだから、ヴィットリオ・ヴェネト級2隻からなる第1戦艦戦隊の火力をソビエツカヤウクライナ1隻に集中させようとしていたのだ。


 ところが、ソビエツカヤウクライナはイタリア艦隊司令部が想定していたよりも遠距離で左舷への転舵、つまり隠れ場であるゴゾ島から地中海を南下するように飛び出していたイタリア艦隊との同航戦を挑むような態勢を取っていたからだ。

 しかも、旗艦であるソビエツカヤウクライナを覆い隠すかのように、それ以外の黒海艦隊各艦は前進を継続してイタリア艦隊への接近を継続していたのだ。


 実際には、大口径主砲を備えるソビエツカヤウクライナとそれ以外の巡洋艦群では交戦距離が違いすぎるものだから、黒海艦隊の各艦はそれぞれの主砲戦距離まで接近を図ろうとしていたのだろう。

 それに前進してくるのは黒海艦隊の全艦ではなく、ソビエツカヤウクライナの後方にはマルタ島との間合いを測るようにいち早く南下を開始したリーリャ・リトヴァク級航空巡洋艦とその護衛につく駆逐艦があったのだが、マルタ島の制空権内にイタリア艦隊が留まっている限りは当分はその存在は無視して良さそうだった。



 司令塔のスリット越しに見えるソビエツカヤウクライナの発砲炎が激しいものに見えるのも当然だった。イタリア艦隊との同航戦を選択したことで、側面をさらしたソビエツカヤウクライナは、その3基の主砲塔全てから主砲弾を放っていたからだった。

 だが、そこから先の展開はやや間延びしていた。

 既に黒海艦隊からのレーダー観測は逆探知機によって確認されていたから、ソビエツカヤウクライナもおおよその距離は把握しているはずだが、堅実に初弾の着弾を観測するつもりだったのか、黒海艦隊の巡洋艦群が前進を続けているにも関わらずソビエツカヤウクライナは主砲発砲を控えていたからだ。


 そして、ソビエツカヤウクライナから放たれた主砲弾は、中々イタリア艦隊の周辺にまでたどり着かなかった。両艦隊、というよりもイタリア艦隊とソビエツカヤウクライナとの相対距離はいまだに三万メートルを越えているから、戦艦主砲弾でも到達まで一分前後はかかるはずだった。

 その間延びした時間がラザリ大佐に冷静さを取り戻させていた。ソビエツカヤウクライナ、というよりも黒海艦隊の指揮官の判断は奇妙だったのだ。



 この距離では、ヴィットリオ・ヴェネト級の38センチ砲では速度が低下して垂直装甲で300ミリ程の貫通距離しか期待できない筈だった。その一方で、高初速砲の低伸する弾道では落角が小さくなるから水平装甲に対する命中確率は低く、貫通距離も150ミリに達しなかった。

 だからこそイタリア艦隊司令部は戦隊2隻分の火力をソビエツカヤウクライナ1隻に叩きつけようとしていたのだろうが、このような特性は英国以外の欧州諸国海軍の戦艦が装備する高初速砲であれば似たようなものだった。


 ソビエツキー・ソユーズ級戦艦に搭載された主砲は、元々第二次欧州大戦終盤にキールで鹵獲されたアルハンゲリスクに搭載されていたドイツ製の砲をコピーしたものであることが諜報活動などから既に判明していた。

 未完成となったドイツ海軍のフリードリヒ・デア・グロッセに搭載されていた主砲は、38センチ砲よりも一回り大きい42センチ砲だったが、ドイツから提供された資料によれば、その特性は確かに高初速砲寄りのものだった。

 口径差の分だけ弾頭の重量は大きく貫通距離も長くなっているものの、近距離戦闘向けという特性には変わりはないはずだった。キールから持ち出した工作機械一式を用いて製造されたものだというから、バランスを崩すほど大きくその特性を変化させる事は出来ないだろうからだ。


 イタリア艦隊司令部は、事前にソビエツキー・ソユーズ級が装備する42センチ砲の特性を検討した上で敵艦の頭を抑える戦術を選択していた。

 敵味方共に戦艦主砲が高初速砲であれは、想定されている主砲戦距離も同じようなものになるはずだったから、弾頭の重量で劣るヴィットリオ・ヴェネト級でも高い垂直装甲貫通距離を発揮出来る近距離での戦闘になると踏んでいたのだ。

 ところが、ソビエツカヤウクライナは艦隊司令部が想定していた距離よりも遥か彼方で悠然と回頭して初弾を放っていたのだ。



 砲弾が空中を飛翔する間は、戦場となった海域は静まり返ったように何の変化も無かった。その海域にいる全員が息を呑んでその様子を見守っているかのようだったが、実際には、間が抜けているようにしていたのはイタリア艦隊だけだった。

 混乱しているのか、艦隊司令部からはこの一分間の間沈黙を続けていた。その間もソビエツカヤウクライナを除く黒海艦隊の巡洋艦群は速力を上げてイタリア艦隊単縦陣への接近機動を続けていたが、それに対する反応も何もなかった。


 他のものと同じく呆然としていたと思われたボンディーノ少将がわめき出したのは、ソビエツカヤウクライナの初弾が着弾するわずか前の事だった。

「ほれ見ろ、言わんことじゃない。艦隊司令部が相手もこっちと同じ判断をする前提で動いているからこうなるんだ」

 あまり意味の無さそうなボンディーノ少将のうめき声にラザリ大佐は呆れたような顔を向けようとしたが、それよりも早く見張り員が着弾の発生を知らせていた。


 思ったよりもソビエツカヤウクライナの砲撃は正確だった。内海である上に潜在的な敵国を沿岸に含むという訓練海域にも不足しそうな黒海に閉じ込められていた割には、主砲射撃などの訓練は欠かさなかったのだろう。

 あるいは、同型艦であることを活かして、要員を白海に送り込んで同型のソビエツキーソユーズ級戦艦で訓練を行っていたのかもしれない。


 着弾点を知らせる巨大な水柱は、イタリア艦隊の先頭を行くヴィットリオ・ヴェネトよりもやや西側で発生していた。南下しつつ同航戦を行う黒海艦隊から見れば遠弾となる位置だった。

 距離は概ね正しかった。後続するローマの針路上を塞ぐように発生した水柱もあったからだ。ただし、測角精度は大して良くないのか、夾叉は得られていなかった。

 ローマの更に後ろに位置する戦艦イタリアからでは視線方向と重なって正確な観測は難しかったが、ヴィットリオ・ヴェネトを追いかけるように後方に水柱が発生しているようだった。


 測距よりも測角が難しいというレーダー観測の一般的な傾向を示す射撃結果だった。黒海艦隊、というよりもソビエツカヤウクライナ乗員の技量の高さを再確認する羽目になったのだが、その一方で散布界は広かった。

 やはり上空からの観測でないと正確な着弾点は確認出来なかったが、後方の戦艦イタリアから観測出来る散布界の左右のばらつき、つまり射撃艦であるソビエツカヤウクライナから見れば奥行き方向の広がりは大きかった。

 下手をすると散布界が目標艦を覆い隠す夾叉を得られたとしても、この巨大な水柱が周囲を覆い尽くすだけになるのではないか。そう思わせるような広がりだった。



 その様子を一瞥したボンディーノ少将は再び唸り声を上げていた。あまり意味のなさそうな唸り声の後で言った。

「ドイツ人のデータはもうあてにはならんな……」

「連中が虚偽を報告したということですか……」


 参謀の声にボンディーノ少将は憮然とした顔で間髪入れずに言った。

「いや、おそらく違うだろう。建造時期からして、ソビエツキー・ソユーズ級の主砲そのものはアルハンゲリスクと同じくドイツ人が言った通りのものだったのだろうと思う。そう簡単に新型の戦艦主砲を作れるなら苦労はせんだろう。

 ましてやソ連海軍はこれまでクロンシュタット級が装備する12インチ砲以上のものは自作できていなかったのだから、設計変更も容易ではないはずだ。

 だから、多分ソ連海軍は砲そのものではなく、砲弾の方を改良したんだろう。スラブ人に聞いて見ないと正確なことは分からんが、ドイツ人が作った純正の砲弾よりも重量が増しているんじゃないのか……」

「重量化された砲弾……となるとドイツ製砲弾よりも伸ばした形状になっているかもしれないということですか……」


 ラザリ大佐は第二次欧州大戦後の国際連盟軍内における交流で聞いた話を思い出していた。試作か何かで、従来よりも砲弾を前後に引き伸ばして重量を増した例があった筈だった。

 伸びた砲弾形状に合わせて給弾機構などに改良は必要だったが、確かにその程度であれば砲そのものには大きな変更を加えずに、発射される弾頭の重量を増大させる事も可能ではあるだろう。

 重量が増大する分だけ初速は低下してしまう筈だが、装薬の改良などで許容範囲内に補える可能性はあった。


 ただし、弾頭の寸法変更は高初速砲が苦手な遠距離における威力増大をもたらす一方で、最適解から砲弾の形状がずれるものだから空力的なバランスを崩す結果を招きかねなかった。

 おそらくボンディーノ少将が弾頭の改良という推測に至ったのは、大遠距離から躊躇いなく同航戦を決断した黒海艦隊司令部の判断そのものだったのではないか。

 その上で、広がった散布界はその証明となると考えたのだろう。空力特性の最適解よりも重量をとって長い砲弾形状とした場合、飛翔中に砲弾がぶれて着弾点が広がってしまうのだ。



 砲弾の特性ゆえと思われる散布界の広さを除けば、ソビエツカヤウクライナの乗員は手練といえるようだった。着弾から水柱の発生位置を観測して修正を行っていたのだろう同艦が次弾発射までにかかった時間は、イタリア海軍の平均よりも短かったからだ。

 だが、戦艦イタリアの乗員達により強い動揺が走ったのはその後の事だった。ソビエツカヤウクライナが次弾を放ったのは、日差しを跳ね除ける勢いで再び発生した閃光が証明していたのだが、その轟音が海面を伝わってくるよりも早く再び閃光が走っていたのだ。


 次弾によるどす黒い砲煙は、ソビエツカヤウクライナから取り残されるように海上に漂っていたのだが、まだ完全には消え去ってはいなかった。そして消え去る前に3回目の射撃が行われていたのだ。

 次弾は未だに飛翔中だった。当然その着弾の結果を照準に反映させることはできなかったから、ソビエツカヤウクライナは初弾の観測のみで本射を開始したという事だった。


「これは酷いことになるぞ……」

 ようやく彼方から2回目の発射音が聞こえてきた司令塔内部には、おどろおどろしい砲声に混じってそんな声がしていた。それが誰の言葉だったのか、ラザリ大佐には最後まで分からなかった。

ソビエツキーソユーズ級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbsovyetskiysoyuz.html

イタリア級戦艦(改ヴィットリオヴェネト級)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbitaliana.html

リーリャ・リトヴァク級軽航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cllydialitvyak.html

アルハンゲリスク級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbarkhangelsk.html

クロンシュタット級重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cakronstadt.html


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