1952激闘、バルト海海戦10
―――やはり敵艦隊の中で厄介なのはソビエツキーソユーズ級の火力、だな……
第2戦艦戦隊の参謀長であるルイジ・ラザリ大佐は、そう考えながら戦艦イタリアの艦橋で海図盤に書き出された状況を他の参謀や乗員達と共に睨みつけていた。
昨日で途絶えたギリシャ海軍による偵察情報によれば、エーゲ海に姿を表したソ連海軍黒海艦隊は、事前に配備が確認されていた有力艦の大半を出撃させていたようだった。
ギリシャ海軍の哨戒艦艇によって確認されたソ連艦はいずれも艦齢がここ10年程の新鋭艦ばかりだったし、黒海艦隊に配備されているのが確認されている唯一の新鋭戦艦であるソビエツカヤウクライナも含まれていたのだ。
他にも巡洋戦艦と言えるクロンシュタット級重巡洋艦や軽空母並の能力を持つリーリャ・リトヴァク級航空巡洋艦も確認されていたから、黒海艦隊の主力艦すべてが出撃していると言って良いようだった。
ソ連黒海艦隊を確認したのはギリシャ海軍だけではなかった。今回の戦争でも早々と中立を宣言していたトルコ共和国はともかく、黒海南西岸に200キロほどの海岸を有するブルガリア海軍の警備艦艇も、自国海岸の彼方を通過するソ連艦隊を確認していたのだ。
だが、ブルガリア海軍もギリシャ海軍も、哨戒艦艇を用いた黒海艦隊に対する長時間の接触は叶わなかった。黒海艦隊から分派された警戒部隊が接触艦に殺到していたからだ。
哨戒中の艦艇に接近してきたのは駆逐隊程度の少部隊だったが、中古のフラワー級や鵜来型のような対潜艦艇を小改造した警備艦艇しか持たない両国海軍にはそれでも対抗するのは難しかった。
両国の警備艦は黒海艦隊への接触継続を断念して複雑な島影や陸上、航空部隊の援護が期待できる沿岸部に後退していたが、ソ連駆逐艦は深追いはして来なかったようだ。
ブルガリアやギリシャと衝突して戦力を消耗するのを恐れたというよりも、黒海艦隊は予め定められた行程計画に従ったというだけのようだ。
それに一度撤退したブルガリア海軍が黒海内部で接触を再開する事は出来なかった。ソ連海軍黒海艦隊がダーダネルス海峡を通過する前から、黒海に残された隣国ルーマニア海軍に動きが見られたからだ。
盛んにブルガリア領海を侵犯して挑発するルーマニア海軍の戦力はブルガリア海軍と似たような小規模なものでしか無かったが、警備艦の整備にも苦労するブルガリア海軍と比べてルーマニア海軍には有利な点があった。
ソ連側陣営のルーマニア海軍は、いざとなれば黒海艦隊不在でも設備の整ったセヴァストリポリに逃げ込むことも可能だったから、黒海では孤立して戦力補充の宛がないブルガリアは国境紛争程度でも難しい舵取りを要求されていたのだ。
そしてダーダネルス海峡を通過した後もギリシャ海軍を圧倒した黒海艦隊は、悠々とクレタ島北方からエーゲ海を抜け出て消極的な同海軍の接触を振り切っていたのだった。
水上艦艇による継続的な接触を絶ったソ連海軍黒海艦隊だったが、既にその位置は確定していた。彼らの最終的な目的が地中海交通の自由にあるのは明白だった。そしてその障害となるのが反共同盟の性格を持つ国際連盟軍の有力加盟国であるイタリア海軍だった。
今回の黒海艦隊による出撃では、国際連盟軍の妨害も無く大西洋に出られるとはソ連海軍自身も考えていないだろう。つまり戦略的にはともかく、戦術的には今回の出撃目的は、イタリア海軍との決戦そのものといってよさそうだった。
イタリア海軍さえ無力化できれば、地中海の交通を遮るのはギアナ派遣艦隊に組み込まれなかったフランス海軍残余程度だろうからだ。
―――だが、黒海艦隊と我が海軍の戦力を考えればこれは博打だ。この出撃でソ連海軍……いやソ連は何を得ようとしているのだ……
ラザリ大佐は一瞬そんな事を考えたが、すぐに戦術的な問題に思考を巡らせていった。
実際には状況は五分に見えた。ラ・スペツィアやタラントなどイタリア各地から出動したイタリア海軍主力は、マルタ島沖合に進出して待機していた。シチリア島のイタリア空軍や、マルタ島に展開する英空軍の支援を受ける為だった。
国際連盟に残された地中海中央部唯一の拠点として第二次欧州大戦を戦い抜いたマルタ島だったが、今では英空軍の軍縮によって往時の勢いはなかった。哨戒飛行用の爆撃機の他は若干の防空戦闘機隊がある程度に過ぎなかったのだ。
だが、北方にイタリア半島が突出する事で地中海を中央部で分断する形となるシチリア海峡の出入り口という要地にあるマルタ島の戦略的な重要度は何一つ変わってはいなかった。
マルタ島沖にイタリア艦隊が集結していたのは、マルタ島からパンテッレリーア島の間が地中海の狭隘部となる為に、確実にソ連艦隊を捕捉出来るのではないかと期待されていたからだ。
途上のギリシャ海軍やユーゴスラビア海軍などの戦力が弱体であるために、そのようにしてイタリア海軍の戦力を一点に集中しない限り有力な黒海艦隊を阻止できないと判断されたためでもあった。
事実マルタ島を発した英空軍の哨戒機は、既に黒海艦隊を発見していた。エーゲ海を発った黒海艦隊はほぼ1日をかけてマルタ島沖に辿り着こうとしていたのだ。
しかし、黒海艦隊が取っている詳細な陣形などは不明な点が多かった。英空軍の哨戒機は索敵範囲の広い対水上レーダーで艦隊の存在を継続的に確認していたものの、目視できる範囲まで接近する事が出来なかったからだ。
黒海艦隊には予想通りリーリャ・リトヴァク級航空巡洋艦が随伴していた。そのうえ同艦から発進した戦闘機は、明らかにレーダーによって目標指示を受けていたらしい。
最短距離で接近した戦闘機によって、英空軍の哨戒機は目視範囲から追い出されるどころか、既に被害が出ていた。水上戦闘の前に英ソ間で既に航空戦闘は始まっていたのだ。
軍縮条約に縛られて建造が開始されていた米海軍のアーカム級航空巡洋艦と比べると、ソ連海軍は最初に建造されたマクシム・ゴーリキィ級軽航空巡洋艦から純粋な空母を指向していた。
軍縮条約の規約に縛られないソ連海軍は、マクシム・ゴーリキィ級に条約規定では重巡洋艦主砲に該当する強力な18センチ砲を備えさせていたのだが、さらに上部構造物前後に配置された4基の3連装砲塔の上部に覆いかぶさるようにして、ほぼ船体長に達する全通飛行甲板を設けていたのだ。
ただし、マクシム・ゴーリキィ級が建造出来たのは、文字通り軍縮条約規定を完全に無視していたからだった。米空軍のアーカム級航空巡洋艦が全通甲板を設けられなかったのは、航空巡洋艦枠の規定で船体長に対する飛行甲板の比率が定まっていたからだ。
それにマクシム・ゴーリキィ級は重装備と航空艤装を両立した結果、1万トンを遥かに越える巡洋艦枠に収まらない規模に拡大されていた。やはり軍縮条約に従うのであれば、巡洋艦ではなくそもそも貴重な空母枠に入れられるべき存在だったのだ。
おそらくは、当時のソ連海軍再整備に米国が積極的だったのは、日英同盟の背後に位置するソ連に両国を牽制する効果を期待していたのだろうが、その結果は軍縮条約の改定という彼らの予想していなかった事態を招いていた。
日本の保有枠拡大を認めないのであれば、米国が支援するソ連の軍縮条約加入を求めるという英国の態度は強硬だった。自国の経済に影響を与えることなく、同盟国に軍拡を押し付けて最終的な海軍力のバランスを保とうとしていたのだろう。
当時のイタリア海軍はそうした駆け引きからは蚊帳の外にあった。どのみち第二次欧州大戦の勃発で軍縮条約が無効になるまで僅か数年の事だったが、実際にソ連が軍縮条約に加入する可能性は無かったのだろう。
独自に進化したソ連海軍の艦艇は、軍縮条約に照らし合わせると不都合が多過ぎたのだ。当時のソ連としては米国につられて軍縮条約に加盟して主力艦の多くを廃棄するようなことは出来なかったはずだ。そして独自規格による進化は今も続いていた。
黒海艦隊への配備が確認されていたのは新鋭のリーリャ・リトヴァク級航空巡洋艦だった。その主砲塔は前級と同じ18センチの3連装砲塔だったのが、その数は半減していた。
マクシム・ゴーリキィ級が背負式に装備していた砲塔を前後1基ずつに抑えている分、格納庫面積を拡大する共に飛行甲板高さを抑えているのがリーリャ・リトヴァク級の特徴であるらしい。
第二次欧州大戦終盤にバルト海に進出した英日艦隊との交戦で、積極的な水上戦闘を行ったマクシム・ゴーリキィ級が大破させられた戦訓から、自衛戦闘程度と彼らが考えるまで砲装備を縮小していたのだろう。
国際連盟軍で主力をなす英日の海軍などからすれば、まだ自衛火力にしては砲兵装が過大で中途半端と評価されるリーリャ・リトヴァク級だったが、ソ連海軍内部では明確に空母に近づいていたと認識されているのだろう。
その黒海艦隊の「空母」に配備されている搭載機は米国製の艦上戦闘機であるF15Cであるようだった。
同機は機首のプロペラを駆動させるピストンエンジンと胴体内部のジェットエンジンを搭載した混合動力機だった。ソ連空軍には既に完全なジェットエンジン機も存在しているはずだったが、航続距離などの性能面の問題か、あるいは艦載機として必要な能力が新鋭のジェット機には無かったのだろう。
米国製ではなくソ連国内でライセンス生産された機体なのかもしれないが、性能面では複合動力機とはいえ無視出来なかった。少なくとも英空軍の哨戒機を追い払う程度の能力はあるし、両エンジンを合わせた際の大出力故か搭載量も多いらしいからだ。
日本海軍からの情報によれば、既に本国米海軍ではF15Cは純粋な戦闘機というよりも戦闘爆撃機として運用されているという話だったが、ソ連海軍では防空戦闘用の戦闘機として運用しているようだった。
リーリャ・リトヴァク級の搭載機で哨戒機を蹴散らしながら接近する黒海艦隊に対して、阻止線を張るイタリア艦隊には3隻の戦艦が配属されていた。
戦艦の数は1隻しかない黒海艦隊に対して圧倒的な優位に思えるが、ヴィットリオ・ヴェネトに将旗を掲げる艦隊の司令部はそうは考えていなかったようだった。
理由の一つとしては、黒海艦隊に配備されたソビエツキーソユーズ級は、38センチ砲を主砲とするヴィットリオヴェネト級よりも一回り以上大口径の42センチ砲を装備していたからだ。防御も主砲に対応したものであれば、ヴィットリオヴェネト級の火力で食い破るには相当に困難ではないか。
しかも、黒海艦隊には戦艦に準ずる火力を有するクロンシュタット級重巡洋艦が配備されていた。
クロンシュタット級は、第二次欧州大戦では排水量では同格とも言える磐城型戦艦に一方的な敗北を喫していた。この戦闘で米海軍のアラスカ級など大型巡洋艦というカテゴリーそのものに疑問の眼が向けられていたのだが、巡洋艦以下にとっては12インチ級砲の火力は無視できなかった。
イタリア海軍の巡洋艦は黒海艦隊に対して圧倒しているわけではないから、結局はイタリア艦隊はクロンシュタット級に対しても戦艦をぶつける他無かった。
問題は、イタリア海軍の3隻の戦艦、つまり第1戦艦戦隊のヴィットリオ・ヴェネト、ローマの2隻と、単艦で第2戦艦戦隊を構成するイタリアのどちらを強力な42センチ砲を備えるソビエツキー・ソユーズ級戦艦に向けるかだった。
この問いに対して、艦隊司令長官の回答は明確なものだった。
ソビエツキーソユーズ級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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イタリア級戦艦(改ヴィットリオヴェネト級)の設定は下記アドレスで公開中です。
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