1952激闘、バルト海海戦9
この半世紀ほどの間に戦艦の主砲射撃に関する技術は飛躍的な進化を遂げていたが、その進化を先導していたのは英国海軍だった。
単一の性能諸元を持つ主砲群による統一射撃や、射撃照準を行うための方位盤、そこから得られた観測値から射撃値を迅速に算出する射撃盤などが実用化されていたのは、英海軍のたゆまない研究と実践によるものだと言えた。
戦艦ヴァンガードで新たに採用された四七式射撃指揮装置も、日本製であることを除けば、その延長線上にあると言えなくもなかった。四七式射撃指揮装置の特徴は、新たな技術であるレーダーと電気計算機によって方位盤と射撃盤をコンパクトにまとめて一体化したことにあったからだ。
だから筐体そのものも小型化して従来の対空射撃指揮装置と同程度になっていたし、複数の射撃指揮装置を船体各部に配置して冗長性を確保することも可能だったのだ。
その一方で四七式射撃指揮装置にも欠点はあった。光学観測用の測距儀はレーダー観測が不可能な状況におけるバックアップ用でしかないから、従来の大型のものと比べると観測精度に劣っているのは否めなかった。
それに外観は同じでも、四七式射撃指揮装置の中身は搭載されている艦によって違っていた。個々のハードウェアが製造時期によってより進化したものに切り替わっているということもあるのだが、内部の計算機能が管制する砲によって変わっていたのだ。
四七式射撃指揮装置は日本海軍が開発したものだったが、その基礎となった技術開発にはシベリアにある先端技術研究開発都市が深く関わっていた。
英日露の三カ国による共同事業として建設が行われたこの研究都市は、元々は第二次欧州大戦中にドイツ軍の脅威にさらされた英国技術陣の疎開先として計画されたものだった。
単なる疎開先から国際研究機能を強化することに目的が変わって行ったことで研究都市には日露の研究者たちも集約されたわけだが、戦後は更に半ば強制的に招聘されたドイツ人研究者達なども加わっていた。
最先端技術の開発に特化しているこの研究都市が発祥となっている技術体系は多かったが、その一つが真空管ではなく固体化された素子を使用する電気計算機だった。
従来よりも高性能化されたこの電気計算機がなければ四七式射撃指揮装置は存在しなかっただろうし、使用された基礎研究の中には英国人科学者によるものも少なくなかったらしい。
だが、どんなに電気計算機が高性能であったとしても、正確な射撃値を算出するためにはその火砲に合わせた射表が必要だった。紙の形で射表があるわけではないが、言ってみれば射撃盤の中にはその火砲に合わせた射表を織り込んだ計算式が存在しているとも言えた。
四七式射撃指揮装置は主砲だけではなく対空砲や副砲などの火砲の種類や砲弾に合わせた計算式が内蔵されており、それらを状況に応じて特定の砲の照準を行うことになるのだ。
射表の作成には膨大な手間が必要だったのだが、戦力化が急がれていたヴァンガードやイタリア海軍の戦艦イタリアは主砲に対応した射表を作るのが手一杯で、自国製の対空砲の射表まで作成する余裕はなかった。
そのために、英国海軍もイタリア海軍も対空砲に関してはすでに四七式射撃指揮装置を用いた射表が存在している日本製の10センチ砲などを導入していた。
ヴァンガードの初期計画では、対空砲としてはキング・ジョージ5世級が装備したのと同型の13.3センチ砲を搭載する予定だった。
計画変更によって両用砲を日本製の10センチ砲に甘んじたのは、主砲を当初の計画より重量のある16インチ砲としたことによる重量対策でもあると言っていたが、数少ない古参の下士官たちは誰もその説明を信じていなかった。
確かに両用砲の小口径化によって軽量化はされているだろうが、ざっと千トンにも達する主砲塔に比べれば数十トン程度でしかない両用砲砲塔を多少軽量化したところでたかが知れているからだ。
実際には、同砲を搭載したキングジョージ5世級戦艦の実績などから、13.3センチ砲の中途半端な性能が明らかとなったからではないか。同砲は平射砲としては優れていたものの、対空砲としてみると過大な重量のせいで射撃速度も旋回速度も鈍重さが目立つという評価が上がっていたのだ。
しかし、いくら高性能化がなされたといっても、日本製の射撃指揮装置や火砲の搭載は、ヴァンガードの姿を当初計画のものよりもいささか頼りないものにしてしまったのではないか、ラルストン中尉などはそう考えてしまっていた。
これは単なる性能の問題ではなかった。本来であれば収まるべきところに収まるものがない、あるいは無理矢理に辻褄を合わせたような違和感を覚えていたのだ。
それに設計変更による重量の増大は、意地の悪い下士官兵達が予想していた通りに両用砲の威力を落としてまで軽量化しても補える範囲を遥かに越えていた。
その証拠にヴァンガードは重量増大による喫水線の上昇を抑えるために原設計よりもバルジが大型化されていた。そのまま重量増大で乾舷が低下すると予備浮力が減少して被弾時の余裕が無くなってしまうし、分厚い舷側装甲も下部が水中に沈み込んで相対的に防護可能な範囲が狭まってしまうからだ。
防護力を維持するためのバルジ追加だったが、増大した重量を換算した結果なのかバルジを含めた全幅は増大していた。その一方で既に船体奥深くに配置されて完成していた主機関の換装などは行えなかったから、結果的に肥えた船体形状となって抵抗も大幅に増大していた。
当初は機関出力の増大でキングジョージ5世級を上回る速力を得るはずだったヴァンガードは、公試においても28ノットを越えることは出来なかった。最大速度で砲撃戦を行うことなどありえないが、戦術的に有利な機動を行う速力が得られなかったのは事実だった。
―――これでは、ヴァンガードで使うはずだった中古品を押し付けたテルピッツのことを笑えないな……
無理な改設計でどれほどの戦力向上が見込めたのか、操艦の最中にそう考えていたラルストン中尉の耳に見張員の声が聞こえてきたのはそんな時だった。
既に、艦隊を先導する日本海軍の駆逐艦は、海峡南端近くに浮かぶサルトホルム島を回り込んでケーゲ湾に達していた。そんな中で、艦橋の見張員は反航するフラワー級の存在を報告していたのだ。
一瞬首を傾げたラルストン中尉は、フラワー級のマストにデンマーク海軍旗が掲げられているという報告にようやく頷いていた。ドイツ占領下で壊滅したデンマーク海軍を再整備する支援として、英国から何隻かの余剰となったフラワー級コルベットが供与されていたのを思い出したのだ。
反航と言っても、北上してくるフラワー級の速力は低かった。艦隊も海峡を通過する為に速力を下げていたから、フラワー級と艦隊全艦がすれ違うには時間がかかっていた。
それでも排水量5、6万トンの戦艦が至近距離で次々と通過していったものだから、一千トン級のフラワー級コルベットは木の葉のように煽られているようだった。
そんな揺れるフラワー級コルベットの甲板には乗組員達が鈴なりになっていた。あの様子では手隙の乗員が全員甲板に上がっているのでは無いか。
元々フラワー級コルベットは船団護衛用に対潜兵装が充実していた。最盛期のドイツ海軍潜水艦隊に対抗するためだったが、デンマーク海軍の現状では大戦中に所狭しと並べられていた対潜兵装は過剰である筈だった。
デンマーク海軍では、フラワー級コルベットは対潜兵装を減じて純粋な哨戒艦艇として運用しているのだろうが、乗員達も空いているスペースにしがみついているのだろう。
通常の哨戒任務なのだろうか。あるいは艦隊の通過が珍しいのか。そう考えながら視線を更に南方に向けたラルストン中尉は、フラワー級コルベットに先導されるようにしてちっぽけな客船が航行しているのに気がついていた。
なぜ今まで客船の存在に気が付かなかったのか不思議だった。船型は小さかったから背景となるバルト海に溶け込んでいたが、主機関が不完全燃焼を起こしているのか、か細いながらもどす黒い煙を吐いていたのだ。
本当にフラワー級コルベットはこの客船を護衛しているのかもしれない。ラルストン中尉は首を傾げながらそう考えていたが、サイラス大佐は陰鬱そうな声で言った。
「よく見ておけ。あれが駆逐艦の任務だ。牧羊犬の仕事だ」
牧羊犬……戸惑ったような声を上げたのはラルストン中尉だけではなかったのかもしれないが、サイラス大佐は中尉を見返しながら続けた。
「あの客船はボーンホルム島からの脱出便だろう。確かボーンホルム島は第二次欧州大戦中はドイツ軍に占領されていた筈だ。詳しくは知らないが、停戦間際はプロイセンなどから撤退するドイツ軍とソ連軍との間で戦闘となったこともあるらしい。
だから、また戦場となるのを恐れてデンマークはなけなしの護衛艦をつけて脱出船を用意したのではないか」
唖然として、ラルストン中尉は海図に記載された目的地であるボーンホルム島とちっぽけな客船の姿を見比べていた。海図には港湾部などしか陸地は殆ど記載されていないが、それでも島の人口は市街地の規模からすると万の単位に達していてもおかしくは無かった。
ドイツ占領時に人口が減っていたとしても、とても小型の客船に詰め込めるような数ではあり得なかった。女子供だけでも難しいのではないか。
―――もしかすると、フラワー級の甲板に見えたのも乗員ではなく客船に乗せきれなかった民間人、なのか……
ラルストン中尉は暗然とした表情でフラワー級を見返していたのだが、今度は見張員ではなく伝令の声が聞こえていた。不審そうな顔で振り返ったサイラス大佐に伝令が電文用紙を渡してきていた。本国からなにかの通信があったらしい。
電文用紙を受け取ったサイラス大佐の動きは不自然なほど鈍かった。電文用紙を握りこんだまま不思議そうな顔になったサイラス大佐は本当に本艦向けの電文なのかと念を押していた。
ラルストン中尉達の不審そうな視線に気がついたのか、サイラス大佐は迷いを捨てたように顔を上げて頷いてから電話伝令に言った。
「全艦放送を艦長から行う。通信指揮所に用意を……」
差し出された受話器を手にすると、サイラス大佐は予め用意された原稿を読み上げるように淀み無い口調で言った。
「こちら艦長。本国より、本艦に続く新造戦艦の艦名に関する通達があった。諸君等も知っての通り、女王陛下の即位により新造主力艦の艦名をクイーンエリザベスと命名するのを要望する声があった。
しかし、女王陛下は艦名をキングジョージ6世、繰り返す、我らがジョージ6世陛下号と名付けられる事をお望みになられた。1番艦はキングジョージ6世、2番艦はクイーンエリザベスと命名される。
諸君、我らヴァンガード乗員はジョージ6世の尖兵である。先王陛下は、この度の植民地人の暴挙で始まった戦争に心を痛めておられた。そして今、植民地人に扇動されたスラブ人が同盟国人を狙っている。
我らは尖兵として女王陛下にこの戦闘の勝利を捧げ、もって御心を安んじ奉らん所存である……手隙の乗員は上甲板左舷に集合、同盟国避難民に我らが決意を示せ」
そう言って受話器を伝令に渡すと、サイラス大佐は呆気にとられた様子の乗員達に淡々とした口調で言った。
「甲板士官に上甲板に上がる乗員の監督をさせろ。避難民に手を降ってやれ。信号旗も上げろ、我ら勝利を約束せんとな」
ラルストン中尉は再びフラワー級コルベットと客船に視線を向けていた。自分達の後に続くものを確信した中尉は、今度はデンマーク人達も安心するだろうか、そう考え続けていた。
ヴァンガード級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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信濃型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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イタリア級戦艦(改ヴィットリオヴェネト級)の設定は下記アドレスで公開中です。
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ビスマルク級戦艦テルピッツの設定は下記アドレスで公開中です。
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鵜来型海防艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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